小さい頃、私の家は貧乏であった。


     着るものも、小さい頃からいつも一緒。


     特に小学3年までは、いつも一緒と言っても過言ではないくらい

     同じ服を着ていた。


     まぁ小さい頃だから、別に気にしていなかったし、苦痛でもなかった。


     そんな小さい頃にあこがれていたことが、、、、



     3時のおやつ。


     テレビでは、文明堂のカステラのCMが特に脳裏に残る。


     私の家では、おやつの習慣はなかった。


     朝ご飯、昼ごはん、夜ご飯、ただそれだけ。


     もちろん、デザートもあるわけもなく、、、、、


     たまに友達の家で食べる、3時のおやつ。



     カステラや、クッキー、たまにケーキもあった、、、、

     個人的に最高のおやつは、チョコパイ。



     別におやつが欲しいから、友達の家に行っていたわけではない。


     でも、おやつのある友達の家によく行っていたのは事実だった。



     ほんとに憧れた。


     3時におやつが出る事。


     そして、その時間に母親がいる家庭。


     私にとって、全てが違い、とても憧れた。




     友達におやつを出したいなぁ、、、

     
     なんてことは母にも言ったこともないし、言えない。



     今、大人になって感じるのは、

     あの時おやつが食べる習慣がないから、今も食べずに平気。

     だから太らずに済む?ということ。



     今、スーパーなどでチョコパイを見た時思う。


        おいしそう


     子供の頃の記憶は、心と身体に残っているもんだなぁ、と思う。



     
     先日、母と会う際にチョコパイをプレゼントした。


     その時の母の凄い喜びようと

     笑顔を見た時、、、


     「 変わってないなぁ 」


     とちょっと嬉しかった。


     
     母にとっても、私にとっても、

    今流行りのどんなスイーツよりも、

     チョコパイが最高のデザート。

  




     変わることが多い世の中で、変わらない事も多くある。


     もののありがたみを忘れないよう生きていきたいものだ。





-------今日の言葉---------------------

     新しいものが全てではない。


     人が体験し、感じたものにも、価値がある。


     道を前に進むことも大切だが、

     進んできた道を振り返るのも大切である。
         

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     私にとっては、小さい頃から母が父であった。


   
     朝早くから、夜遅くまで働く母は父親代わり。



     しかし、幼稚園に通う弟は寂しかっただろうと思う。



     私と弟は、いつも一緒だった。



     どこでもいつでも一緒。



     私の子供の頃の時代は、クラスで母子家庭が

     一組いるか、いないかの時代。



     クラスの中で、私の事を可哀相に感じていた子供も多かったはず、、、、



     そんな感じの中で私はいつも心に決めていた、、、



     「 絶対に母親一人で育っても、馬鹿にされなたくない 」



     時代が時代なので、小さい頃から、片親の子供は非行にはしる、と言われていた。


     だからこそ、きちんと生きてやる。


     いつもそう思っていた。


    
     誰よりも、挨拶が出来て、誰よりも礼儀正しく、生きてやる。



     もちろん、母のいない時間が多かったので、弟にもそう生きて欲しかった。



     だから小さい頃から、弟には自分が父親代わりになって、色々教えていた。



     礼儀正しく生きなさい、、、、と。





     もし、私達が周りの予想するように、非行にはしれば、母に申し訳ない。



     自分達の為に、一日中働いている母に申し訳ない。



     そして、何もわからず、父がいない家庭環境で育つ弟に立派に育って欲しい。



     そういつもいつも考えていた。




     私と弟は3歳しか離れていないが、ほとんど喧嘩はなかった。




     理由は、弟が私を怖がっていたのだろう、、、、


     
     先日、弟と久しぶりに食事をすることになった。



     素晴らしい奥さんと結婚し、仕事も順調にこなす弟はとても立派になった。



     あの頃、厳しく接した弟に、その時謝ろうとした、、、、、




     でも違った、、、、、、



     食事の前に、突然の弟からの、、、、、




     「おにいちゃん、今までありがとう」




     それは違う。



     私は、自分が考えた生き方を弟に押し付けただけ。



     弟が望んだわけではない。



     だから、謝ることがあっても、感謝されることではない。




     「 なおき、ごめんな 」



     それしか言えなかった、、、、



     年をとると、涙もろくなるらしい。



     年も身体も大きくなった男二人が、泣いていた。





     弟がいたから、苦しみに耐えられた。


     弟を守りたいから、強くなれた。


     でも、本当は、、、、、




     弟の存在が私を守ってくれたのだ。




-------今日の言葉---------------------


       自分が強くなるには、何かを守ろうとすることで強くなる。


       しかし、その守ろうとする存在こそが、自分を奮い立たせてくれる。


       一人では、強くなれない事に気づけば、強くなれる気がする。

         

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     私にとって、小学生時代は苦しみの連続だった、、、、



     定期的に来る借金取りにおびえながら生きていた。



     もちろん、そのうち慣れてきたが、楽しいことではない、、、



     そんな中、大きな事件が起こった。



     私が小学3年になったころ、父が言った



     「 家族に迷惑かけたくないから、離婚して姿を消す」



     そう言って、突然の離婚と父が居なくなることが決まった。



     「離婚しても大丈夫。



     離婚して、俺がいなくなれば、この家に奴らは来ないから、、、」


 
     そう言い残して、父は消えた。



     悲劇は続く。



     そんな簡単に、奴らは諦めない。



     離婚など関係なく、私達家族を追いつめる。



     さらに後に発覚したのだが、母親は何件かの借金の保証人になっていたのである。



     父からのお金も無くなり、家族3人だけが残された。



     小さい頃、私は真剣に思った。



         「  自分の星座は、不幸の星で作られた星座に違いない


            なんで自分たち家族だけこんなに苦しまなければいけないのだ 」



     でも私はこうして今元気に生きている。



     なぜ、その不幸の星でも生きていられたか?



     それには、星の数ほど理由がある。



     その中の理由で、一番大きな、、、、



          



     母は、父が居なくなっても前を向いていた。



     「 今はつらいけど、そのうちなんとかなる。


      
       私達の人生は、最初に苦労があって、あとは幸せなんだよ」



     母は、いつも私達にそう言いながら、自分を奮い立たせていたのだろう、、、、



     母は、働いた。



     朝子供たちを送ると同時に出勤して、夜遅くまで残業。



     私達の母の背中は、



           世界で一番強くて、大きかった。



     今の母の背中は、少し小さい。



     でも、私にとっての母の背中は、今でも



           世界で一番強くて、大きい、




           そして、優しい。





-------今日の言葉---------------------


       子供は、両親の背中を見て育つ。



       だまって、じっと子供を守る背中。



       私もそういう背中になりたい。

         

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      母親がいない時に訪れた突然の訪問者、、、、




      私は、おそるおそる扉に近づく、、、、




      すると



      「おぉぉぉ、誰かおるかぁ!!!!」



      きつい口調で扉の向こう側の男が叫ぶ、、、、



      「だれか、おるかぁぁ!!」



      私は、恐怖で何も言えず、部屋の奥に隠れた。



      その後も、激しいノックと叫び声は続く、、、、、





      とうとう借金取りに居場所がばれたのだ、、、、、





      この時の恐怖は今でも忘れない。




      家には、寝ている弟と小学1年の私だけ、、、、



      彼らが諦めて帰るまでの時間が永遠に感じられた、、、、



------------------------------------


      昔、捕まえたセミが死んだのを悲しんだ私を見て、


      ばあちゃんが言った。



      「何も悲しむことはないよ。


      セミさんは精一杯生きたから天国に行けるんだから。」


      「どうしてわかるの?おばあちゃん」


      「セミさんはいつも大きな声で鳴いてるでしょ


      あれはセミさんが、生きてる、って天に叫んでるんだよ


      精一杯生きると天国に行けるんだよ」


      「そうなんだぁ」


      「大きくなったら、色んなことを一生懸命やりなさい


      そうすれば、天に声が届いて、天国に行けるからね」


      
  
-------今日の言葉---------------------


     生きるとは、一生懸命全力で、物事に向かう事


     そうすれば、後悔はやってこない
         

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     名古屋に着いた4人はまず住む場所を探す、、、


     父が夜逃げする際に、父方の祖母からもらった少しのお金を


     もとに、小さなアパートを借りた。


     2K家賃30000円。


     お風呂もトイレもあって、住むのには不自由しない空間。


     まだ小学校に行く年齢ではない私は幼稚園に行かず、弟の子守をしていた。


     母は引っ越した当初は、内職をしていたが、割に合わないので、私が小学生に

 
     なってすぐに働きに出掛けた。



     そして問題の父だが、同じく私が小学生になるまでは友人の会社で働いていたが、


     小学生になるころに、その会社を辞め、違う仕事に着いた。



     私の部屋の隣に、家族4人で住んでいる清水さん、向かいに住んでいる東さん、


     の娘さん達と私は一緒に遊んでいた。



     私自身、今は面影もないが、小さい頃は男の子ではなく女の子と見られることが多く、


     よく女の子3人と間違われていた。



     私達3人は、よくおままごとをして遊んでいて、いつからか清水さんの娘さんを


     好きになってしまっていた、、、、、



     これが私の初恋である。


     また私は小さい頃から野球が大好きで、

     
     毎日、日が暮れるまで、外で一人、公園の壁に向けて野球のボールを


     投げて、跳ね返るボールを捕る遊びをしていた。



     単純な遊びだが、一人で十分楽しめる事ができる遊びだった。


     今の時代だと、あんなに夜遅くまで、子供一人で遊んでいたら、危ない、


     と言われるだろうな、、、、、


     あの時代は、ほんとに周りの大人が子供たちを守ってくれたし、安全だった。

 
     そんなこんなで小学校に入るまでは、毎日が楽しくてたまらない日々を送っていた、、、、、


     ただ、心の中で、おばあちゃんたちに会いたい、という想いは押し殺していたが、、、





     しかし、小学生に入り、両親の仕事が変わってから、暮らしは一変する、、、、



     私が小学生一年の頃に弟と家にいると、扉が激しい音を立てた、、、、



                 「ドンドンドン!!」
     

     そこからが私達の試練の日々が始まる、、、、、



-------今日の言葉---------------------


      人生に、「突然」 は常に起こり得る。


      幸せも不幸せも突然やってくる。


      それを、試練と受け取るか、悲劇と受け取るか、

  
      この選択肢が、人生を大きく変えていく   


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