今年は暑い、、、、


いつも夏はこんなに暑かったかなぁ、

と毎年思いながら、過ごしている気がしますね。



さて、小学3年の夏も暑かった、、、、、


おばあちゃんに近くのスーパーでドクターペッパーと

キャンディーアイスを買ってもらい、スーパーから帰ってきている途中。


ちなみにドクターペッパーは不思議な飲物だ。

最初は、美味しくなかったのに、慣れるとやみつき。

最近見ないが、見かけたら買いたいものだ。



話は戻る。


スーパーから帰る途中に、、、


「おばあちゃん、夏はなんでこんなに暑いの?

もう夏はいらないよぉ」


子供ならではのボヤキである。


「ずっと春くらいが良いのに」


この年になってもそう思う。


おばあちゃんが言う。


「そうだよねぇ、夏は暑いよねぇ、、おばあちゃんも疲れちゃうねぇ、、、


でもねぇ、まさきやぁ


夏があるから、まさきの大好きなお米が美味しくなるんだよ。


それにねぇ、夏が終われば秋。


秋が終われば冬。


冬が終われば春。


春が終われば夏がまた来る。


季節はねぇ、ずっと同じじゃないんだよ。


少し我慢すれば、涼しい秋が必ず来るんだよ。」


小さい私には、よく意味が分からなかった。


ただ暑い。


そんな感じしかなかった。


しかし、今はこの国に生まれて感謝している。


世界でも珍しい四季を持ち、その自然の表情を色鮮やかに変える国。


そして、必ず春も夏も秋も冬もやってくる国。



おばあちゃんは私が大きくなって、悩んでいた時に言った。


「まさきは、今冬なんだよ。


もう少し頑張れば春が必ず来る。


それまで我慢するんだよ」


この言葉は、日本に住む私には理解できた。


そのおかげで、今生きている。


どんな時も、どんなつらい冬が来ても、必ず春はやってくる。


そして、つらい冬を乗り越えた時、素晴らしい春がやってくる。


日本、ありがとう。


おばあちゃん、ありがとう。


みんな、ありがとう。



今日の言葉---------------------

春夏秋冬

生きるとは、その季節とうまく付き合う事で

何倍も楽しくなる。

そして、何倍も強くなる。       
         
----------------応援サイト-------------


              願いが叶うアクセサリー「kivi」
昭和時代の自分日記
















     昔話の続きの前に、、、、、


     このブログがアクセス1日3000を超えました。


     ご覧の皆様、いつも有難うございます。


     少しでも、このブログが皆さんのお役にたてれば、

     と思いますので、今後ともよろしくお願いします。


--------------------------


     小さい頃から気づいていた。


     父が、周りのみんなを巻き込んで、迷惑を掛けていたこと。


     なにをしたか?


     までは分からなくとも、なんとなく空気でわかるもんだ。


     そんな空気を感じながら、とうとうおばあちゃんの家に

     私達兄弟を含めた親族が集まる事となる。


     父の兄弟は、妹が二人に弟が一人。

   
     おばあちゃんの孫は、合計6人。


     父の妹は、二人とも美人で、一人は元女優さん。


     映画にも出演した綺麗なおばさんだが、もう一人のおばさんも

     とても綺麗で、元女優のおばさんより綺麗だった。


     父の弟は、元暴走族の族長【相当昔だが、、】で、かなり強面。


     そんな記憶がうっすらしか残らない状況でのお盆が始まる。


 
     父が迷惑を掛けたことを非難されるのではないか?


     父や母について、色々聞かれるのではないか?


     また、色んな事に巻き込まれないか?


     そんなことばかりが頭に浮かび、怖くてたまらない時間が過ぎる。


     そして、皆が集まる8月13日が来た、、、、、



     恐怖の中、おばあちゃんの家にいる私達二人。


     そこに、まずおじさんがやってきた、、、、


     そして、私達の方に近づいてきた、、、、、


     「 よう生きてたなぁ 」


     そう言って、おじさんはうまく目を合わせられないでいる私達の手を


     握った。


     おじさんは泣いていた、、、、、


     その後、おじさんは私達を抱きしめてくれた。


     体が大きく、強面だが、とてもその手と体は優しかった。


     「 まさき、元気だったかぁ 」


     そう言って、おばさん二人も兄弟を抱きしめてくれた、、、、


     その時の気持ちは、嬉しいというより、安心した、というのが本音だった。


     「 もしかして、自分達が帰れるところがここにもあるのかも? 」


     夜逃げして、何もかも失くしたと思っていた私。


     でも、家族のきずなはここにもあった。


     そして、、、、、、



     私達が、おじさん、おばさんに迎えられている時のおばあちゃんは、、、


     泣いていた。


     今でも忘れない。


     私は、ひとりじゃない。


     おばあちゃん、おじいちゃん、おじさん、おばさん。


     あんなに父が迷惑を掛けたのに、、、、


     あの時があったから、今も頑張れる、そんなお盆になった。




-------今日の言葉---------------------

     人は一人では生きていけない。

     必ずどこかに、自分の事を思って泣いてくれる人がいる。

----------------応援サイト-------------


              願いが叶うアクセサリー「kivi」
昭和時代の自分日記

















       小学3年生の夏は、私の人生で大切な夏となった。


       夏休み始まるとすぐ私達兄弟は、数年ぶりに再会した

       父方のおばあちゃんの家に遊びに行くことになる。


       久しぶりの再会は、私達にもおばあちゃん、おじいちゃんにも

       とても嬉しいものになった。


       そして、長い夏休みが始まった、、、、、


       まず驚いたのは、、、、


       昔夜逃げする前におばあちゃんたちが住んでいた家はもうなかったこと。


       父の借金のせいで、おばあちゃんの家は無くなっていた。


       私達が泊まったのは、おばあちゃんたちが住む県営住宅。


       もちろん、大きさも家具も違う、、、、


       でも、おばあちゃんの笑顔と優しさは変わってなかった。


       とても優しく、大きなおばあちゃんの手。


       休み中に兄弟を買い物に連れていく時は

       いつも二人の手を力強く握ってくれている。


       「 もう二度と孫たちを離さない。 」


       今思うとその気持ちがあったかもしれない。


       突然、居なくなった息子家族。


       その孫と会える日が来るとは思っていなかったかもしれない。


       おばあちゃんの手は、力強く私達兄弟を守ってくれた。






       その夏は、色んな所に連れて行ってもらった。


       デパートでは、新しい服を。


       海では、バーベキューを。


       近くに住んでいたおじさんが来てくれて、キャッチボールを。


       いつも壁相手のキャッチボールだった私にとって最高の時間となった。


       まだまだ長い夏休みは続く。


       そして、もうすぐお盆の時期。


       もう顔も忘れていた親せきがおばあちゃんの家に集まる時期が来た。


       しかし、そこには、母も父も居ない、、、、、




       母は、居なくならないだろうか?


       そのことが頭から離れないままお盆がやってきた。




-------今日の言葉---------------------

      人の手は、色んなことを伝えてくれる。

      暖かさ、優しさ、力強さ、、、、

      それは全て人と人とをつなげる「絆」のあらわれだろう。
         

----------------応援サイト-------------


              願いが叶うアクセサリー「kivi」
昭和時代の自分日記

















     この時期になると、小さい頃のように長い休みが恋しくなります、、、



     さて、時は遡り、、、、、



     小学3年生になって父が家を出ていき、家族が3人となった、、、



     そんな夏の夏休み。



     今までなら、家に弟と2人で、というのが普通だった。



     しかし、その年は違った。



     母が言う



     「 夏休みは、おばあちゃんの家で過ごしてね、、、、」



     突然の言葉。



     私は嬉しいのと同時に、母と長期間離れる事が怖かった。



     「 一緒に千葉まで行って、お母さんはすぐ帰るけど、


     あなたたちは、休みの終わりまでおばあちゃんの家にいてね」



     とても怖かった。


    
     父が突然いなくなり、もしかして母も?



     当時は、いろんな事情が分からないので、おばあちゃんと会えていない理由が



     わからなかったので、会える嬉しさよりも、母を失う怖さの方が強かった、、、



     夏休みが始まり、私達兄弟は、おばあちゃんの家【父方】に長期滞在することになる。



     しかし、母方のおばあちゃんの家には行かなかった。



     この理由は後日語る事にしますが、とても複雑な大人の事情であった。



     私達は、数年ぶりにおばあちゃんに会えてとても嬉しかった。



     その時見たおばあちゃんの笑顔は今でも覚えている。



     笑顔、とはあのことを言うのだろう。



     少し涙目ながら、とても嬉しそうにしていた。



     私達は、そんなおばあちゃんに会えてうれしかったし、

     その日、出されたご馳走の数々を今でも忘れない。




     そんな感じで、はじまったいつもと違う夏休み。



     その夏休みは、多くの事を学び、多くの事を知った夏休みになる。



     しかし、その夏休み中、ずっと忘れないことが一つ。



   
     母にもう一度会えるのだろうか?




     この怖さを常に感じながら、いつもと違う夏休みが始まった。
     




-------今日の言葉---------------------


     本当の笑顔は、無欲であり、無垢である。


     その笑顔は、全ての人を笑顔にさせる。


     そして、時に笑顔は、失った時間を取り戻させる。         



----------------応援サイト-------------


              願いが叶うアクセサリー「kivi」
昭和時代の自分日記


















      私は、小さい頃から野球が好きで、



      部活動が始まるまで、毎日毎日夜まで野球をしていた。



      厳密に言えば、公園の壁に野球のボールをぶつけ、

      返ってくるボールをキャッチする、、、壁当てをしていた。




      母親が返ってくるのが夜10時だから、ほとんどその時間まで壁当てをしていた。



      今なら考えられない?かもしれない。



      そんな夜遅くまで子供一人で遊んでいた。



      でも、当時は今と少し違った。



      公園の近くに住んでいた見知らぬおじいちゃんが、一緒にいてくれたり、


      ご近所さんが、たまに気をかけて、声を掛けてくれたりした。



      「 野球すきかぁ? 」


      「 うん、大好き 」


      「 じゃぁ一日練習してプロ野球選手になれよ 」


      「 うん、頑張る。おじちゃん、ありがとう 」




      ん~~~なんか、今とは違ってご近所付き合いが深かった気がする。



      「 こんちわぁ、

        ありがとう 」


      よその子供でも、自分の子供の用に接してくれたり、温かかった。





      先日、歩いていて、すれ違うおばあちゃんに、



      「 こんにちわぁ 」



      と、声を掛けたら、不思議そうな顔でこちらを見て、

      何もなかったように行ってしまった。




      少しさびしかったなぁ、、、、、




      昔、おばあちゃんが教えてくれた



      「 挨拶が一番大事なんだよ


       明るく、元気よく挨拶できれば、その日はきっと良いことがるんだよ 」




      おかげで、今も私は、挨拶だけは威勢が良い。



      おばあちゃんの言う、良いことを今も信じている。