といえば、、、、、


、、、、、


、、、、、


夏休み終わり3日間の宿題ラッシュ。


おばあちゃんの家から帰った私は、夏休みの宿題に追われている。


計画性のない私はこの3日間が地獄であった、、、、


特に、絵日記なんかはそれまで苦手であった。


しかし、小学3年の日記は楽だったのを覚えている。


おばあちゃんの家での思い出が日記を埋め尽くす。


思い出ばかりではない。


私の家では、母が基本的にいない。


だから、休みの時のおばあちゃんから教わることが礼儀や考えとなる。


おばあちゃんは言った。


「周りの人を笑顔にさせたら、その時自分も笑顔だよ」


当たり前だが、深い言葉だった。

さすがに日記には書けなかった、、、、


でも、今このブログを書きながら、

またおばあちゃんに人生を教わったいる自分がいる。



母が迎えに来てくれて、

私たち兄弟と、おばあちゃんたちの夏休みが終わる。


小学3年生の夏休みは、とても長く、いろんなことがあった夏休みだった。


私たちを見送るおばあちゃんが言った。


「次いつ来るんだい?」



今思えば、とても重みのある言葉だったのかもしれない。


今まで会えなかった長さと、一緒にいた夏休みの長さ。


またいつ会えるか?


なんてわからないかもしれない。


「次は、冬休みに来るね」


その頃は、何も分からず答えた私の返事。


「だったら、またいっぱいご馳走用意しておくね


お年玉もあるからねぇ」


そう言ったおばあちゃんの笑顔が可愛かった。


今も思い出す。


シワだらけの笑顔。


とても落ち着く笑顔。



その後私たちは、春、夏、冬休みは毎年おばあちゃんの家に

行くようになった。



20歳を超え、仕事が忙しくなり、おばあちゃんのことを思い出す

ことが減った時期がある。


なんでだろう?


心に余裕がなかったのかなぁ?


しかし、今は違う。


今は、もう一度おばあちゃんに会いたくて、

夏休みが欲しいと思う今日この頃である。



もうおばあちゃんは、この世にはいない。


でも、おばあちゃんと過ごした「いつもと違う夏休み」の

記憶の中におばあちゃんは生きている。











小学3年の夏休みがもうすぐ終わる。


とても長く、とても楽しい夏休みが終わる。


だけど、まだ母が私達を迎えに来ない、、、、


仕事が忙しいのは分かっていた。


借金のせいで、いっぱい働かなければいけないのも知っていた。


私達兄弟が、おばあちゃんの家で夏休みを過ごしている時間、

母が長い時間働いていることも、感じていた。


、、、、、


、、、、、


でも、まだ迎えの連絡がない。


私達兄弟は、私が幼少の頃、夜逃げをし、いろんなものを捨てた。


そして、3年生になって、父が消え、私たち家族を捨てた。


そして
、、、、


、、、、、


、、、、、


母は私達の為に働いているのに、、、、


不安で不安で、仕方がない。


そんなある日、おばあちゃんから、母が迎えに来る、との知らせ受けた。


とても安心した。


嬉しいというより、安心した。


弟は、小さくてまだいろんなことを理解していない。


そんな状況で、母までも?


その不安が無くなっただけで十分だった。


数日後、母が迎えに来た。


1ヵ月以上ぶりの母は、、、、


痩せていた。


その時は感じなかった。


今このブログを書きながら、母に申し訳ない、と思う。


あの時、母は寝る間も惜しんで働いたのだろう。


精一杯、働いたのだろう。


なのに、私は母を信じきれなかった。


母は私達の為に一生懸命働いていたのに、、、、


私の母は、世界で一番、強くて、優しい。


そんな母を信じきれなかった自分が恥ずかしい。


未だに親孝行も出来ていない私。


面と向かうと感謝を言えない私。


でも、心から感謝している。



母は私にとって、たった一人のかけがえのない母だから


ありがとう



小学3年生の夏休みがもうすぐ終わる。


まだ母親からの連絡がない。


いったい私達はどうなるのだろうか?


子供ながらに、不安で不安でたまらない毎日が続く。


しかし、大好きなおばあちゃんに心配を掛けれない私は

誰にも何も聞かなかった。


聞かない事で、現実から回避していた。



そんなある日、気づいたことがあった。


毎日毎食の食事に、黒豆を煮た料理が出てくること。


私と弟はその当時は苦手だったので、当然食べない。


それどころか、おじいちゃんもおばあちゃんも食べない。


ある日聞いた、、、


「黒豆食べないのに、なんで食べないの?」


「いいのいいの、黒豆は残しておいてね」



おばあちゃんは笑顔で答えた。


理由は教えてくれなかった。


20歳になった頃、煮豆を食べれるようになった私は、

もう一度おばあちゃに聞いてみた。


「なんで、おばあちゃんは昔から煮豆を食べないのに

作っていたの?」



おばあちゃんは、また笑顔で答えた


「あなたたちのお父さんが大好きだからねぇ」



、、、、、、


、、、、、、


、、、、、、


おばあちゃんは、

あの時、

連絡の取れない、

戻ってこない

父を

毎日

黒豆を作って

待っていた、、、、



、、、、、、


、、、、、、


どれほど待っていたんだろう。


毎日、毎日、父の帰宅を待っていたんだろう。


父は、多くの人に迷惑を掛けた。


いろんな事も言われた、当然だ。


でも、おばあちゃんにとっては、どんなバカ息子でも


息子だったんだ。






今の私は、今これを書いている私の気持ちを言葉で

表すのは難しい。


とにかく私はおばあちゃんが大好きだ。





後に、父はおばあちゃんと再会した。




おばあちゃんの黒豆は最高の料理だったであろう。



この世にいない父に一度聞きたい。



「おばあちゃんの黒豆おいしかったでしょ」



あぁ、違う違う。


天国というものがあるなら、

そこで毎日食べてるか(笑)




昨日見たテレビの中で、気になることが、、、、


「死とは?


生きるとは?


家族とは?


自分とは?」


とても難しく、とても意味のある質問だと思った。


はたして、この質問に的確に応えれる人が、


いや、正解があるのだろうか?、、、、、




時は遡り、


長い小学3年の夏休みが終わりに近づく、、、


未だに、いつ母親が来るか?


全く分からない日々が続く。


不安な日々が続くある日、おばあちゃんと千葉駅のデパートに

買い物に出かけた日の事。


買い物を終え、1階に降りるとそこでは、高校野球の

甲子園の放映がされていた。


時は、丁度試合が終わったタイミング。


テレビ画面には、負けたチームのメンバーが、

泣いたり、砂を持って帰る姿を映していた、、、、



「おばあちゃん、なんでみんな泣いてるの?

負けたから?

大きいおにぃちゃんなのに、、、」


おばあちゃんは、微笑みを浮かべながら話してくれた。


「まさきや

おにぃちゃん達はねぇ、

あと少しで勝てたのにぃ、とか

もう少し努力すれば勝てたのにぃ、とか

思って悔しくて泣いているんだよ。」


「へぇ、、そうなんだ」


「でもそれだけじゃないよ。

おにぃちゃん達は、嬉しくて泣いているんだよ。

もしかしたらおにぃちゃん達は、気づいていないかもしれないけど、

おにぃちゃん達は、勝つ為に一生懸命練習してきたんだよ。

その一生懸命頑張ってきた自分自身に感動して泣いているんだよ。

体が勝手に泣いているんだよ。

泣くことに、理由はいらないんだよ。」




私は、毎年老いていく。


そのせいか、おばあちゃんと撮った写真を見ると何故か泣けてくる。


体が勝手に。


涙が勝手に。


理由はわからない。





冒頭述べた4つの質問。


私なりに考えた。


答えは、、、、、


言葉にはできない。

でも、体が、心が知っている、と思う。


大切なのは、その質問と向き合い、逃げださず、最後まで向き合う事。