『ここです。』
並んで歩いていた小山さんがある店の前で足を止めた。
赤い屋根。
屋根につけられた黒い看板には店名を表す大きなアルファベット文字。
茶色い木の窓枠には大きなガラス。
その大きなガラス窓からこぼれる明かりはあたたかく、店内は優しい雰囲気が漂っていることを教えてくれてる。
『入りましょうか?』
そう言って小山さんは金色の取っ手に手をかけた。
・・・、カラン、・・・。
扉を開けると私の店と同じようなベルの音が来店者が来たことを知らせる。
-いらっしゃいませ。-
-こちらにどうぞ。-
私たちに気付いた店員さんが私たちを通りに面した席へと案内してくれた。
「おしゃれなお店ですね。」
小山さんお勧め、このお店一番の人気スイーツのオーダーをとった店員さんが私たちの席を離れるとこう言った。
「あと、すごくいい雰囲気。」
『よかった。気に入ってもらえたみたいで。』
小山さんはほっとした表情を見せた。
『雰囲気だけじゃないですよ?ここのスイーツはどれもほんとおいしいんです。』
ふふ、・・・、
ほっとした表情に笑顔を浮かべる小山さんに思わずクスッとしてしまう。
仕事をしてるときはしっかりしてて頼りがいがあって、
なのにその仕事を離れるとどこかおっちょこちょいで、天然で。
そしてスイーツが大好き。
・・・、かわいい。
私より年上の男性にそう思うのは失礼なのかな?
『えっと、莉夏さん、・・・、』
「はい?」
『なんかすいませんでした。無理に誘ったみた、・・・、』
「やめてください。」
私に頭を下げようとした小山さんをこう言って遮る。
「少し前にもお話しましたよね?イヤならお断りしていますって。」
そう、イヤなら断ってる。
小山さんと会うこと、小山さんと一緒の時間を過ごすこと。
イヤなら断ってる。
大ちゃんがずっと心にいるのに、彼が好きな気持ちに変わりはないのに私はこうして小山さんといる。
首元に手をやるとそこに触れる大ちゃんからもらったネックレス。
それについてるゴールドの月と、その月にちょこんと乗っかっている白い真珠。
-夜空に浮かぶ月のように俺は莉夏さんのそばにずっと一緒にいる。-
大ちゃんの願いがこもったネックレスをつけたまま小山さんと会う私はやっぱりずるい。
『莉夏さんもやめてください。』
「え?」
『自分は卑怯だ、ズルい人間だ。そんな風に思わないでください。』
「・・・、小山さん、・・・。」
『彼を心に置いてるのに僕と会う、僕と過ごす自分を責めないでください。』
「・・・、どうしてですか?」
どうしてそんなこと言えるんですか?
小山さんのお土産のお饅頭を見て、
小山さん行きつけの居酒屋さんに貼ってあった紙を見て、
大ちゃんを思い出したのに、大ちゃんが好きなのに、大ちゃんが心にいるのにそれでも私と一緒にいたいと思ってくれる。
何度も連絡をくれる。
何度も食事に誘ってくれる。
そしてその食事のあと、こうしてお茶に誘ってくれる。
『・・・、好きだからですよ。』
思ってることを全部口にする前に小山さんが言った。
『僕はあなたが好きです。だからあなたといたい。一緒の時間を過ごしたい。』
そう言って小山さんは柔らかい笑顔を見せた。
いい人。
真面目な人。
私への気持ちを口にし、微笑む小山さんを見てをこう思う。
小山さんがこんな人じゃなかったら、小山さんがもっと違う人だったらいくら誘われてもその誘いは受けないのに。
一緒の時間を過ごしたいって思わないのに。
「本当にごめんなさい。」
『やっぱり真面目だ、莉夏さんは。』
「小山さん、・・・。」
『莉夏さんを困らせてるのは僕です。彼のことが好きなあなたに自分の気持ちをぶつけてる僕があなたを困らせてる。謝るなら僕の方です。・・・、でも、・・・、あなたを困らせてると分かってても、努力を続けること、まだやめませんから。』
柔らかな笑顔を見せていた小山さんの目が真っ直ぐ私を見る。
その目に私の胸がドキッと跳ねる。
この感覚。
なんとも思ってない人ならこんな感じにはならない。
大ちゃんが好きなのに、でも小山さんの気持ちがとても嬉しい。
そしてそんな小山さんを私も、・・・。
小山さんへの私の気持ち。
少しずつだけど、でも確かに変わってきてる。
やっぱり私はズルい人間、・・・。
『今日このお店に誘ったのは、僕が好きなスイーツを莉夏さんにも食べてもらいたかったってことのほかに、・・・、お話があって、・・・。』
「話ですか?」
『はい。今度ちゃんとしたデートに誘いたくて、・・・、』
「ちゃんとしたデート、・・・、って、・・・。」
『今度僕と一緒に、・・・、』
小山さんがここまで言ったとき、小山さんお勧めのこのお店の人気スイーツを店員さんが運んで来た。
『なんてタイミングが悪い、・・・、』
-え?何か?-
『いえ、・・・、なんでもありません。』
不思議そうに小山さんを見る店員さんに慌ててそう言って小山さんはその店員さんにぺこりと頭を下げた。
-いえ、謝っていただかなくても、・・・。-
そう言って店員さんはお店で一番人気だと言うスイーツをテーブルに置いた。
これって、・・・。
テーブルに置かれたこの店一番人気のスイーツ。
それを見た私の胸にある日の大ちゃんの姿がよぎった。
・
・
・
『これなんだと思う?』
ダイニングテーブルに座る大ちゃんの前にココアを置くと、大ちゃんは持ってた携帯を私に見せた。
携帯に映っていたのは大きなガラスの器。
そしてその器には大きな白い山がのっていて、周りにはこれまた白い生クリームが添えられていた。
「何?これ?」
『はは、・・・、だよね?やっぱびっくりするよね?』
そう言って笑った大ちゃんは入れたばかりのココアを口にした。
『甘い、・・・。』
「ごめん、甘すぎた?」
『ううん、大丈夫。昼間食べたこれより俺にはこっちの方が合ってる。』
携帯に映ってる写真にまた目をやる大ちゃん。
『溶けて混ぜれば甘くなるって言ってたのに全然だったもんなぁ、・・・。』
「溶けてなくなる?」
『うん、この白い山の正体、これって綿あめなんだ。』
「綿あめ?」
大ちゃんと同じように私もまた携帯に映る写真に目をやる。
『器の横にあるこの小さなカップ、この中に入ってるシロップを綿あめの山にかけるんだ。そしたら綿あめの山が溶けて、山の下にあるコーヒーゼリーにかかる。それと生クリームを混ぜて食べるんだけど、俺には全然甘くないの。コーヒーゼリーの方が勝ってたんだよ。苦くって、苦くって、・・・。』
大ちゃんはこう言って顔をしかめた。
大ちゃんが話してくれたのはきっと今日のロケのこと。
流行りのカフェや、話題になってるレストラン。
食レポは相変わらずだったみたいだけど、人気のお店でのロケは大ちゃんの大切な仕事の一つ。
「綿あめがかかったコーヒーゼリーか、・・・、食べてみたいな。」
『えーっ!莉夏さん、これ食べたいの?』
大ちゃんは信じられないって顔で私を見る。
「うん、食べてみたい。」
『そっか、・・・、そうだよね。莉夏さん、コーヒー好きだもんな。だったらコーヒーゼリーだって、・・・。』
そう言ったあと大ちゃんは突然悲し気な表情をした。
「どうしたの?」
『ごめんね。今日ロケで食べたこれ、莉夏さんと一緒に店に行って、一緒に食べたいけど、・・・。』
「別にいいのよ。」
何が言いたいのか分かった私は悲し気な表情の大ちゃんの頬に触れる。
そしてこう言った。
「大ちゃんがそう思ってくれただけで嬉しい。私は今のままでも十分幸せよ。」
・
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・
『やっぱりびっくりしますよね?』
店員さんが去ったあと、テーブルに置かれたスイーツ、・・・、大きなガラスの器、その上にのる真っ白な大きな山を見る私に小山さんが微笑む。
『それなんだと思います?その真っ白な山の正体。』
あの日の大ちゃんの悲し気な表情を思い出す。
小山さんの声、小山さんの笑顔、小山さんの姿。
小山さんへの気持ちが変わってきてると実感したのに、
どうして大ちゃんが教えてくれたコーヒーゼリーとここで会うの?
どうして大ちゃんが買って来てくれたお饅頭と再会するの?
どうして大ちゃんがロケをしたあとのあの居酒屋さんに行きたいと思ったの?
どうして、どうして、・・・。
『その真っ白な山の正体は綿あめなんですよ?』
小山さんが私と綿あめがのっかったコーヒーゼリーを交互に見ながら話す。
『綿あめの下にあるもの、それって莉夏さんがいつも僕に淹れてくださるものなんですよ?』
私がいつも小山さんに淹れるもの。
小山さんが気に入ってる豆から挽いたコーヒー。
大ちゃんが苦手な、・・・、コーヒー。
『その小さなカップに入ってるシロップを上からかけて、・・・、』
-この中に入ってるシロップを綿あめの山にかけるんだ。そしたら綿あめの山が溶けて、山の下にあるコーヒーゼリーにかかる。それと生クリームを混ぜて食べる。-
大ちゃん、ごめんなさい。
そして許して。
あなたには苦すぎたコーヒーゼリー。
あなたとじゃなくて小山さんと食べることになってしまったこと許して。
たくさんの人が行き交う通りに面した席で小山さんと一緒にいることを許して。
あなたとじゃできないことを小山さんとならできると思う私を許して。
小山さんが話してる間私はその声を聞きながら大ちゃんに謝りつづけた。