『うわ、・・・、美味しい。』
夏澄ちゃんが作ったパスタを口に入れたしぃが頬を緩ませた。
『私が好きな固さに、私が好きなトマトソース。うん、美味しい。』
『よかった。』
夏澄ちゃんもまた頬を緩ませ微笑んだ。
『いやいや、栞里ちゃん、そのソースさ、レトルトだよ?ただ茹でただけだよ?誰がやったってそれなりの味になるんだよ?』
『レトルトだって別にいいでしょ?ここは画材屋。レストランでもカフェでもないの。』
『そんな店に誰が誘ったんだよ?こんな時間まで仕事して疲れてんだぞ、栞里ちゃんは。』
『いいのよ、八乙女くん。私も久しぶりに来たかったから、さっき夏澄ちゃんから誘われたとき嬉しかった。迎えに来てくれてありがとね。慧くん。』
「それはいいけど、疲れてない?」
シゲアキさんの店のカウンター。
そこに座ってる俺は光に言わせると、誰がやったってそれなりの味になるレトルトのソースをかけただけのパスタを食べるしぃに聞いた。
『疲れてないって言ったらウソになるけど、それよりもずっと気になってた有岡くんと莉夏さんのこと、八乙女くんと夏澄ちゃんになら聞けるかなって思ってたから来てよかったって思ってる。』
「それで?光が話したこと聞いてどう思った?」
大ちゃんと莉夏さんは運命で結ばれてる。
だから何があっても大丈夫。
シゲアキさんが大ちゃんに言った言葉。
だけど、実はこの言葉、最初に口にしたのは光だった。
大ちゃんに伝えたいけど、自分からより年長者で第三者のシゲアキさんから言った方が大ちゃんの耳に素直に入るだろうからって、光はシゲアキさんにそれを頼んだ。
大ちゃんにとって莉夏さんは運命の相手。
シゲアキさんもまた光とおんなじことを思っていたから、快く引き受けてくれた。
シゲアキさんから話してもらうこと。
確かに光の考えは正しかったと思う。
同じことを俺や光が話したって、”そんな簡単なことじゃないよ”って大ちゃんは言っただろう。
ガキの頃からずっと一緒にいるから分かる。
でも、しぃの答えは予想外だった。
『そうね、ありなんじゃない?』
え?
ありなんじゃない、・・・、だって?
一瞬自分の耳を疑う。
『何?その顔?』
「いや、・・・、前に言ってたことと違うだから、・・・。」
-普通の世界で、普通に仕事してる小山さんに出会った。小山さんと会う機会が多くなればなるほど、有岡くんとより小山さんとの方がいろんな意味で気が楽だってそのうち感じるようになってもおかしくないって私は思う。-
確かこう言ってたじゃないか。
『八乙女くんの話聞いて、そうかも、・・・、ううん、そうだって、思ったの。有岡くんと莉夏さんはお互い運命の相手。なら、・・・、』
そう言ってしぃは持ってたフォークを置いた。
『莉夏さんが納得できるまで小山さんと一緒に過ごすこともありだと思う。』
『栞里ちゃん、・・・。』
『何?夏澄ちゃんまでそんな顔して、・・・。』
「一番冷静に二人を見てたしぃが光の話聞いて、これまでと態度がコロッと変わっちゃったことについてけないって?」
『えっ、あ、違う違う。』
慌てて手を振る夏澄ちゃん。
『嬉しいなって思ったの。ヒカと私が言いたいこと分かってくれて。栞里ちゃんも同じように思ってくれたらなんか、これからあと、・・・、全部うまくいきそうな気がして、・・・。』
「・・・、だといいけど。」
『あのね、どうしてそんな水差すようなこと言うのよ?』
置いたフォークをまた手に持ち、それを俺に向ける。
『きっとうまくいく。そう信じるの。』
「いやいや、・・・、それ、しぃが言う?大ちゃんのことが心配だって、小山って人といた方が気が楽だって莉夏さんが気付けば恋心が湧くかもって話してたしぃが言う?」
『もう、ごちゃごちゃうるさい。』
「うるさい、・・・、って、あのさ、・・・、俺は、・・・、」
『はい、ストップ。そこら辺でもうやめとけ。』
カウンターの中、夏澄ちゃんと並んで立ってる光が俺の前にマグカップを置く。
『シゲちゃんほどじゃないけど、一応俺なりに頑張って淹れてみた。』
「せっかく美味いコーヒー、タダで飲もうと思ってたのに、シゲアキさんがいなくて自分が作る羽目になって残念だったな。」
置かれたマグカップに入ってるコーヒーを見て光に言った。
そう、光に誘われここに来たはいいけど、シゲアキさんは留守だった。
同窓会で留守にしてるシゲアキさんの代わりに店にいたのは夏澄ちゃん。
その夏澄ちゃんが仕事が終わったらここに来てほしいとしぃを誘った。
『美味いコーヒー、タダでって、・・・、ヒカ、そんなこと言ったの?』
「うん。」
『もう、いくらオーナーが優しいからって、ヒカはオーナーのことなんだと思ってるの?』
俺が頷くと夏澄ちゃんは腰に手をあて光を睨んだ。
『美味いコーヒー、タダで飲ませてくれて、ときどき美味いメシごちそうしてくれて、そんでいつ来たって大丈夫だよってこの店を俺に開放してくれる親切なおじさん。』
『ヒカっ!』
『一緒にいるのかな?』
夏澄ちゃんが大きな声で光を叱ったとき、パスタをフォークに絡ませたはいいけど、それを口に持って行こうとしないしぃがぽつり呟いた。
『莉夏さん、・・・、今頃小山さんと一緒にるのかな?』
「さぁ、・・・。」
莉夏さんが小山って人と今一緒にいるのか、一人なのか。
どれくらいの間隔で会ってるのか。
そして何を思ってるのか。
・・・、分からない。
『ね?有岡くんはどうしてる?元気?』
「まるまる元気ってワケじゃないけど、それでもまぁ、一応元気、・・・、かな?」
莉夏さんへの毎日メッセージ。
自分の日常を自分の言葉で伝える。
自分が撮った写真と一緒に。
以前みたく、俺たちに莉夏さんのことを話すことが少なくなった大ちゃん。
大ちゃんが莉夏さんへ送る毎日メッセージ。
莉夏さんからの返信に一喜一憂しない大ちゃんの姿に俺は大ちゃんが少し成長したように感じていた。
でも、実際心の中はどうなんだろう?
『・・・、どうしてるかな?』
しぃがまたぽつりと呟く。
『莉夏さん、どうしてるかな?』
このときだ。
このしぃの呟きに俺はあることをしようと考えた。
そしてカウンターの中にいる光を見ると、光もまた俺と同じことしようとしてるのが分かった。