先にも書きましたね。物語を読み解くときの注意。
文章に書かれていない部分に想像力を働かせること。
わかりやすい例で言えば、登場人物の心情。セリフではこういう言葉を言ってるけど、実は心の中ではこう思ってるかもしれない。表向きはこう振舞っていても、心の中は別かもしれない。
読む人が豊かな感情を経験したことがあり、また物語の感情表現に慣れていればいるほど、そのときの登場人物の感情をありありと追体験することができます。
でも、実はもっと基本的な部分で、これが読めてないと物語を読んだことにならないでしょ、というのがあって、それは「すじ」です。つまり物語のストーリーそのものね。
このあいだのエントリーでは、まさか大人になって物語のあらすじが読み取れないなんてことありえないでしょ、とか思った人がいたかもしれません。
実は、あるんです。
文章には書かれていない「隠れたすじ」があります。
一番わかりやすい例で言えば、このあいだも書いたように、「死んだ」とは書かずに主人公が死んだことを暗示するような表現の数々ね。
それぐらいわかるわい!と思った大人の方々、実は、気をつけないと、これらの暗示的な表現、物語の隠れたすじを読み取る力って、近年じわじわ減ってきているのかもしれません。
ある予備校のセンター模試(過去問)で、これをものすごくうまく突いた問題があり、最近それをある生徒さんと一緒にやっていて、またその子が見事に引っかかってくれたため、思い出しました。
センター国語・問2の小説問題。題材はある児童文学作家(明治生まれ昭和まで活躍された高名な作家)の書いたひと昔前の児童小説。
実はこの作品、よくよく考えてみると、ものすごく巧みに作ってあります。
児童文学だから難しい言葉はひとつも使ってありません。子どもでもある程度の年齢になれば読めるし、読み聞かせならばもっと小さい年齢で読んでもらって、ちゃんとわかります。
ただしこれ、小さい子どもが理解する「すじ」と、大人が分かる「すじ」とでは異なるのです。
子どもが読むと、表面上のすじしか理解しない。主人公の(たぶん読者と同じ年頃の)少年が台詞で言ってることを、そのまんま受け取って、そのまんま信じるだけです。(もちろん主人公の少年は、自分が口にしているまんまのことしか信じていません。) ところが大人の読者がこれを読むと、その少年の言葉の裏に隠された事情があり、隠れた「すじ」があるのが「ははーん」とわかるのです。(いろんな解釈ができるでしょ?という反論があるかもしれませんが、作者がそう読んで欲しいことは、別の部分の表現ではっきりわかるようになってます。)
たぶん、同じ物語を繰り返し読んでいると、子どもがある年齢にまで達したときに「あっ、これってこういう意味だったんだ!」と分かる瞬間が来ます。(おそらく小学校4年生ぐらい?サンタクロースを信じなくなる年頃に?いやもっと高学年にならないとわからないかな?小6から中1ぐらいになれば確実に分かると思う。)
賢い大人なら、この作品を一緒に読んでいて、子どもが表面上しかわからなかったとしても、(サンタクロースを敢えて否定したりしないように)、「ホントはこうなのよ」なんて説明したりしないでしょう。その子がその物語を繰り返し読んで、本当のことに気づくようになるまで、その精神的な成長を待つと思います。
つまり作者は「大人の読者なら読んでわかる」ことを前提に書いてあるのです。
ところが!
これが高校生になってもわからない子がいるのです。
今時の高校生、かなり優秀なお子さんのなかにもね。
説明すれば当然のようにわかります。「ああ、そういうことだったんですね」って。
だけどだけどだけど・・説明せなわからんかぁ!!!とわたしは叫びたくなります。
それに・・センター模試なんだから選択肢がそこにあるでしょ? その選択肢みても気づかんかぁ!!!
なんでなんでしょう?
物語を読むことに慣れていないから?
想像をめぐらせながら読むことに慣れていないから?
かなりの危機感を覚えますね・・。