TPR繰越欠損金引き継ぎ否認事件の分析 ~ 組織再編に係る行為計算否認規定の適用は妥当か | Accounting, Tax and M&A

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会計、税務、M&A等の話題についての分析、雑感、というか趣味の備忘録です。もちろんインサイダーではありませんので、全て開示情報と報道に基づくもので、推測を含みます。暇なときに更新しますので、頻度は低いです。ご了承下さい。


TPR(旧:帝国ピストンリング)が子会社の吸収合併による繰越欠損金の引継ぎについて否認されたという報道がでています。

おそらくヤフー事件に続いて組織再編に係る行為計算否認規定(132条の2)が適用された事案と思われ、興味深いですので、現状わかる範囲で分析します。

とりあえず、毎日新聞記事(8/30)を全文抜粋しておきます(日経等、他では報道されていないんですよね、、)。
http://mainichi.jp/articles/20160830/k00/00e/020/205000c
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東証1部自動車部品大手「租税回避の意図はない」
 東証1部上場の自動車用エンジン部品製造大手「TPR」(東京都千代田区)が東京国税局の税務調査を受け、吸収合併した連結子会社から引き継いだ赤字を損金算入したことが租税回避に当たるとして、申告漏れを指摘されていたことが関係者への取材で分かった。追徴課税額は過少申告加算税と地方税を合わせて計約5億円とみられる。
 TPRは2014年3月期までの5年間について税務調査を受けた。TPRは納税を済ませた上、処分を不服として国税不服審判所に異議を申し立てたという。関係者によると、TPRは子会社だったアルミホイール製造の「テーピアルテック」(岡山県津山市)を10年3月に「アルミ商品事業の強化とグループ経営の効率化」を目的に吸収合併した後、テーピ社が抱えていた繰越欠損金約12億円を2年間にわたり損金に算入し、利益と相殺していた。
 一方で吸収合併直前の10年2月、欠損金を切り離す形で同じ名前の子会社を新たに設立した。その子会社の社名を「TPRアルテック」に変更し、本店所在地も、合併によって解散したテーピ社があった場所に移した。TPRアルテック社は社屋や設備などをTPRから借りて、テーピ社の事業を継続した。
 こうした一連の経緯について、東京国税局は「企業再編の実態を伴っておらず、納税額を不当に圧縮させるのが目的だった」などと判断したとみられる。
 企業再編の際は企業側が国税当局に税制上の問題が生じないかどうか事前照会するケースが多いが、TPRは照会していなかったとみられる。TPR側は取材に対し「租税回避の意図はない」としている。【松浦吉剛】
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1.本事案の概要と有報に基づく検証

否認対象となった合併のTPRのプレスリリースです(2009年12月)。
http://www.tpr.co.jp/ir/pdf/news/091221kogaisya.pdf

(リリース概要)
・TPRが100%子会社のテーピアルテックを2010年3月に無対価吸収合併
・目的はアルミ商品事業の更なる強化とグループ経営の効率化
・合併に併せ、現アルミ製品生産を委託する新会社を設立

新聞記事と整合しています。

合併で引き継いだ繰欠は12億円、追徴税額は加算税込で5億円とのことですが、有報で確認しました。

(2010/3期)
税効果の税率差異に係る注記にて、合併に伴う子会社からの繰越欠損金の引継ぎの影響が記載されています。

連結決算では、税前利益26億円×税率差異17.9%=税効果4.7億円です(単体決算でも、税前利益8億円×税率差異60.8%=税効果4.7億円)。当時の実効税率39.8%で割り戻すと12億円の繰欠になります。

尚、連結決算でも合併による繰欠引継ぎによる税資産計上が利益認識されています。つまり、合併前は税資産を計上していなかった(評価性引当を積んでいた)ということです。

また、合併で引き継いだ繰欠に係る税資産の残高は2.6億円ですので、差し引きの2.1億円分は2010/3期中のTPRの所得で控除したということになります。

(2016/3期)
PL上に過年度法人税が計上されています(連結5.5億円、単体5.1億円)。連単の金額差はよくわかりませんが、どうやら第1四半期に更正処分を受けたようです。過少申告加算税が10%/15%、延滞税が4%くらいですので、その分、2010/3期の税効果より大きい金額になっています。


2.合併による繰欠引継ぎ要件

本題の税務ですが、まずは繰越欠損金の引継ぎ要件について。

2010年3月の合併は、100%親子間の合併なので適格合併になります。但し、グループ内適格合併なので、繰越欠損金の引継ぎには租税回避防止の観点から追加の要件が課されるわけですが、支配関係発生後5年を経過している場合、欠損金引継ぎの制限は生じません(5年経過要件)。

では、TPRがテーピアルテックを子会社化したのはいつでしょうか。

TPRの有報で沿革を見ると、2002年2月にテーピアルテックを子会社化したとあります。

更にググったところ、こんなニュースが出てきました。
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2002年03月04日
帝国ピストンリング(久富眞志社長)は2月9日付で、アルミ鋳造メーカー清音金属工業(大阪府東大阪市、中西章三社長)の子会社であるキヨアルテックス(岡山県勝田郡、資本金6,000万円、中西章三社長)の株式67%を取得、子会社化した。同時に社名も「テーピアルテック株式会社」に変更。社長には帝国ピストンリングの小口憲吾氏が就任した。従業員数は21名。
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従い、合併時点で5年超経過しているので、親子間合併で繰越欠損金の引継ぎが認められる形式要件を満たしていると思われます。とすると、この欠損金の引継ぎを否認するとせば、組織再編の行為計算否認(132条の2)の発動が必要ということになります。

※【9/5追記あり】


3.組織再編の行為計算否認規定の解釈と5年経過要件の趣旨

ヤフー事件の最高裁判決における132条の2の不当性要件の解釈をおさらいしましょう。
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・不当=組織再編税制の各規定を「濫用」した法人税の減少
・濫用の判断基準は、①税負担を減少させる意図と②本来の趣旨及び目的から逸脱する態様での組織再編税制の各規定の適用/不適用
・判断に当たって考慮する事情は、①不自然かどうか(通常想定されない手順や方法、実態から乖離した形式の作出)、②合理的な事業目的の存在
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では、5年経過要件の規定の本来の趣旨って何でしょう。

適格合併であれば原則として繰越欠損金の引継ぎが認められるところ、グループ内合併の場合は繰越欠損金や含み損資産の移転による租税回避に容易に利用されるので、個別の租税回避防止規定として、5年経過要件やみなし共同事業要件が設けられています。

5年という年数は、元々は欠損金の繰越期間の5年に合わせていたわけですが、その後、繰越期限が7年、9年と延長されても、5年経過要件は据え置かれています。

いずれにせよ、5年間という長期に亘って支配関係にあるグループ会社同士の合併であれば、なかばセーフハーバー的な形式基準として、欠損金の引継ぎ制限を課さないことにしたわけです。

更に、ヤフー事件の東京地裁判決では以下のように判示されています。
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法57条3項が定める5年の要件など、未処理欠損金額の引継ぎを認めるか否かについての基本的な条件となるものであって、当該要件に形式的に該当する行為又は事実がある場合にはそのとおりに適用することが当該既定の趣旨・目的に適うことから、包括的否認規定の適用が想定し難いものも存在することは否定できない
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5年経過要件は、形式的にそのまま適用するのがこの規定の趣旨・目的に適い、包括否認(行為計算否認)の適用は想定し難いと言っています。

それにも拘わらずTPRが否認されたのは何故でしょうか。


4.本事案は組織再編税制の濫用か

合併時にプレスリリースでも少々触れられており、新聞記事にも記載がありますが、テーピアルテックの合併と同時に、同じ名前の子会社を設立し、テーピアルテックの事業は新設子会社で引き続き行われているようです。

新設子会社の設立スキームは不明ですが、例えば合併直前にテーピアルテックが新設分社型分割で子会社(瞬間的にはTPRの孫会社)を新設するようなことが想定されます。これでも形式的には適格要件、繰欠引継ぎ要件を満たすことができます。

しかし、例えば下記図1のように新設子会社にテーピアルテックの全ての資産・負債、従業員等が引き継がれていれば、組織再編前後で経済実態に全く変化がなく、繰欠の移転のみを目的とした事業目的のない不自然な組織再編としか考えられません。

(図1)


このようなケースであれば、最高裁判決に照らしても明らかに「濫用」ということになるでしょう。

一方、新聞記事によれば、「TPRアルテック社は社屋や設備などをTPRから借りて、テーピ社の事業を継続」したとあります(TPRアルテックはテーピアルテックが2011年10月に社名変更したもの)。

ここからわかる通り、旧テーピアルテックの資産・負債の全てを新設子会社に移転させたわけではなく、少なくとも社屋や設備といった資産は親会社に移転させています(図2参照)。

(図2)


つまり、再編前後で一定程度の経済実態の変化はあったわけです。それがTPRが事業目的があったと主張する根拠でしょうし、ちゃんと考えた上での再編ではあったんでしょうね。

そうすると、後は、その経済実態の変化の「程度感」、合理的な事業目的があったといえるほどなのか、という難しい判断の勝負になりそうです。国税当局は「企業再編の実態を伴っていない」と指摘しているわけですし。

租税回避の意図についてTPRは否定していますが、税負担の減少の意図すら全くなかったとは思えませんし、なかなか立証が難しいですね。ヤフー事件のように「ヤバい」メールとかが税務調査で押さえられてたりするとどうしようもないですが。

ということで、国税不服審判所や裁判所がどういう判断を下すのか、具体的なスキームが判明することも含め、非常に楽しみな事案です。(新聞では異議申し立てとありますが、審査請求でしょうかね)


5.その他の論点

新聞記事によればTPRは国税当局に事前照会をしていなかったようですが、そりゃそうだろうと思います。

適格要件や5年経過要件等の法令解釈については何ら疑義はありませんし、行為計算否認の対象になりますか?と聞いても、調査での事実認定次第としか回答は得られませんので。

それと、個人的には、この否認が社外流出否認なのか、期ズレなのか、とても気になります。PLインパクトが出ていますし、実際問題繰欠は使用できなかったのだと思いますが、組織再編がなかったものとしてテーピアルテックに繰欠を戻した上で期限切れになったのか、繰欠を切り捨てたのか、というのは結構大事かな、と。

非適格合併という認定にはなりませんし、切り捨てとなるとやり過ぎな感じはしますが、どうなんでしょう。これも裁決や判決が出れば確認できますかね。

ということで、今回はここまでです。



【9/5追記】

一点、重要な勘違いをしていましたので、訂正含め追記します。

グループ内適格合併に際して引継ぎ制限が生じるのは支配関係発生前に生じた繰越欠損金ですが(法57③一)、もしTPRのテーピアルテックに対する支配関係が最後に発生したのが2002年2月であれば、その前の事業年度の繰越欠損金は合併日の属する2010年3月期においては既に期限切れになっているはずです。

ちなみに、2001年3月までに発生した繰越欠損金の期限は5年、2002年3月期であれば7年ですが、いずれにせよ2010年3期には使用できません。

従い、上記前提であれば、そもそもTPRが引き継いだ繰越欠損金は、テーピアルテック買収後(=グループ関係発生後)に生じたものになります。

繰越欠損金の引継ぎに係る個別否認規定が支配関係発生前(買収前)の繰越欠損金に限定しているのは、繰越欠損金を抱えた法人を外部から買収して合併するといった租税回避行為を防止する趣旨です。逆に言えば、買収後に発生した繰越欠損金は、悪用されるリスクが低いということで、意図的に規制の対象にしなかったということです。

従い、通常であれば、この繰越欠損金の引継ぎに対して行為計算否認を行うことは想定されないと思います。

しかし、上述の通り、そもそも合併前後でほとんど経済実態に変化がないような事案であれば、繰欠の移転による税負担の減少のみを目的とした取引として行為計算否認を適用することも十分考えられます。

ということで、本事案に対する考え方の整理は変わりません。

(※尚、レアケースながら、支配関係発生後、特定資産の譲渡等損失が発生した繰越欠損金の引継ぎが否認対象になっていることも考えられます。この場合であれば5年経過要件が課されますので、元々の記載と同じ整理になります)