「一見して何が書いてあるかわからないはんこが欲しい」というリクエストはけっこうあります。
篆書体の場合、文字によって今の学校で教えている楷書体とあまり変化していないものと、大きく変化して知識の無い者にはまるでわからないような字になっているものがあります。
その変化が大きい場合、印面を考えるにあたって書体字典にあるものをそのまま使っても普通の人にはなんだかわからないはんこになり、作る者にとっては楽な作業となります。
しかし、楷書と篆書でほとんど変化していない場合は普通の人でも簡単に読めてしまうので、いろいろと工夫が必要になってきます。今回の場合は「内」という字でした。
「内」の字は小篆だと、
このようになっています。まあ、現代と全く変わっていないと言っていいですね。誰でも読めます。
これを、どのように「読めない」形にするか、これはけっこう難しい問題だと思います。
一般のはんこ屋さんの使うデザインで印相体なんていうのがあって、その一つの定義が決められた位置で文字と縁(へり)を接触させるというものです。この時に文字を縁に接触させるために、通常書く文字ではありえないような線の曲げ方をしたりします。このようなことをすると、一見何の字かわからないような形になったりすることが多いです。
そのほかでは「印篆」というのがあり、四角い枠の中に文字を彫るときに、小篆をそのまま入れ込んでも空間が開いてしまってバランスが悪くなるのをきらって、四角形の面積をきっちり生かしきれるように線を変形させているものがあります。
さらに、古い中国のはんこに九畳篆というのがあり、これも文字の線をぐにゃぐにゃと自在に曲げて印面空間を埋め尽くすようなデザインのものがありました。
そんな感じで、「内」のようなシンプルな文字でも一見読めないような形と言うものを試してみました。
右が「矢」、左が「内」です。
中華そばのどんぶりにこんな文様がありますが、まさに中国の篆刻にはあれを連想させるようなデザインが多くあります。
「内」の真ん中の左右に広がっている線はさらに上の方に持っていこうかとも思ったのですが、それをやると本当にわけがわからなくなる気がして自主規制しました。内の外側の線を中に入れる高さは、矢の横線と同じに揃えて、二つの文字に統一感を出してみました。これも揃えすぎると印象がきつくなり、少しずれていたりする方が味わいの出ることもあって、このあたりの加減は本当に難しいです。
もっと自由自在に印面の空間を支配できるようになっていきたいです。
矢内様、ありがとうございました。