「世界情勢」はね、私自身その影響は免れないし、なので知らん顔というわけにはいかないのですが・・・さして詳しくもない市井の一般人が何か言えるわけでも、まして何か変えられるわけでもないですし。

 

 

人は、どうしたって間違えるもの。

 

だからこそ人だし、だからこそ生きる意味もある。

 

 

●間違ったその後で・・・

 

要は、間違ったその後でどうするか、それこそが大切なのでありまして。

 

 

こちら、書店で何やら目が合ってしまいました。

 

 

 

いま、急増している「絶対謝らない人」たち・・・
「謝ったら死ぬ病」を読み解く。


ネットで炎上を繰り返す懲りないインフルエンサー、
過ちを指摘されても決して非を認めない政治家、
責められても屁理屈をこねて「言い負かす」ことに執着する著名人、
自分の失態だけはなぜかスルーする職場の同僚、
謝罪すべきなのに常に上から目線でイラっとさせる知人、
ミスを指摘するとむきになって反論してくる部下・・・
なぜいま、「謝ることのできない日本人」が増えてきたのか

自分に明らかに非があり、
どう見ても謝罪すべき状況に立たされても、
絶対謝ろうとしない人たちをよく目にするようになった。
非を認めるどころか、
逆に相手を攻撃したり、屁理屈をこねたり、
取り合わなかったりすることで、
明確な謝罪だけはしないように立ち回ろうとする。
なぜある種の人たちは、そこまで謝罪を忌避し、
自己正当化にこだわるのか。
「絶対謝らない人」の
いびつな心理を読み解く。

 

 

 

で、あの人やその人のことが頭に思い浮かんで、つい購入。

 

新書ですし、難解濃厚ということはありませんが、その分スラスラと読めました。

 

 

以下、いくつか引用を。

 

 

●そもそも自覚がない・・・

 

〈第2章 「謝らない人」の、いびつな心理に迫る〉から。

 

自己愛の強さゆえ、謝らなくても平然としていられる

   そもそも人に対する関心が乏しい。気になるのは自分の気持ちや立場であって、人のことなどどうせもいいといった感受性なのだ。人を傷つけるような言動があっても謝ろうといいう気になれない。悪いことをしたという思いがないのだから。それでだれかから謝るように言われても、何が悪いのかよくわからないため、「なぜ謝らなきゃいけないんだ」と思う。だから謝らない。(P.75)

 

 

〈第6章 「謝らない人」とどうつき合うか〉から

 

「謝らない人」に対しては なんの期待ももたない

   ゆえに、その種の人物に対しては、なんの期待ももたないことだ。期待しているから、その期待が裏切られるときイライラするのである。期待などしなければ、イライラすることはないはずだ。(P.191)

 

 

相手の心理メカニズムがわかればイライラもなくなる

   さらには、絶対に謝らないその心理メカニズムがわかれば、「なぜ謝らないんだ!?」とイライラすることもなくなる。

 ましてや劣等コンプレックスを抱えており、もろく崩れやすい硝子のプライドを必死になって守ろうと虚勢を張っているため、なかなか謝ることもできないのだと思えば、偉そうにしていて失礼な相手も、なんだか哀れな人のように思えてきて、謝ってくれないことに対する憤りやイライラも生じないだろう。

 むしろ「大変なんだなあ」、「そんなに不安なんだなあ」、「生きていくのがしんどいだろうな」と同情心さえ湧いてくるのではないか。

 あるいは、認知能力が鍛えられていないために、文脈を読むことができず、謝るべき場面だと理解できないのだろうと思えば、イライラするより可哀想といった気持ちになるのではないか。(P.195~196)

 

 

全体としては、こういった「地の文」以外、こんな人がいた、あんなことがあった、的なエピソードがふんだんに織り込まれていて、いるいる、あるある、って感じ。

 

平易な文章とあいまって、かなり楽しませてもらいました。

 

 

●読んだその後で・・・

 

ひとつ思ったのは、

 

 

こういうのを読んで、そうだそうだ、と「反応」してしまう時・・・

 

だったら自分はどうなんだ?

 

自分のことを棚に上げているんじゃないか?

 

・・・と一歩も二歩も引いてみる、それが大切だな、

 

 

ということ。

 

 

いささか陳腐ながら、人の振り見て我が振り直せ、というヤツですね。

 

うむ、気をつけよう。

 

 

最後に目次を。

 

第1章 何があっても「謝らない人」が増えてきた
・ミスを指摘されると謝るどころ かキレる人
・平気で見え透いた言い訳をする人
・自分ではなく、いつもまわりの せいにする人
など

第2章 「謝らない人」の、いびつな心理に迫る
・「謝罪は敗北」と考える人の偏った心理
・「謝らない人」は、じつは自信がない人
・メタ認知が機能しないため被害者意識さえ抱く
など

第3章 そもそも「謝罪」とは何か
・「謝罪」に必要な7つの要素
・容易に謝る「日本人の謝罪」の肯定的な側面
・「自己中心の文化」と「間柄の文化」の謝罪の違い
など

第4章 ほんとうの謝罪ができない人の胡散臭さ
・じつは全然謝っていない謝罪会見の定番セリフ
・戦略としての「謝罪」をする無反省な人々
・謝れば許されるという甘えが生む「偽物の謝罪」
など

第5章 ウソ、屁理屈、論破自慢、「謝らない日本人」はなぜ増えた?
・謝罪した人をさらに攻撃する風潮の広まり
・「マウントを取られたくない」という心理傾向の人の急増
・ネット上に攻撃的な人物がよくみられる理由
など

第6章 「謝らない人」とどうつき合うか
・硝子のプライドを必死に隠している人の攻撃性
・親切心が「いちゃもん」と曲解されるリスク
・相手の心理メカニズムがわかればイライラもなくなる
など

 

 

 

 

 

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過日、我らが三遠ネオフェニックスで不祥事がありました。

 

 

 

ショーモナイと思ったし、ケシカランとも思ったのですが、これをネタにやいのやいの言う人がいるんだろうな、なんて予感もあったりで・・・

 

 

案の定、社会正義の炎メラメラの人がいまして。

 

これ幸いと勢い余ってのことか、フェニックスのみならずフェニックスブースターに対しても、文字通り誹謗中傷に当たるポストをしてまして。

 

私自身、コレはなんぼ何でもダメだろう、と思いました。スクショしておけば良かったです。どなたかキープしてませんかね。

 

 

ただ、他アカウントによる批判を受けて(そして[X]に対応を迫られて?)さすがにマズいと思ったのか、その後こんなポストをしてました。

 

 

 

 

字面としては謝っているのに、そこに心があるようには思えない、の典型ですね。

 

実際、100人中96人は、こう思うでしょう。

 

 

 

 

私も呆れました。

 

 

実際、Dさんさんのその後ポストも、傾向としてはほとんど変わってないですし。

 

ま、そういう投稿をするのが趣味であり生き甲斐なのでしょう。

 

 

🍥🍥🍥 🍥🍥🍥 🍥🍥🍥 🍥🍥🍥 🍥🍥🍥 🍥🍥🍥 🍥🍥🍥

 

 

謝れない、あるいは、謝っても心が伴っていない(ように見える)のは、(Dさんさんが愛してやまない?)この方も同じ。

 

全く向いていないのに市長をやってて、本人を、そして大多数の市民をも不幸にしている(と私は思う)、長坂なおとクンです。