世界を見渡せば、その間、日本以外の国々・地域で戦火が途絶えたことは無かったわけで。国内の新聞・テレビ等いわゆる既存メディアが、いかに“島国根性”“平和ボケ”視点に浸っているかが分かるというものです。
私事ながら、「gooブログ」がサービス終了するということで、かつてそちらに上げていたものを、こちらへと引越す作業をすすめております。
現状、テーマ「旧宅」としてまとめているのですが、改めて現在のテーマに振り分けていかねばなあと、ちょっと遠い目になっているところです。
さて、8月15日は、世に言うところの「終戦記念日」。
ということで、拙ブログ内検索、「終戦」でヒットした記事のうち、いくつかを。
まずは、ちょうど10年前のもの。
「戦後70年」
今年になって(いや、すでに去年の後半からかな)、
この言い方を聞かない日はない、と言っても良いくらいです。
「戦後」というのが「戦闘終結後」という意味なら、
まぁ間違いではないんでしょうけど、
ほとんどの人は「戦争が終って70年」の意味にとってますよね。
けれど、そこはキチンと整理しておかないと、
2013年、政府主催で「主権回復の日記念式典」が行われた意味が失われてしまいます。
1945年の時点で、まだ「戦争」は終わっていなかったんですから。
というマクラで、終戦から主権回復まで、事実関係を整理しています。
そして、9年前のもの。
8月15日「玉音放送」。
けれど、
その前日も後日も、等しく「昭和」だった。
それは、今、振り返ってみる時、とてつもなく大切なことだと思う。
昭和20年8月15日の前と後とで、日本の歴史は隔絶したのかそれとも継続していたのか、そこからして、人それぞれの「立ち位置」が見えてきたりする、といったことを行間に滲ませたつもりです。
日付は8月12日ですが、7年前。
その時点で「70年談話」を振り返っています。
今後、80年、90年、100年と節目がやってきますが、その度、戦後生まれの割合は増え、やがて10割となります。その時、首相が何か言うとしても、もう「謝罪」は必要ありません。古今東西、たとえ過ちを犯したとしても、謝り続ける人など存在しなかったわけですから。国も同じです。
そう、戦後80年の今年、首相が何か言うとしても、もう「謝罪」は必要ありません。
日本政府に対して、あるいは日本国に対して、何であれ「優位」に立っていたい内外の“腹黒勢力”は、決して認めないでしょうけれども・・・
「70年談話」は、きちんと手順を踏んで発出された、日本政府としての「公式見解」です。
二度と再び「謝罪」を繰り返さないための「終戦宣言」でした。
今年、たまたま、というか、常識も慣例も社会通念も無視、ただ首相の地位に留まっているだけの人物が何か言っても、それこそ「個人の感想」に過ぎないわけで。
新聞・テレビは、大々的に報道するかもしれませんが、それらの影響力は、10年前と比べたら、もう、ほとんど無いに等しく、いっそ放置でも良いか、くらいなわけで。
ただただ、心静かに先人の想いを、母方の祖父を思うのみです。
昭和天皇御製。
国のため命ささげし人人のことを思へば胸せまりくる
既存メディアは“オールド・メディア”。
もう、そう断じても罰は当たらないでしょう。
(東愛知新聞8/10-1面)
地元ローカル紙とはいえ「新聞の顔」たる一面コラム。
(歴史学者や研究者が否定せず、日本政府が認めているところの)「南京事件」と、(東京裁判、中国政府、台湾政府、『蒋介石秘録』に出てくる)「南京大虐殺」とを、わざと一緒くたにした書き方で、実にケシカランことです。
ちなみにですが、(山)さんの経歴だけ紹介しておきます。
1967年三重県生まれ。名古屋大学卒業後、毎日新聞社入社。編集デスク、学生新聞編集長を経て2020年退社。同年東愛知新聞入社、こよなく猫を愛し、地域猫活動の普及のための記事を数多く手掛ける。他に先の大戦に詳しい。遠距離通勤中。
ついでと言っては何ですが、こちらも(山)さんのコラムについて書いたものです。






