マスにもネットにも、色々な反応、様々な見方が溢れ、否が応でも心はざわめき揺らされた・・・けれども、それでも、私は私の日常を生きるのみです。
安倍さんが首相を退いてから、もう2年になろうとしているんだなあと。
⚫変わったことと変わらないことと・・・
好きとか嫌いとか、評価するとか批判するとか、そういうことは、誰が誰に対してでもあることで。
なので、私の見立てだけが正しくて、他は誤りだなんて思いません。
実際、学校の一斉休校であるとか、いわゆるアベノマスクであるとか、(特定勢力に押し切られたとは言え)緊急事態宣言発令であるとか、今を知ってる目で見て間違いだったな、と判断せざるを得ないことは、少なくありません。
それでも、新型コロナウイルスが文字どおり「新型」であり「未知」であった、2020年初頭から春にかけてのことであれば、まあ、仕方ない側面もあったように思います。
忘れちゃいけないのは、半年ほどが過ぎた夏頃には、新型コロナウイルス感染症が当初恐れた程に危険なものではないと、安倍さん自身気づいていたっぽいことです。
尾身さんとの間にも、隙間風が吹いてる感ありありでした。
実際「辞任記者会見」では、ここまで踏み込んでいたんです。
新型コロナウイルス感染症については、感染症法上、結核やSARS(重症急性呼吸器症候群)、MERS(中東呼吸器症候群)といった2類感染症以上の扱いをしてまいりました。これまでの知見を踏まえ、今後は政令改正を含め、運用を見直します。軽症者や無症状者は宿泊施設や自宅での療養を徹底し、保健所や医療機関の負担軽減を図ってまいります。コロナ患者を受け入れている医療機関、大学病院などでは大幅な減収となっており、国民のために日夜御尽力いただいているにもかかわらず、大変な経営上の御苦労をおかけしております。経営上の懸念を払拭する万全の支援を行います。インフルエンザ流行期にも十分な医療提供体制を必ず確保いたします。以上の対策について順次、予備費によって措置を行い、直ちに実行に移してまいります。
後継の菅さんが、いや自民党の諸氏が、この時点で、安倍さんの意図するところを正しく理解し実行していれば、新型コロナ禍はとっくに終わっていたはずです。
何しろ、この段階で「2類以上」と定めていたのは政令だったんですから。閣議でもって「やめる」と決めれば、それで済みだったんです。
しかしながら「政権基盤が弱い」菅さんが今ひとつ押し切れないうちに、いわゆるコロナ利権で美味しい思いをしていた業界と一部族議員、官僚が巻き返したのか、棚晒しなってしまいました。
それどころか、年が明けた2月、事の重大さを知ってか知らずか、野党を含め時の国会議員たちは新型コロナを新型インフルエンザ特措法に組み込むことで、5類相当への格下げを、さらに難しくしてしまいました。
◎ 新型インフルエンザ等対策特別措置法(特措法)とは?
→新型インフルエンザ及び全国的かつ急速なまん延のおそれのある新感染症に対する対策の強化を図り、国民の生命及び健康を保護し、国民生活及び国民経済に及ぼす影響が最小となるようにすることを目的として制定され、平成24年5月に公布されました。(特措法第1条)また、令和3年2月に新型コロナウイルス感染症の発生状況を踏まえた、より実効的な感染症対策を講ずるため、法律及び政令の改正が行われました。
今日、未だ「新型」コロナと呼ばれているウイルス。BAなんとか言う変異が見つかる度に、そして「感染者」が多少増える度に、マスメディアは十年一日のごとき、新型コロナだけは特別の「ばっかり報道」を繰り返してます。
結果、彼等が演出する「世論」なるもの以外、興味がなさそうな岸田さんは、既に全く必要性がなくなっている種々諸々の感染対策を続けてます。
幼少時の身体や人格形成に害が及び、中・高生のアオハルが削られ続けてます。大人は大人で失業し、生活苦からの自殺も絶えません。
マスメディアはその可能性すら報道しませんが、マスクの常時着用による弊害や、死亡を含めたワクチン接種による健康被害も相当数にのぼっています。
つまるところ、岸田さんの「聞く力」は、マスメディアを通じたものにしか発揮されないんだなと。
これはもう、政府・与党のみならず、国会議員全ての罪です。
⚫国会議員の無作為
新型インフル特措法改正の折りには、衆参ともに付帯決議をしました(引用は衆議院から。参議院もほぼ同様です)。
二十五 新型インフルエンザ等の感染拡大により緊急事態宣言等の決定に至り得る場合においては、会議録等の経過記録及び科学的根拠となるデータの保存に万全を期し、国民への説明責任を果たすとともに、海外の関係機関との情報共有を行い、今後の感染症対策のために活用できるようにすること。
二十六 令和二年五月の緊急事態解除宣言の時期の妥当性など、新型コロナウイルス感染症の感染拡大に関する政府のこれまでの対応について、今後の政府の対応に活用するために、第三者的立場から、客観的、科学的に検証し、その結果を公表すること。
二十七 今次法改正の実施状況を検証するとともに、前項の検証結果も合わせ、法制度面も含め必要な見直しを行うこと。
これ、やってますか? やってないですよね?
極々一部の議員を除いて、政府の姿勢を問いただす人もいません。
現首相は、既定路線を強めるように見せることはあっても、政策の方向転換をするとか、ましてやキッパリ打ち切るとかは、決してすることはないでしょう。
このニュースなんか、選挙前だし、未だ「コロナ怖い」な人の票も、観光業界のそれも、どちらも失いたくないという性根が滲み出ているではないですか。
政府は全国を対象とした新たな観光需要喚起策「全国旅行支援」について、予定していた今月前半の開始を延期する方向で調整に入った。政府関係者が6日、明らかにした。政府は新型コロナウイルスの感染者の増加に警戒を強めており、全国の自治体に対し、医療提供体制の点検や強化を改めて要請した。一方、現時点では、行動制限を伴う蔓延防止等重点措置の適用などは想定していない。
敵をつくらない人は、味方もつくりません。
そしておそらく、誰かを救うこともできないと思います。
⚫強い国は強い人がいればこそ
人は、強くなければ人を守れないのです。
国家が強くあらねば、国民を守ることもできません。
現行日本国憲法は、国が強くあろうとすることを真っ向から否定しています。
その制定過程を考えれば当然のことなのですが・・・
故に、改正もしくは破棄する必要があります。
私にとって、それは自明のことです。
悪意を隠さない諸外国に対して、あるいは、善意の衣をまとって内に浸透している敵対勢力に対して、戦う覚悟を固め意志を示さなければならないんです。
党是として憲法改正を掲げている自民党ですが、じゃあ本気でそれを目指している国・地方の政治家、党員は一体どれほどの割合なんでしょう。とりあえず言ってるだけ、という人の方が断然多いように思います。
安倍さんが右寄りでなく中道に見えるくらいでなければ、憲法に触ることなんて出来ませんよ。
新型コロナウイルス感染症「パンデミック」と、ロシアによるウクライナ「侵略」とによって、憲法改正の機運が俄に高まっている、ことになってます。
だけど、間違っちゃいけません。
国を強くするためと称して、個人をいささかでも弱くするような改正は、「この国のかたち(国体)」を、今以上に異形なものへと歪めてしまうだけです。
一見一聞「自民党より右寄り」であるかのような「諸派」政党。
その多くが掲げる国家観・歴史観には深く頷けるのだけれども、しかし、同時に、国民の生活面に関する公約に対しては猛烈な違和感がありまして。
どうやら、彼等が「国は国民を守れ」と言う時、国民は弱いものであり「ゆりかごから墓場まで」救いの手を差し伸べるべき存在なのだ、と決めてかかっているようなのです。
違うでしょう。
細々した生活、日々の暮らしに関しては「放っといてくれ」と、あるいは「邪魔しないでくれ」と言える強い国民がいればこそ、強い国になれるんじゃないですか?
緊急時において「私権制限」を可能にする、と言うならば、同時に、いや、それより先に、平時においても「自由には責任が、権利には義務が伴うもの」だとする改正を打ち出してくださいよ。
こんなのは、言うも恥ずかしいくらい、基本中の基本です。
⚫喧伝される悲観的未来は、ほぼ眉唾ものだから
「感染力が強く致死率も高い」ウイルスというものは、本質的に存在し得ません。感染が広がる前に宿主を殺してしまうからです。
「潜伏期が長ければ」ですか?
いやいや、そういう発想をすること自体、映画の見過ぎですね。
ウイルスの立場で考えれば(?)、それで宿主たる人類を激減させてしまったら、結局は自らの拡散が難しくなるわけで。
プラスチック汚染による環境破壊とか、二酸化炭素排出による地球温暖化とか、あるいは、次なるパンデミックとか、そういった悲観的未来予測は眉唾ものです。
ことに、だからソレを我慢しましょう、アレをやめてコレをしましょう、的な「提言」を含んだものには警戒が必要です。
その多くは、国家主権を削り「国家の枠組みを超えたもの」に力を与えようとしています。さらには、個人の思想・心情にまで踏み込み介入しようとします。
あたかも、人類の繁栄を憎み、生を愉しむことを否定るするかのようです。
それはもう、現に起きていることで。
一体、どういう勢力がそれを目論んでいるのでしょう。
それで得をしているのは誰ですか。
政治は政(まつりごと)です。
祭り事とは、本質的に群れることです。
日々、強い個人として生き、群れるべき時にはきちんと群れることができる。
そうであればこそ、強い国となり、それが一周りして人を守ることに繋がるんです。
哀しいことがあっても、
辛いことがあっても、
私は、それで考えを変えたりしない。
後で、人のせいにしたくない。
私は私の意志を貫くよ。
わたしたちは、善を行うことに、うみ疲れてはならない。たゆまないでいると、時が来れば刈り取るようになる。(ガラヤテ人への手紙 第6章9節)
🍥🍥🍥 🍥🍥🍥 🍥🍥🍥 🍥🍥🍥 🍥🍥🍥 🍥🍥🍥 🍥🍥🍥
安倍さんが首相辞任を表明した折に書いたものです。
いずれにせよ、いや、だからこそ、自民党の特に若い議員達は、いい加減目を醒ませって感じです。「強力な新体制」も「更なる政策推進力」も、君らががむしゃらに働けばこそです。
萩原朔太郎による『月に吠える』という詩集があります。
これは、その中にある「竹」という詩(2編続いてますが前の方)。
竹
ますぐなるもの地面に生え、
するどき青きもの地面に生え、
凍れる冬をつらぬきて、
そのみどり葉光る朝の空路に、
なみだたれ、
なみだをたれ、
いまはや懺悔をはれる肩の上より、
けぶれる竹の根はひろごり、
するどき青きもの地面に生え。
こちらは、ヨルシカによる楽曲。
受け取る側の抱く想い次第、いかようにも解釈できて素敵です。