自慢じゃありませんがワタクシ、被統治能力の高い日本人だと自負しております。

 

しかしながら、此度の緊急事態宣言延長と解除については、正直「何だろうな〜」です。

 

 

 先ほど新型コロナ対策本部を開催し、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県について、3月21日をもって緊急事態宣言を解除することを決定いたしました。

 

 しかしながら、感染者数には横ばい、あるいは微増の傾向が見られ、人出が増加している地域もあることから、リバウンドが懸念されております。変異株の広がりにも警戒する必要があります。このため、宣言が解除される今が大事な時期であり、それぞれの地域の状況を踏まえ、国と自治体が一層協力しながら、しっかりと対策を続けてまいります。

 

 世界でもまだ闘いは続いています。その中でも1年間という時間で分かってきたこともあります。そして、何よりもワクチンという武器があります。一進一退があっても、必ず先には明かりが見えてきます。そうした思いで私自らが先頭に立ち、国民の命と暮らしを守り抜く覚悟を持って全力で取り組みます。皆さんの御理解と御協力を、心からお願い申し上げます。

 

 

 

要は、程度の違いこそあれ、これまでと同じ、その延長でしかない新型コロナウイルス感染症対策(対新型コロナ戦争?)を継続しますよ、ということのようです。

 

もうね、某大臣じゃありませんが「いつまでやることになってるの?」って、改めて聞きたいくらい。

 

 

だいたい、延長を決めた2週間前と、解除を決めた今週と、感染状況の何処に如何ほどの差があると言うんでしょう?

 

「6つの指標」も有って無しがごとし。それどころか、今後(ワクチン接種の動向と絡める方向で)見直すとか言い出す始末です。

 

西村経済再生担当大臣は緊急事態宣言が必要な状況かどうかを判断する指標について見直す考えを示しました。

 

 

 

やっぱり「気分」で決めているんでしょうか?

 

 

 

 

政府は、一体何処を目指しているのでしょう?

 

 

今後の新たな(?)対応として、一応、こんなことを言っておりますが・・・

 

※新型インフルエンザ等対策有識者会議 基本的対処方針等諮問委員会(第 15 回)

https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/shimon15.pdf

 

 

結局、政府自体が「コロナ怖い」の世論から抜け出せないようで。

 

 

というか、相変わらず犯人(見えない感染源?)探しをして検査をして、何が何でも一定の感染者(ホントは検査陽性者)数を維持してようとしてるのかな? 

 

でもって、あの人やその人の仕事(儲け話)をキープしておきますよと?

 

 

故に対策のゴールを決められず、対処療法に終始しているといったところでしょうか。

 

尾身さんなどは、記者の質問に対して、何の説明もなく「サーキットブレーカー」とか「ハンマー」とか「まん防」とか繰り出しまして、ちょっとそれは不親切だなあ、という印象でして。

 

とにかく感染を食い止める、はっきりと謳っているわけではないけれども「ゼロコロナ」を目指している、ようにも見受けられます。

 

 

いや、それ、ムリだから。

 

既に(一応)ワクチンのあるインフルエンザでもムリなんだし。

 

それこそ風邪なら、むしろ引くのが当たり前でしょう。

 

 

もういい加減・・・

 

然るべき人が、これまでの方向性が間違ってましたと認めれば「みんな」が楽になれるのに。

 

・・・ですわ。

 

 

そんなわけで、今回もまた現実逃避の本の森。

 

こちら「古典」と言っても良いものでして、ご存知の方も多いと思います。

 

 

⚫失敗の本質 日本軍の組織論的研究

戸部良一/寺本義也/鎌田伸一/杉之尾孝生/村井友秀/野中郁次郎 著

 

 

大東亜戦争での諸作戦の失敗を、組織としての日本軍の失敗ととらえ直し、これを現代の組織一般にとっての教訓とした戦史の初めての社会科学的分析。

 

 

 

というモノ。

 

目次を紹介しますと・・・

 

序章 日本軍の失敗から何を学ぶか

 

1章 失敗の事例研究

  1 ノモンハン事件―失敗の序曲

  2 ミッドウェー作戦―海戦のターニング・ポイント

  3 ガダルカナル作戦―陸戦のターニング・ポイント

  4 インパール作戦―賭の失敗

  5 レイテ海戦―自己認識の失敗

  6 沖縄戦―終局段階での失敗

 

2章 失敗の本質―戦略・組織における日本軍の失敗の分析

 

3章 失敗の教訓―日本軍の失敗の本質と今日的課題

 

・・・です。

 

 

ここでは「2章」から、少しばかり引用しつつ、コメントを。

 

 いかなる軍事上の作戦においても、そこには明確な戦略ないし作戦目的が存在しなければならない。目的のあいまいな作戦は、必ず失敗する。それは軍隊という大規模組織を明確な方向性を欠いたまま指揮し、行動させることになるからである。本来、明確な統一的目的なくして作戦はないはずである。ところが、日本軍では、こうしたありうべからざることがしばしば起こった。(P.268)

 

ここいらで、広く一般国民に対し「誰も感染してはならない」と強要するような空気から、感染して「良いとは言わないまでも、まあ仕方ない」程度の覚悟を促し、その上で、ハイリスクな人々(高齢者および基礎疾患のある人)を守ることに集中する戦略に切り替える時でしょう。

 

 

 日本軍の戦略策定は一定の原理や理論に基づくというよりは、多分に情緒や空気が支配する傾向がなきにしもあらずであった。これはおそらく科学的思考が、組織の思考のクセとして共有されるまでには至っていなかったことと関係があるだろう。たとえ一見科学的思考らしきものがあっても、それは「科学的」という名の「神話的思考」から脱しえていないのである。(P.283)

 

ざっくりと「感染者」扱いされているPCR陽性者。その内、偽陽性や単なる曝露はもちろん、無症状のまま終わる人達が他人を発症させるほどのウイルスを排出するはずがないでしょう。

 

ただ、症状が出る人の場合、それ以前にウイルスを排出していることはあるでしょうし、あるいは無自覚のまま複数人を感染させる人がいるという可能性も全否定はしません。

 

というか、インフルエンザでも、それは普通にあることです。だからこそ、例年、1千万人もの感染者が出ていたわけで(しかも、5千万人がワクチン接種して、です)。

 

PCR陽性とか、マスク着用や諸々自粛とか、「科学的思考らしきもの」に毒されていないか、皆それぞれ、今一度考え直してみたら良いんじゃないでしょうか。春ですし。

 

 

 日本軍は、初めにグランド・デザインや原理があったというよりは、現実から出発し状況ごとにときには場当たり的に対応し、それらの結果を積み上げていく思考方法が得意であった。このような思考方法は、客観的事実の尊重とその行為の結果のフィードバックと一般化が頻繁に行われるかぎりにおいて、とりわけ不確実な状況下において、きわめて有効なはずであった。しかしながら、すでに指摘したような参謀本部作戦部における情報軽視や兵站軽視の傾向を見るにつけても、日本軍の平均的スタッフは科学的方法とは無縁の、独特の主観的なインクリメンタリズム(積み上げ方式)に基づく戦略策定をやってきたといわざるをえない。(P.285)

 

「客観的事実の尊重とその行為の結果のフィードバックと一般化」とか、無いものねだり?

 

(海外のことはさておき)我が国においては・・・

 

新型コロナウイルスによる発症者数・死亡者数は、いずれもインフルエンザ未満!

 

・・・なんですけどね。

 

コロナ死亡者は、必ずしもそれが主因とは限らない人も含まれているので、比較するならインフルエンザ死者2千〜3千ではなく、関連死者およそ1万人とでお願いします。

 

 

にもかかわらず「リバウンドが」とか「ゴールデン・ウィークに第4波が」とか、これといった根拠もなく誇大な数字で脅す「専門家」が未だに跋扈していて困ってしまいます。

 

それってつまり、マスク着用や時短要請、諸々予防対策を続けさせるための方便じゃなかろうか、と思う今日此の頃です。

 

専門家なだけに、感染者・死者数の増減と各種政策・緊急事態宣言との「因果関係」なんて、どうせ証明されないとタカを括っているんでしょうか?

 

ワタクシなんぞは、マスク着用も3密回避も新しい生活様式も、それこそ緊急事態宣言も、そんな人間のゴニョゴニョくらいでウイルス感染が制御できるものじゃないと考えております。ただひたすらにウイルス側の都合。季節(寒暖・乾湿)に沿って流行り落ち着く、その繰り返し。人間の側(特に情報の送り手と受け手)が、そういうものだと慣れて(飽きて)いくしかないんです。

 

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かなり前(昨年10月)のことですが、海の向こうでは、ハーバード、オックスフォード、スタンフォード大学教授による、こんな「宣言」があったそうです。

 

以下、抜粋。

 

様々な場所、そして世界中で、私たちは人々を守るために専門性を捧げてきた。現行のロックダウン政策は、短期的および長期的公衆衛生に破滅的影響を与える。その結果として(ごく一部の例を挙げれば)、子供の予防接種率の低下、心疾患アウトカムの悪化、がん検診の減少、および精神衛生の悪化などがあり、以後何年にもわたり超過死亡率が上昇し、労働者階級や社会の若者たちが最も重い負担を負うことになる。学生たちを学校に行かせないのは重大な不正義である。 

 

幸い、私たちはウイルスに対する理解を深めている。新型コロナウイルスによる死亡に対する脆弱性は、若者に比べ高齢者で1000倍高い。事実、子供にとっては、新型コロナウイルスはインフルエンザなどの他の多くの脅威に比べ危険度が低い。 

 

集団免疫を獲得する利点と欠点のバランスをとる最も思慮深い方法としては、死亡リスクが低い人々には普段の生活を許し、自然感染を通してウイルスに対する免疫を獲得するようにし、一方リスクが最も高い人々は保護するのがよい。私たちは、これを「集中的保護」と呼ぶ。 

 

ウイルスに対する弱者ではない人々は即急に普段の生活に戻るべきである。手洗いや風邪をひいたときの自宅待機などの簡易的な衛生対策を社会全体で行うことで、集団免疫閾値を下げることがでる。学校や大学は開校して対面授業をすべきである。スポーツなどの課外活動も再開すべきである。若くてリスクが低い大人は自宅からでなく通常通り働くべきである。レストランやその他の商売も開けるべきである。美術、音楽、スポーツなどの文化活動も再開すべきである。リスクが高い人々も希望すればこれらの活動に参加してもよいが、社会全体としては、集団免疫を獲得することによりウイルスに対する弱者を保護するのがよい。 

 

 

 

我が国においても、こういう学者さんがたくさん出てくると良いんですけどねぇ。

 

 

私事ながら、先日書店にて、こんな本と目が合ったので、つい買ってしまいました。

 

⚫コロナ自粛の大罪 鳥集徹 宝島社新書

 

 

医師7人が語る「茶番劇」の正体!

 誰も明言してこなかった「日本コロナ」の不都合な真実

 

現役医師たちが本音で語る「日本コロナ」の真実! 日本に新型コロナウイルスによる感染者が発生し1年以上が経過した。この1年で確実にわかったことは、日本では感染者、死亡者数が欧米に比べ圧倒的に少ない事実である。しかし、メディアは新型コロナの恐怖を煽り続け、政府は科学的根拠を示すことなく今年1月に2度目の緊急事態宣言を発出した(4都県は3月21日まで措置延長)。

 

本書は政府、自治体、医師会等による新型コロナウイルス自粛政策に疑義を呈する医師7人へのインタビュー集である。個別の事象の捉え方において7人の意見には相違もある。

 

しかし、過度な自粛要請を繰り返すべきではないという認識では全員が一致している。国民や国家に取り返しのつかない甚大な“副作用”をもたらすことが明らかだからだ。多くの人々を不幸にするだけの政策は、もう終わりにすべきだ。

 

 

第1章

「病床数世界一」でなぜ医療崩壊が起きるのか

森田洋之(医師/南日本ヘルスリサーチラボ代表)

 

第2章

「コロナ死」だけを特別視するのはもうやめろ

萬田緑平(緩和ケア萬田診療所院長)

 

第3章

5類感染症に指定すればコロナ騒動は終わる

長尾和宏(長尾クリニック院長)

 

第4章

長引く自粛生活が高齢者の健康寿命を縮める

和田秀樹(精神科医)

 

第5章

“未知のワクチン”を打つほどのウイルスなのか

本間真二郎(小児科医/七合診療所所長)

 

第6章

ほとんどの日本人の身体は「風邪対応」で処理

高橋 泰(国際医療福祉大学大学院教授)

 

第7章

国民は頑張っている。厚労省と医師会はもっと努力を

木村盛世(医師/作家/元厚生労働省医系技官)

 

 

 

対談本ということで、スラスラ、サクサクと読めます。

 

当然のこととして「?」なところもありますが、全体として「うんうん」と頷くことしきり。ここのところの「やや鬱」状態が多少晴れました。

 

 

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新型で未知ゆえにウイルスを怖がる人が、同じように新型で未知なるワクチン接種を疑うことなく切望している・・・

 

あれやこれやの怖い事例を新型コロナウイルスのせいだと断じる人が、あれやこれやの怖い事例と遺伝子ワクチン接種との因果関係は証明されないと切って捨てる・・・

 

人間って不思議。

 

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先日、マイカーのドライブシャフトブーツを交換しました。その前後で燃費が約17㌔/㍑から約19㌔/㍑に向上。交換にともなってグリスアップしたためだと考えられます。


ただし、その因果関係は証明できません(笑)。

 

たまたま暖かくなってきたからにすぎないでしょ、という可能性もありますしね。