今回さらに読みやすい、現代の最先端? 大嶋・心理学理論。
ミラーニューロンとか、イエスセットとか、パーソナル数値とか————に加えて、直感や「いまの感じ・気分」から遡及して読み解いてゆく心理の綾。
なんといっても大嶋心理学の特徴は、心理プロパーというよりも生理学(や遺伝子コード)と絡んでいるところ。冒頭から
「ストレスとは脳の帯電です」
それだから、まわりの人もミラーニューロン共振で帯電が移って、緊張してしまい、場が固くなってしまう。生物は緊張しつづけると、スイッチが壊れて、緊張がとれなくなります。
🌟周囲に受け入れられよう、と思うと、ふつうの心理学のアドバイスでは
うまく場を作ろう、親しくなろうと、相手の話題に合わせたり、顔色を見たり、おもねったり、調和をはかりますが、するとますますそこに疎遠な疲れる感覚が。
同時に、相手も気を許しにくくなります。
このあたりが大嶋先生の定番テーマで、アルアル、と身にしみます。
🌟友だちとは、数や会う頻度ではありません。20年会っていなくても、その人のことを思うと気持ちがつながった感じがするのが「ほんとうの友だち」
「無意識の海」でのリンケージがやっぱり信じられるもの。こちらが思い出せば、相手も思い出してくれて、つながる……。
🌟今回も大きなキーワードは「嫉妬」でした。大嶋流「嫉妬」とは、動物的な本能のもたらすもので、自分より「格下」と思っている相手(我が子含む)が自分にない「優れたものを持っている」と思ったときに発動し、暴力的な攻撃性を伴います。
なので、これに対して「相手の意を迎える」とか「弱者になって襲われないようにする」は逆効果。(このあたりのエピソードは自伝的感慨をこめ、大嶋本に多出)
また「受動攻撃」など目立たないように攻撃してくるやりかたは、本人も意識していないし、受け手側も気がつかないのですが、こうして改めて指摘されるとアルアル感(自分でやってる)。
🌟これまでの大嶋本の読者には、そうだ、そうだ、とうなずけることばかりで、それがやわらかくこなれて流れこんできます。
そうなんだ……
「脳でつながれる関係」「秘密を守りあえる関係」が、家族や身内とは違う、ほんとうの意味での「友だち」
🌟何かを指摘されたとき、不快に感じたら、それは相手が嫉妬を内包しているとき。
また自分に自信がない人のほうが、人の価値観に反発してしまう。
そして人の気持ちが分かる、と浸ってしまっている人に、むやみに同調すると危険。
いろいろなアドバイスがいちいち納得がゆき、今回大嶋心理学はスゴい、とまた思わされました。
🌟まとめとして、ひととつきあうコツは、「安心できる場」がある、という気持ちを持てること。それがあれば、友だちの数と関係なく、気楽に人を誘ったり、という行動も楽にできます。この安心感がないと、いつも「される側」に立っている感覚になり、リラックスできません。
🌟また孤独感とは、ひとりでいる場合ではなく、ひとと一緒にいるのに通じ合えないと感じたときのもの。
面白い例があがっていました。ひとりで普通に食事をしているとき、グループで入ってきた集団が楽しそうに盛り上がっている。そのとき、ふと、孤独感を感じたら、それは自分のものではなく、
「そのグループの中のだれかの感情を拾っているだけ」「そして、それを自分の感情と区別できない」
このあたりのミラーニューロン、すごい洞察です。
🌟ほかにも「自分はわかっているつもり」の相手に、あなたはこうよ、と決めつけられたら、「そうなの、ほんとに」と切り返す逆説のテクニックなど、こまかなワザもありますが、あとがきが一番しんみりと美しくしみいります。
「友だち」を作るのに、相手に認められようと努力することはいらない。
「私が「友だち」と思ったら、その人は私の心の中でずっと友だちでい続けてくれる。相手がどんな何をしようと、どんな態度をとろうと私には関係なくて、相手のことを「友だち」と思いつづけられる喜び。人から見たら、「それって一方的な関係なんじゃない?」とまるで片思いのような存在に思われるかもしれません。でも、この本を通じて多くの人が心の中でこうして知り合った相手のことを「友だち」と思ったときには片思いにならなくなる。つまり、この片思いの輪が広がったら、いつしかお互いが「友だち」と認識するようになって片思いじゃなくなるのです」(p.188-9)
まさにすばらしいスクリプトです……