いちいち喜ぶには「なんなん?」————「好き」「うれしい」だけでいい+「適切性と一致」 | hermioneのブログ  かるやかな意識のグリッド(の風)にのる

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バシャーリアン。読むことで意識が変わるようなファンタジーや物語に出会ってゆきたい。

 

でも
いちいち騒いで喜ぶと

確実に波動が上がります


それは
冬至だから、とか
アセンションだから、とかではなく

いちいち喜ぶ、ということが大事なのです

なんなら

美味しいお菓子をもらって
いちいち喜ぶ、でもよいのです

 

でも

吉日や
季節の移り変わりや
天体の動きを
思いっきり喜ぶと
おもしろいことが起きるのです

 

宇宙の流れに乗っかっていくことだから


(中略)

お祭りが嫌いな人
お祭りが好きな人

あなたはどちらですか?

ということです

さあっ!

クリスマスだ🎄
お正月だ!
新年だ!

めでたいっ!

 

いちいち

喜ぶぞ!!

————————————————————

というpicoさんの宣言。

年末はいろいろクリスマス会やらお正月のおせち頼んだり、よくカレンダーを見ると、けっこう楽しいことだらけ。

 

🌟「いちいち喜ぼう」というのがちょっぴり新鮮・おっ。

「調子に乗ると、やばいことが」と、自分はどこかで思っているらしい。

 でも冬至を抜けて、さすがに悟ったことがあります。それは「高波動」の三幅対。

 

 昨日は姪の結婚式に出席するための留め袖の予約(レンタル)打ち合わせに式場に行きました。

 カフェのランチがすばらしく、「ホワイトクリスマス風カリフラワぱりぱりの前菜」や「クリスマスオーナメント風デザート」やら——日本庭園を見晴らしながらの至福のいっとき。

 波動高い・・・・・・・・・・・・空間が。

 

 とても行き届いた衣装部のスタッフの対応。

 外の庭園には200年ものの盆栽が並んでいて、おじさんが世話をしていました。鯉もたくさん集まっています。

 しずか。

 

 波動が、ずいぶんふだんと違うので、うちへ返るとめちゃくちゃ眠くなってしまいました。

 あー、こういう空間があったんだ。

 

🌟家のぬるくて温かい感じにくらべると、宇宙空間のようです。コロナ禍であまりパーティなどに出かけなかったこともあり。

 細胞がびっくり。ほんとうに、酸素いっぱいの冷たい池に入った、魚のように、しびれてしまいました。

 

 そして「いつも喜べる人」というのは、こういう空間の中から切り出されているんだ、と思いました。

 

 一流以上の料理、一流のおもてなし(ン万円のレンタル留め袖。マックスのはもう買った方がいいお値段)、守衛さんから、受付さんから、すべて、ていねいな、ゆるゆるとしたゆとりの案内。

 

🌟そして、気付いたことは空間の波動のなかで、

 高い波動と言われるのは

・感謝

 というと(へりくだり感があり)相手との距離がちょっとある感じですが、

 

 より奥の本体は「好き」ということ。距離がない。透明な空間。

 そして昨日の「しんちゃん」の本では「しあわせ〜〜」(私の感覚では「うれし感」)ということ。

 感謝—好き—うれしすぎ!

 これは三位一体。三幅対。

 この三角形のどこから入っても「喜べる」。

 

 年末までがんばって喜ぼう。

 

(ちなみにPICOさんの「好き」は、コレは好き、コレはキライ、とコントラストでより分けるのではなく、ぜんぶ「好きっ」にしてしまってもいいよね、というすごわざです。

(好き(整然)・キライ(乱雑)のペアではなく、かたづいてなくても「好きさっ」と言ってしまっていい。これで楽になりました。コントラストに囚われていた)

 

🌟さらに加えて、108さんの「適切性と一致」の②です。

 

 「適切性と一致」はもう、「不足を疑う」メソッド以上に、なんにもわたしたちがやることはありません。

「不足を疑う」だと、まだ、「充足が本来だよね」と、ひとつ息を吸って思い直す感じがありますが、

「適切性の一致」は、「ただ気に留めるだけ」。

 

 今回の例は、娘さんが調理の専門学校に行こうとして願書を出す話。投稿者さんの用意していた学納金の3倍くらいであることがわかったので、どうしよう、と思っていたら、払う期日の前に、仲の良い友達とたまたま連絡がとれて、その人の行きたい学校に自分も行くことに、進路変更。さらに投稿者さんのもと同級生が、その学校の教員になっていたことがわかり、文化祭でも便宜をはかってもらい・・・・・・そこの学費は二年分合わせて、貯めていた金額ぴったり。

「いったいこれはなんなんでしょう。どうしようかな、困ったな」と思っていただけなのに、ミラクルが転がるように「適切性の一致」なんでしょうか・・・・・・

 

 108さんは「適切性は自分の自我の考えている範囲の外のことで、宇宙の自転と同じレベル。だから「適切性の一致」をただ 、そうなんだろう、と思うだけでよい(信じなくてもよい)」

 

🌟このゆるいけれど、それゆえの「緊密な原理」が宇宙にはあって、

 万事如意

 とでも呼ぶのかもしれません。

「おまかせ」とか「念じる」とか「自分を安心させる」とかそういう必要もなく・・・・・・

 

🌟なんなん?

 

 と思いました。

 

「なんなん?」と放り出すことが、自分の生活には少なすぎたかもしれません。

 

すべてはあたりまえに「適切性と一致」している・・・・・・‼️