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裏街道を往く

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明日から、3泊4日で京都旅行に出かけるというのに心が晴れない。その理由は、書くまい。悲観的なことをくだくだ述べても人は閉口するだけだ。自分の胸におさめて、忍ぼう。

 

その後、ブログを書く気力もわいてこなくなった。仕方なく、参詣する寺院のYou Tube動画を視ることにした。相国寺、本法寺、永観堂、法然院などなど。相国寺は、近年注目を浴びている伊藤若冲ゆかりの寺で、この天才絵師の画が見られるという。本法寺は、日蓮宗の本山で、昨年、東京国立博物館で、大々的に紹介された本阿弥光悦作の「三巴(みつどもえ)の庭」がある。後のふたつは、「南無阿弥陀仏」と唱えれば、貴賤に関係なく皆往生できると唱えた法然ゆかりの寺である。

 

一昨年から、年に3回は京都を訪れると決め、寺社を巡ってきた。今回は、仏教寺院にのみ参詣することになった。というのは、このところ、思わぬことから、仏教、特に法華経に関心がつよくなったからだ。ひとつは、『源氏物語』の作品世界を考えるうえで、仏教を抜きにすることはできない分かったからだ。紫の上は、死期を覚って、法華経千部供養を催す。ここには、現代人には分かりづらい深い意味があるように思う。偶然にも、法華経の根本精神ー万人は平等であり、誰もが成仏できるーを非常に分かりやすく説明する本ー植木雅敏著『法華経 誰でもブッダになれる』(NHK100分de名著ブックス)に出会った。

 

もうひとつは、『芸術新潮』で本阿弥光悦の特集(上記の展覧会との連動企画)があり、掲載された、光悦筆、俵屋宗達画(下絵)の『鶴下絵三十六歌仙巻』に接して、その美的感覚に魅せられたからである。二人は、熱心な日蓮宗の信徒であったという。日蓮宗の根本経典と言えば法華経である。

 

まさか、無縁とばかり思っていた仏教経典の王たる法華経を読むことになるとは。しかし、単なる偶然とは思えない。だから今回の旅行は、仏教の心に触れる良い機会にしたいものだ。

 

話を戻すと、YouTubeを見続けていたら、何と、石田ひかり(姉があの石田ゆり子)が8日前に投稿した動画「冬の京都を お散歩しました」に出会ったのだ。人気絶頂の20代前後の頃と、全く雰囲気が変わっていなかった。本当に、石田姉妹は素晴らしい。一昨年(?)『ひらり』が再放送されていた。小樽が舞台の映画『はるか、ノスタルジィ』(DVDをもっている)が無性に観たくなった、旅行から帰ったら絶対観よう。旦那さん(NHK職員)の実家はお寺で、年末年始にお手伝いにいっているらしく、その動画もあった。

 

石田ひかりの以前と全く変わらない様子を見、声をきていたら、心にかかっていた暗雲が雲散霧消したかのようだ。