裏街道を往く

裏街道を往く

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 前回の投稿の後、イラン情勢が最悪のシナリオを辿らなかったことで、いくぶんほっとしている。今月14,15日にTは訪中を控えているので、よもやイラン再攻撃は、今後2週間はないであろう。しかし、Tは何分事態を客観視する能力に全く欠けているので、何をしでかすかわからない。世界はまだ混沌の最中にあると僕はまだ懸念している。

 

 出光興産の子会社のタンカーがホルムズ海峡を先月27日無事通過できたという、しかも通航料を支払っていないということだ。在日イラン大使館はX投稿で、「両国の長年にわたる友情の証 この遺産は今なお大きな意義を有している」と発信している。連日、先行きの暗いニュースが続く中で、一抹の希望のもてる、喜ばしいニュースと僕は捉えている。しかし、TBS報道1930(4月29日)の放送で、某元駐イラン大使は、「日本を西側(諸国)から分断させようとする策」と否定的に受け止めている。この見解は、以前、イランの外相が「日本の船は通す用意がある」と発言した時も、確か自民党の議員が、「分断」の意図があると述べていた。はたしてそうであろうか。西側諸国からの「分断」というが、今回の事態、(日本を含めての)西側は「結束」していると言えるのか。今回の海峡封鎖を引き起こしたのは、そもそも米国とイスラエルのイラン攻撃であり、それゆえ欧州諸国も米国への軍事支援を拒否している。このことだけでも、「結束」していないのは明白ではないか。

 

それから忘れてならないのは、欧州諸国、なかでも英国は、かつてイランが石油国有化の政策を開始してから、その利権が奪われたことで、イランとはいまだに敵対的な関係にある。今回、日本のタンカーが海峡を通過できたことは、在日イラン大使館が発信しているように、今から73年前(1953)、出光興産のタンカー「日章丸」が、苦境に陥っていたイランの油を積んで、日本に持ち込んだことが両国の友好に大きく寄与している。日章丸は、海峡を封鎖したイギリス海軍の監視をかいくぐって、イランの港に着き、急遽油を積んで出港、再び英国海軍の裏をかき、ペルシャ湾を抜けたという。当時、国際世論の大きな注目を浴びたという。日本は、それ以来イランと良好な関係を保っているわけで、関係の良くない欧州諸国と歩調をそろえるのは得策ではないし、特に連携する必要もない。もし日本が連携、結束するならば、現在、日本よりも備蓄量が少なく、かなり危機感を強めているアジア諸国とではないだろうか。

 

今回のイラン情勢の報道でも、僕はますます既成メディアの報道姿勢に不信を深めている。今回の喜ばしいニュースに限っていえば、頭が硬直化しているような専門家、識者の意見・見解を求める前に、まず、この73年前の日章丸が果たした意義あることを、その背景、その後の国際関係の余波などと共に詳細に紹介してほしいことだ。イランの国民がこの出来事ゆえに日本への感謝の念、信頼を未だに何故失っていないのか、事細かく検証してほしい。それによって、国家間においても、信頼による結びつきがいかに重要か分かろう。今、世界を「分断」の危機に陥れようとしているのは、Tであることをまずもって共通の認識とすべきだ。

 

日章丸に関して 

さまざまな評価や議論があるようですが、僕はこの記事に最も信頼を寄せています

 

僕は、別にイランに味方しているわけではない。人間同士の関係と同様に、単純に、国と国とはお互いの「事情」を理解し合い、仲良く(無理ならば、あからさまな不和、戦争に至らぬように)やっていくことが大切と思うからだ。かけがいのない貴重な「友好遺産」を守っていくことが何よりも肝要ではないだろうか。

 

今回の事態の収拾は喫緊の課題であり、早急に解決しないと、世界中の人々が供給不足、物価高に苦しむことになる(経済的に貧しい国では食料危機が起こるとの指摘も出ている)。もっと正確に言えば、病人や経済的弱者が最もひどい目にあうのだ。現在すでに、ナフサによる加工品の供給不足が医療分野を中心に進行しつつある。政府は年内のナフサの需要量は確保したというが、はたしてどうであろうか。確か、新型コロナ感染症大流行の際も、マスクなどで同様なことを発表していたが、医療がひっ迫状態に陥ることになったことを忘れてはならない。

 

 

 
      早朝のジョッギングをしていたら、花々が鮮やかに咲き誇っていた