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裏街道を往く

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1月21日、Tariff Manが就任して以来、××令が連日日課のごとく出され(しかもすぐ発効延期される)、国際経済のみならず社会をも混乱に陥らされている。その日以来、僕の心も暗雲にずっと包まれたいるかのようだ。投資への意欲も落ち込み、昨年このブログに投稿してきた投資成績について記す意欲も失ってしまった。ここ数年関心を寄せてきた国際情勢や、僕が今一番大きな不安を抱いている気候変動について記す元気も出ない。

 

2月中旬に京都3泊4日の旅行をした。2月は、海外観光客も比較的少なく、ホテルの宿泊料金も前回の紅葉シーズンの2分の1から3分の1程度で済み、ともかく京都を愛する者には、訪れるには好適な季節だ。京の冬はひどく寒いと言われるが、思ったほどではない。雪は、僕が旅行から帰った後24日に結構降り、雪景色の美しい光景をYouTube で見た。旅行中に雪景色を見られなかったことを残念にも感じたが、もし居合わせたら、その厳しい寒さは体にこたえたに違いない。

 

旅行初日は、いつものように式子内親王の御墓とされる処に参った後、日蓮宗の本法寺に向かった。この寺を選んだのは、今強い関心をもっている本阿弥光悦が作庭した「巴の庭」を観るためだ。いわゆる枯山水の庭でそれほど広くはなかった。この寺には、長谷川等伯の「大涅槃図」があることもよく知られている。10mほどもある大画面なので、二階を吹く抜けにして展示されている。通常は複製で、実物は秋に公開されるという。

 

 

その後、今出川、京都御所の北にある相国寺を訪れた。京都五山第二位の臨済宗の名刹だ。相国寺の名は知らなくとも、金閣寺(鹿苑寺)、銀閣寺(慈照寺)が、この寺の山外塔頭といえば、いかに大寺院であるかわかろう。この寺を訪れた目的は、伊藤若冲の襖絵、長谷川等伯、円山応挙の絵画がみられる承天閣美術館にあったのだが、展示替えということで休館だった。ひどくがっくりきたが、春の特別拝観の掲示板を目にして、5月の葵祭の際に、必ず参詣しようと決めた。法堂(はっとう)の天井に描かれた、「鳴き龍」で有名な「蟠龍図」は是非みてみたい。なお、「相国」とは、国を治める、の意ということだ。

 

 

旅行2日目は、最初に銀閣寺の近くにある法然院に参った。この寺のことは、僕のもう一つのブログに記したので関心ある方は、そちらをご覧いただきたい。その後、前日の雪の降った跡が残る哲学の道を南に向かって歩いた。有名な小道を歩く者は、僕以外、欧米の外国人だけであった。途中、大豊神社、熊野若(にゃく)王子神社に立ち寄る。文学、歴史、宗教などを包括して日本文化を探究するスケールの大きい著作を次々に著した梅原猛氏の住まいも、この辺りだった。一時間ほどして、紅葉の名所としてしられる永観堂(禅林寺)に着いた。さすがに、この季節は観光客も少なかった。いくつもの堂が回廊で結ばれていたが、エレベーターがあったのには驚いた。本尊の「みかえり阿弥陀」(阿弥陀如来像)の写真を旅行前に見て、振りむくその姿の珍しさのため、是非観たいと思っていた。実際に見られたのだが、暗いことと、自分の目の悪さで、よく見えなかった。本来は、真言密教の修練道場だったが、鎌倉時代に、浄土宗の寺院となった。修行道場としての性格があるせいか、どこか簡素なたたずまいで、気分が落ち着けた。「もみじの永観堂」と称されるように、紅葉の時期だけでなく、青紅葉も美しいとのことで、ここも5月の旅行には必ず参ろうと決めた。

 

その後、バスで、平安神宮のあたりに出る。琳派、伊藤若冲のコレクションで知られる

細見美術館を訪れるためだった。がここも休館、次の展の準備とのこと。急に疲れを覚え、空腹を覚えたが、この界隈には意外に食事ができる店が少なかった。結局、知恩院ちかくの喫茶店でドライカレーを注文することに。

 

知恩院には、有名な三門(国宝)からではなく、黒門、いわば裏玄関から入った。そこからは、黒門坂という階段がのびていて、城構え。非常時に備えてのことだという。事前にガイドをみて、徳川家の菩提寺と知り、この壮麗な寺院の理由が分かった。御影堂はまさしく壮観。堂内に入ることもできた。法要が執り行われていた。十人を超える僧が一斉に念仏を唱えみせ、堂内にその低い声が響き渡り、初めての体験だったので、不信心の僕も神妙な気分になった。広い境内でまごつき、観て回る心持にもならなかったので、今回は御朱印をいただくだけにした。帰りに壮麗な三門(高さ24m)をくぐる。南禅寺の三門(高さ22m)も有名だが、知恩院の方は前後の階段も重々しさがあり、昇るのは大変だ。なお、どうして「三門」といわれるのかというと、「空門」、「無相門」、「無願門」という三つの解脱の境地をあらわす門「三解脱門」の略だという。

 

 

知恩院から、円山公園、八坂神社、祇園を通って、建仁寺の塔頭寺院、西来院へ。京の冬の旅パンフレットをみて、本堂の天井画「白龍図」に関心を抱いたためだ。この禅院は、「進化する禅院」として、現代アートをも鑑賞できる場として、評判を呼んでいるらしい。巨大な「白龍図」を描いたにも、世界で活躍する中国女性アーテイスト陳漫(チェンマン)だと知った時は驚いた。写真が飾られていたが、アーティストというよりファッションモデルのような美貌の持ち主だった。白龍図としての評価は分からないが、迫力は満点だった。

 

 

ホテルに戻る前に、四条烏丸にある大垣書店(京都本店)に立ち寄る。店の一角には、バーや喫茶室などがあり、雰囲気がこれまでの書店とはかなり異なり、全体には書棚の配置が迷路をつくりだしているような感じだ。京都の名産食品や文具雑貨も並んでいる。新たな情報発信の場といったところだ。京都に来て、スキマ時間ができたら、必ず立ち寄ろう。

 

旅行3日目、4日目については、次回に回そう。明日、熊野古道を歩く旅行に出かけるため、準備をしなくてはならないから。