先日、『舟に乗って逝く』という中国映画を観た。先月、読売新聞の映画評を見て、すぐ観に行きたいと思ったのだが、都内の上映スケジュールでは都合が悪く、困っていたところに、自分の住む地域で上映されないか、と調べたところ、自分の住む市にある自分も全く知らなかったミニシアターで7月末から上映されると知って、うれしくなった。
昨日、開始時刻前30分前に向かったのだが、グーグルマップでもはっきりした場所がわからず、交番に駆け込んだ。二人の警官が大きな地図とスマホで探してくれるものの、手こずっていた。ようやく若手の警官の方が、スマホで所在示してくれた。地図にはまだ記載されていないという。時計を見ると、開始5分前だった。指示された通りに行くと、まだ新築して間もないと分かるような、洒落たカフェが目につき、あそこだとホッとした。急いで、店内に入り、映画のチケットを求め、「まだ間に合いますか」、と尋ねると、「まだ予告編を流しているところですから、大丈夫ですよ」と親切に答えてくれた。
年老いた母が、ある日重い病気になる。母には、上海で暮らす娘夫婦と女の子の孫がいる。また、旅行ガイドをしながら風来坊のように暮らす独身の息子がいる。二人は、母の看病のために故郷に戻らざるをえなくなる。娘と息子は、母の看病を巡って、意見が対立するが、それは、彼らのかけ離れた生き方に由来するものだ。特に、娘には、再婚のアメリカ人の夫がおり、母国での生活を望んでいて、悩みは深い。
主筋をこのように書くと深刻なドラマと思われるが、一方で、美しい水郷の村ー監督陳小雨(チェン・シャオユー)の出身地であるらしいーを舞台としていて、運河をゆく舟が象徴的に描かれて、まだ30代初めの監督の故郷に寄せる愛着が強く感じ取れる。映画も、俳優を志す孫が、船の上に佇み、独白で始まる、詩情にあふれており、光景も美しいばかりだ。プログラムに載せられたインタビューで監督は、「この物語は「帰る場所」「家」「死」を巡る寓話です」と語っている。
この映画は、登場人物の性格や心理が見事に描き分けられ、生活の細部も丹念に表現されていて、これだけでも、小津安二郎の家族映画を観るような趣があって、映画を撮っていた時は、まだ20代の青年ということで、完成度の高さを考えると、驚かざるを得ない。僕も2年半ほど前に母を亡くしているので、この映画を観て、身にしみる思いがした。特に、死が迫りつつあった母が人工呼吸器を外そうとする場面は、自分の母もなくなる3日ほど前に真夜中半ば意識を失った状態で同じ行為をしたのが、思い出されて、胸を突かれた。
この映画に感動したものの、プログラムの監督のインタビューや現代中国文学者藤井省三氏のエッセイを読んで、僕の理解はごく浅いものだったことに気づかされた。やはり中国の地理、文化のみならず、現在や過去の社会状況について、少なくとも一定の知識や親しみがないと、この映画の真価はわからないように思う。ここで、詳細に述べるのはできないが、一例をあげよう。母は、長男を亡くし、夫にも先立たれて、二人の子を育てるにも、多くの苦労があったことがわかるが、実はそれだけではなく、少女時代を「童養娘」(トンヤンシー)として、いわば女児奴隷のような生活を送ってきているのだ。大修館の『中日大辞典』によると、「息子の嫁にするために幼い頃からもらったり買ったりして育てた女の子;息子が成人するまでは下女として働かせた」とある。1949年、中国が人民共和国として建国するまであったという。「童養娘」の多くは養父母の虐待にあったらしい。母は、そういった苦難を乗り越えて、二人の子を育てるにいたったのだ。しかし、監督は、このことを全面に押し出さず、ほのめかす程度だ。母役の俳優も、非常に抑制的な演技をしている、でも、僕はそれを知った時、母の子供らに対する思いや接し方、逆に子供らの死を迎えんとする母への向き合い方も、奥行きがあるように見えてきた。俳優が抑制のある演技をすればするほど、深みは増しているように思える。
舌足らずな拙文になってきたので、もうこの辺でやめよう。たまたま新聞の映画評に目をとめて、このような秀作に出会えたことは単なる偶然に思えない。また、地元に洒落たミニシアターができたことも喜ばしい。