このところ、新聞をみても、気を滅入らせるニュースばかり。海外では、レバノン情勢が全面的戦争の危機にあるし、スーダンでは内乱が今も続いていて、餓死者がかなりでているようだ。国内に目を向ければ、先週の能登の記録的大雨で、死者が8人。復興への途上で、この豪雨災害に見舞われて、インフラもズタズタになっている。生まれ育ったところを離れざるを得ない被災者も相当数出ているらしい。お年寄りが多いというのも痛ましい限りだ。
無力だが、この現実から目をそむけたくはない。いつ自分の身に降り掛かってくるかわからないからだ。高齢者の僕にとって、資産管理、運用も大事であるが、今は、それ以上に危機管理が必要と感じる。僕の場合は、国際情勢にも目を配ることも、危機管理の一環と考えている。健康、いや心身の安定を保つことも危機管理の範疇だ。危機管理というものを広い意味で考えてみたい。毎日ネットから情報が処理しきれなく入ってくる、その選択も重要だ。怪しく、誤った情報だと見分ける能力を高めることも、今は本当に大切だ。幸いに、今は脳疲労もとれて、「今でしょう」の心持ちで行動できる。そういえば、今朝、モーサテである経済アナリストが、今の経済情勢に対して大切なことは、と尋ねられて、楽観的思考と答えていた。悲観的思考では、何も試みられないし、何もできないからだ、と。楽観的に考えることで、意欲的に事に向かえるのだ。本当にそうだ。投資は、リスクを必ず伴う。しかし、よくよく考えると、日常生活だって、リスクはあるのだ。車に乗らなくとも、交差点で待っていただけで、追突されて死亡する人だっているのだから。広い意味でリスクのないことはないのだ。僕が毎月行く旅行だってそう
だ。僕は心配性で、飛行機に乗るといえば、事故に遭うのではと心配し、山登りに行けば、滑落死や転倒による大怪我を必ず思ってしまう。だからと言って、それで旅行をやめようとは思わない、本当に好きなことだから、良いのだ。日本という、恵まれた国に生まれたのだから、何も挑戦しないことは、最大の損なのだ。