「ヘイヘイ! 震災支援に偶然通りかかったら俺達を呼ぶ声が!」
「イヤッハー! この国の絶対神の血筋を受け継ぐ俺らに不可能はない」
「ヨーサー! 聞きたいか、俺達の名を?」
「……」
 唖然として言葉が出なかった。
 鬼を霧散させたのは裸の男三人衆だった。
 何故か裸。まだ三月なのに、この東北で。

「俺は月島家の長男! この世のあらゆる動物へと変幻自在さ!」
「俺は星谷家の長男! この世のあらゆる動物と融合できるのさ!」
「俺は日向家の長男! この世のあらゆる動物を他の動物に変えることができるのさ!」
 勝手に話を続ける男達。そして、中途半端に苗字しか名乗らない。そんでもって長男らしい。
 さすがの日和も付いていけずにポカンと口を開けている。
 さっきまで怖がっていた音菜も呆然としている。

 彼らがどこにいて、どのように目の前にやってきたのか、どうやって鬼を倒したのか、一切不明。
「不来方のでっかいばあさんに伝えてくれ」
「俺達は俺達のやり方で精一杯、この星の動物を守ってみせると」
「他の大陸でも英雄が出現したらしいから接触してみると」
 男達はそう言うなり、全身に鳥の羽を生やし、空高く舞い上がり、闇夜の中に消えて行った。
「……」
 一瞬の出来事だった。
 鬼も男達も。
 あまりにも想定外な出来事に、僕らは一言も言葉が出ないまま、謎の人物達を見送った。
僕らは同じ要領で、都市部の人々を驚かせまくった。
 僕らは普段、ヒトの格好をしているので、みんな気付かない。
 しかし、ケモノの姿をした瞬間、異様なまでに反応される。
 不思議な感じだった。
 同時に、こんなことを繰り返すと、僕らは日常に帰れなくなるのではないかと思う側面もあった。
 一時間くらい、各地で人々を驚かせ、不来方に帰る時が来た。
 このまま関西に帰っても良かったのだが、せっかくなので春休みギリギリまで不来方にいることにした。
「あれ? 音菜がいない」
 帰る直前、気付いたのはいつも一緒に遊んでいる勘太郎だった。

「ほんとやね……あたし、近くを見てくる。みんなは先に行っておいて」
 日和はそう言うと、すぐに霧の中から飛び出して行った。
 何だか嫌な予感がする。
 胸騒ぎを覚えた僕も日和に続いた。
 日和がキョロキョロしながら声を掛ける。
 僕が日和に追い付こうとして曲がり角を曲がったその先に、異様な光景を視た。

「日和姉ちゃん……助けて……」
「音菜! あれは……鬼!」
 音菜は腰を抜かしてしまったのか、地面に座っている。立ち上がろうとしても力が入らないようだ。
 そして、恐るべきなのはその周り、ゆっくりと、しかし確実に、鬼が音菜に迫っている。
「っく……クルルルルルルゥ――――」
 日和が鳴く。
 魔除けの鳴き声だ。
 しかし、鬼達は全くこの声に反応を示さなかった。

「え? 何で? !」
 日和の髪が揺れる。
 そして、僕も気付いた。この鬼はいつもと違う。
「こいつら、いつものやつじゃない……角が二本だ! 音菜!
 日和が鬼より先回りして音菜に近付き、身を固める。

「日和!」
「アキ! 来ないで! これはいつものと違う。何されるかわからない!」
 絶体絶命のピンチ。
 僕は一体どうしたら……
 力が……鬼に対抗できる力が欲しい……
 心の底からそう思ったその時――――――


「!」
 目の前を何かが横切り、日和達を囲んでいた鬼を次々に切り裂いた。
 今まで攻撃できなかった鬼に攻撃できた。
 目を見開いたその先に、影が浮かび上がる。
 その影は……
 冷気冴える宵闇。
 逢魔ヶ時を過ぎた妖達が蠢き出す時間。
 僕らは不来方の里の人達とともに、約一カ月ぶりに地上に出てきた。
 今宵は妖艶な力が降り注ぐ満月。
 百鬼夜行の始まりだ。
 空気中の水分を霧散する能力を持つ霧吹き氏を先頭に、岩手県の都市部を攻める。
 霧に紛れ、唄を歌いながら、僕らは行進する。

「ナイショナイショ ひみつのはなし♪ 見たこと、聞いたこと、誰にも言うな♪ 言ってはならぬぞ もののけの 夜の宴を 視た者は♪
あやしあやかし 幽世の祭り♪ 幸か不幸か 視た者は 誰も信じぬ 魅入られよ♪ オキテ破りは 食い付くぞ オキテ破りは連れ去るぞ♪ 」

 町を歩く人々が訝しむ。
 驚く人、怖がる人、興味深そうに見ている人。
 霧に紛れて人の目に触れながら、僕らは行進する。

「ナイショナイショ ひみつのはなし♪ 見たこと、聞いたこと、誰にも言うな♪ 言ってはならぬぞ もののけの 夜の宴を 視た者は♪
あやしあやかし 幽世の祭り♪ 幸か不幸か 視た者は 誰も信じぬ 魅入られよ♪ オキテ破りは 食い付くぞ オキテ破りは連れ去るぞ♪ 」

 キツネの嫁入りよろしく、通常、百鬼夜行は視てはイケナイもの。
 口封じのために連れ去られるもの。
 しかし、僕らはそんなことはしない。
 人々を驚かせ、この地に、ヒト以外のヒトに近い生き物がいることをアピールするだけ。

「な、なにあれ!」
「俺は頭がおかしくなったのか?」
「妖怪……妖怪だ! うわあああああああ!
 様々な反応を示す人々。
 その反応が楽しくて仕方がない。
 それに、今まで隠れてケモノ姿になっていたのだが、こうして堂々と晒せるのが何だか気持ちいい。

「ナイショナイショ ひみつのはなし♪ 見たこと、聞いたこと、誰にも言うな♪ 言ってはならぬぞ もののけの 夜の宴を 視た者は♪
あやしあやかし 幽世の祭り♪ 幸か不幸か 視た者は 誰も信じぬ 魅入られよ♪ オキテ破りは 食い付くぞ オキテ破りは連れ去るぞ♪ 」

 逃げる人。
 怯える人。
 写メを撮る人。
 様々だ。
 ある程度行進したところで、霧吹きの濃厚な霧に紛れ、僕らは人へと化ける。
 服を隠してある場所まで移動し、服を着る。そして、ヒトに化けた僕らは再び活動を再開する。




「お兄さん、お兄さん。ちょっといいかしら。探し物をしているの」
 女が道行く男性の後ろから声を掛けた。
 声を掛けられた男性は後ろの女性の方を向く。
 しかし、女性の髪は長く垂れており、顔が見えない。
「な、何を探しているんですか?」
「落としちゃったの……私の……
「……う、うわああああああああああああああー!!!
 髪を上げ、見えた女性の顔には何もなかった。
 目も鼻も口も眉毛もつるんとした肌があるだけ。
 のっぺらぼうだ!
 男性は奇声を上げながら逃げる。逃げる逃げる。

 そして、男性が逃げ切って落ち着いた頃。
 今度は目の前に女性が泣いている。
「うわああん、うわああん」
「……」
 男性は嫌な予感がした。
 しかし、泣いている女性を無視するわけにはいかない。
「ど、どうしたのですか?」
「探し物をしているの」
「さ! ささ、探し物?」
「あたしの大切な探し物」
「ま、まさか……顔……?」
「顔? 顔なんて落とせないでしょう? 違うわ」
 男性はその反応を見て少し安心した。
「いや、さっき、顔の無い女性がいたもんですから。のっぺらぼうっていうか」
「その顔は……」
「えっ……」
「その顔は……こんな顔でしたか?」
「違ええぇぇぇぇぇぇぇえええぇぇぇぇぇぇー!」
 振り返った女性の顔は、泣く子も黙る恐ろしいキツネ顔だった。
 男性は律儀にツッコみを返しながら、泡を吹いてその場に倒れた。
「日和、違って」
「てへへ。ツッコまれちった」
 日和は顔をヒトに戻しててへぺろした。
里の子供達と触れ合った後、僕らは宿舎に戻った。
 宿舎にはちょうどやおよろずの全メンバーが揃っていたので、日和はメンバーに向けて霊界欠書の話をすることにした。
「みんなに聞いてもらいたい話があるんだけど」
 日和はそう言って、話を始めた。

「二週間くらい前かな。図書館で偶然、この本を見付けたの」
 日和はそう言って、霊界欠書を持ち出した。
「この本、どうも預言書みたいなの。でもね、これはあたしと同じ超能力者が書いているから、普通の人には真っ白なページにしか見えない。みんなには見えるかな?」
 日和は本を開き、ページをめくる。
 みんな、鬼文字で書かれていることをすぐに理解した。

「ミトオシサマは言ったよね。来年、私達が滅ぶって。それがね、この本にも書かれてあるの。『2012年12月23日。人類は、この星の生物は選ばれる。生き残る者と、消え去る者と。すべての者が一つになる。性も生も星も聖もすべてを超えて……』」
 いつしか、みんなは真剣な表情になっていた。
「これがどういうことを意味しているのか、具体的な事はわからない。でも、来年のクリスマスイブイブに何かが起こる。これは覚悟しておいた方がいいのかもしれない」
 日和は一呼吸を置いて続ける。
「そして、この本には未来についても記されていた。でもこれは曖昧に記されていて、具体的ではなかったわ。この先でも人は戦争を繰り返すらしいのね」
 戦争という言葉に現実味がなかった。
「どういう預言者がこれを記したのかはわからないけれど、これは西暦一万年後まで記述がある。だから、少なくとも、あたし達が生きている間には地球は滅びない。けれど、人類は滅びるの。これってどういう意味だと思う?」
 イマイチパッとしなかった。世界の終りなんて想像したことがない。
 すべて空想の範囲で終わるだけ。
 具体的に何がどうなるのかはわからない。

「偶然か必然かはわからないけれど、あたしがここでこれを見付けたことには意味があると思うの。それでね、やっぱり鍵となるのが、私達の超能力開発じゃないかなって。何故だかわからないけれど、そんな事を思ったの」
 それは天啓。オラクルと呼ぶべき思い付きかもしれない。
 しかし、これまで超能力開発を行ってきたが、日和以外に能力を開眼させられた人はいなかった。
 やり方がわからない。
「それでね、超能力の開発の仕方が、この本に書いてあったの」
「!」
 それは僕にも聞かされていなかった。
「その方法はね。気を取り込む方法とほとんど一緒。ただ違うのは、自然の中で行った方が開眼できる可能性が高くなるみたい」
 そこで日和からの提案。これから時間がある時は自然の多い所で精神修行を行うようにしようと。
 全員、釈然としない様子だったが、何となくやらなければならないことを感じたようだった。

 霊獣化できるようになってから三日。
 僕らはいつものように修行場に足を運んでいた。
 ここ数週間、規則的な生活を送っていたためか、すっかり身に付いてしまった。
 朝は修行、昼からはフリータイムということにしていた。
 自分のもう一人の人格を出す霊獣化のコントロールはなかなか難しい。
 今まで知らない知識もポンポンしゃべるし……霊獣化した感覚としては、きっと戦隊ものの巨大ロボットの操縦席にいる感じに近いと思う。乗ったことはないけれど。


 もうコクヨウの姿はない。
 朝の修行の際は、飛び回っている最中に霊獣化が解けることを危惧して、水萌に付き合えってもらっていた。
 そして、今日も朝の修行を終え、昼からのフリータイム。
 僕と日和とユイの三人で里の探検だ。


「わんわん!」
 僕らが里を歩いていると、犬がシッポを振ってやって来た。
「こんにちわ、ポチタマ」
 近所で放し飼いされているらしい、と水萌情報。
「ほらほら、今日もこしょこしょしてやるぞー」
 日和がポチタマの頭をガシガシ撫で、喉元を優しく撫でる。
 ポチタマは嬉しそうにシッポをブンブン振った。
「ほらほら」
 頭から順にシッポの方へ。
「わんわん……わんわぁ……わんにゃ……ふにゃにゃぁー」
 日和が背中を撫で続けると、ポチタマのふさふさの犬のシッポが細くなり始める。
 マズルも少し短くなり、体全体も二回りほど小さくなる。
 茶色い毛色が白色に変わっていき、秋田犬の姿だったポチタマはみるみるうちに白猫に変身した。
「にゃぁん、にゃぅぅん」
 くねくねと曲がるシッポで甘えるポチタマ。
 僕も初めて見たときは驚いたが、ポチタマは気分によってイヌとネコどちらの姿にも変身するペットなのだ。


 しかし、考えてみれば不思議なことはない。
 僕らが動物に変身できるということは、動物が他の動物に変身できてもおかしくはない

だろう。
 不来方の里ではこういった、┌(┌^o^)┐を初めとして、不思議な生き物を時々見か

けることがあった。
 だから、里を歩いているだけでもいろんな発見があって楽しいのだ。
「それじゃまたね、ポチタマ」
「にゃーん」
 僕らはポチタマをみんなで撫でた後、里の探索を続ける。




「ナイショナイショ ひみつのはなし♪ 見たこと、聞いたこと、誰にも言うな♪ 言ってはならぬ

ぞ もののけの 夜の宴を 視た者は♪」


「あやしあやかし 幽世の祭り♪ 幸か不幸か 視た者は 誰も信じぬ 魅入られよ♪ オキテ

破りは 食い付くぞ オキテ破りは連れ去るぞ♪ 」





 どこからか子供達の歌が聞こえてきた。
 わらべうたのようだ。
 里を探索するようになってから時々聞こえてくる。
「あ! 日和姉だ!」
「日和姉だ!」

 子供達が集まって何やら地面に絵を描いていた。
 その中から見知った声がする。
 カッパの勘太郎と、ハーピーの音菜だ。
 最初は勘太郎に舐められていたものの、付き合っていくうちにすっかり仲良くなった。
 この年頃特有の意地っ張りだったようだ。


「何しているの?」
 ユイが二人に聞いた。
「お絵描き!」
「お絵描き!」
 二人は木の棒を持って嬉しそうに言った。
 一緒に遊んでいる子供達は全部で六人。見たことある子もいれば、初めて目にする子も

いた。外見からじゃ性別は判断できない。みんな人間の姿はしていない。一言で言えば妖

怪そのものだった。
「日和姉も遊ぼう!」
「遊ぼう!」
「んー、しょうがないなぁ、どれどれ、日和さんの絵の実力を見せてやろう」
 僕らは里の子供達と遊ぶことになった。


「ほら、できた!」
「なにこれー?」
「……」
 ズバリ言うと、日和は作家ではあるが、絵はかなり下手な部類だった。
「何って、犬じゃない」
「きゃははは、見えないー」
「見えないー」
 気を使うことを知らない子供達はズバズバ正直な気持ちを言っていくので、僕はハラハ

ラする。
「うるせー、絵は下手でも物語が書けたらいいんだよ」
 ケモノ姿の日和はシッポで、うりうりと批判した子供達に攻めていく。
 きゃーきゃーと逃げ回る子供達。
 まったりとした空間だった。


「ほら、できたよー」
「キリンだ!」
「すごーい!」
 一方、ユイは絵がものすごくうまかったりする。
 子供達はキリンの存在を知っているらしく、ユイの絵を見て、楽しそうにしていた。
「もっともっと!」
「ジャガルンダー描いて!」
「よーし、書いちゃうぞー」
 ユイがさらさらと地面を木の棒で掘る。
「いいなぁ、ユイ……」
 ユイの絵を描く速さと上手さに、日和は羨望のまなざしを送っていた。


「ワシがお主達に教えることはもうない。後は自分達で能力を磨くのじゃ」
 全員、無事に落下した後、コクヨウは僕らを集めてそう言い残し、修行場から去っていった。
 そして、これ以降、コクヨウと会うことは二度となかった。
 てっきりこの里にいるので、いつでも会えると思っていたのだが、そうではなかった。
 こんなことなら、もっとちゃんとお礼をしておけば良かったと後悔するのは、この里を出て日常に戻った時だった。
「行っちゃったね」
 コクヨウの背中を見ながら日和が言った。
 全員で見送り、宿に戻ることにした。


 宿に着くと、ミトオシサマが来ていた。
「お主たち、無事修行を終えたようじゃのう。どうじゃ、霊獣になった感じは?」
 既に話は聞いているらしい。話が早い。
「うーん、何かもう一人の人格?が出てきて、あたしはそれを見ているだけな感じだったんですけど」
「ふむ。やはり人格が分かれたか……もっと幼い時にこの修行をしていれば人格が分かれることはなかったのじゃが……まぁいい、今後

、人格統合するかどうかはお主たちの二人同士で決めるがよい」
 人格は統合できるらしい。
「なんにせよ。お主らが飛べるようになったのはめでたいことじゃ! これでいつでもここを出ることができるじゃろう」
 ミトオシサマは目を細めて言った。


「もう三月下旬……進学の準備あるけど……せっかくだし……」
 日和は僕らの方を見る。
 その顔はもう少しここにいようと言っていた。
 僕らは個々に頷く。
「あと一週間ほど、ここにいます!」
 日和は僕らを代表してミトオシサマに言った。
「そうか、わかった。ちょうどいい、帰る前に百鬼夜行に参加しなさい。これについては里の者に聞いて回るといい」
「わかりました」
 その後、もう少し話をして、ミトオシサマは宿を出て行った。


 今日は霊獣化祝いということで、いつも豪華な夕食がさらにゴージャスな感じになっていて度肝を抜かれた。
 みんなで喜びを分かち合いながら、就寝した。


 ――霊獣
 人はヒト以外のすべての動物を自分達よりも劣る生物と定義する。
 しかし、霊獣は霊長の中でも獣を超える能力を獲得した異端。
 その能力はヒトで言う超能力者に等しい。
 故に、霊獣は様々な呼び名で恐れられ、崇められた。
 天駆けるその姿から天獣と、神々しきその姿から神獣と、ヒトを救う行為から聖獣と、ヒトを殺す行為から魔獣と……
 


「お主たちはもう飛べるはずじゃ。霊獣の人格に聞いてみよ」
「さっきから煩いぞ、鼻長ジジイ。妾はお前より数千年長いぞ」
 狐天の人格となった日和がコクヨウに向かって恐ろしい口をきく。
「威勢のいい若者は良い事じゃ」
 しかし、コクヨウが怒ることはなかった。
 ちょっとホッとした。
「どれ、飛んでみるか」
 日和がそう言って大きく口を開ける。
 すると、空中を漂う気塊が物凄い勢いで日和に吸い込まれていく。
「くうぅぅぅぅ……はんっ、それじゃ行くぞ!」
 日和の背中が青白く光り始める。
 すると、音もなくふわっと日和の体が浮き始めた。
 飛んでる! 本当に飛んでいる。


「どれ、儂も飛んでみるとするか」
 僕がしゃべった。
 いや、話したのはもう一人の僕の人格である狸天だ。
 僕も口を開き、空中を漂う気を掻き集める。
 体内に気を充填し、それを背中から突き出た羽紋に送る。
 最早科学的な現象では説明できないような現象が起こり、僕の体が浮き始める。
 思わず叫びそうになったが、僕の体を動かしている狸天は意気揚々としているのがわかった。
「こうして外に出てくるのも、羽を広げるのも久々じゃわい」
 日和は建物の天井近くまで飛翔していた。
 僕もより高みへと飛び上がる。
 姿の変わったやおよろずのメンバーも続いて飛び始めた。


「……ふむ。ここまでできるようになればよかろう。お主ら、あまり高く飛ぶと気力を失った時に痛い目みるぞ!」
 コクヨウが僕らに向かって大きな声を上げる。
 どういう意味なのだろうか……?
 と思っていた矢先、急に力が抜けてゆく感じがした。
「お? あ? あれ? う、うわああああぁぁぁぁぁぁー!
 体が縮まってゆく。変身時は苦しかったのに、元に戻る?時はあっさりと。
 脱力感とともに同時に浮力が失われ――――
 僕は天井近くから真っ逆さま。
「うわあああああああああああ!」
 いくら獣化した状態であるとはいえ、3mくらいある高さから落下すると無事では済まない。
「ほら、言わんこっちゃない……水萌!」
「ハイッ!」
 コクヨウの後ろから図ったようにカッパの女の子が現れた。


 両手を落下する僕の方に向ける。
「はぁ――――っ」
 カッパの女の子が気合の入った声を出すと、落下する僕のスピードが徐々に軽減され……最後は立った状態でスっと地面に着くことができた。
「はぁ……はぁ……びっくりした。ありがとう。それが君の――」
「水萌! 次!」
 僕がカッパの女の子に話しかけていると、コクヨウが叫んだ。
「ハ、ハイ!」
 やおよろずのメンバーが何かのゲームのように天井近くから叫び声と共に次々と落ちてくる。
「お、おう……」
 カッパの女の子こと水萌は局所的に大活躍することになった。

 トイレに行きたくてもじもじしつつも、日和の変化に目を奪われる。
「成功したようじゃな」
 コクヨウが満足そうに呟いた。
 青白く輝く日和の背中。
 毛皮に覆われてわからなかったが、光輝くその場所は、羽型の痣がある部分だった。
「クゥゥゥ……クオォォォォォォー!!!」
 日和が遠吠えをすると同時に、背中にぴったりとくっついていた光がゆっくりと広がる。
 まるで蛹だった蝶が初めて羽を開くみたいに。
 命の息吹を込めるかの如く、美しい。
 木々の葉を思わせる一対の羽。
 それは解離。
 今まで収められていた体と何かとの決別だった。
 光輝く羽の展開と同時に、日和の体がむくむくと巨大化してゆく。


「……」
 今まで見たことのない姿に変わってゆく。
 日和の巨大化は人間時の身長を超え、ふた回りほど大きくなっていた。
「日和……」
「はぁ……はぁ……」
 フェネックより少し大きなサイズから、徹夫の身長を余裕で超える大きな獣に。
 日和は狐の巨大な化物のような姿になった。
 背中は青白く光っているが、他の体の部位は所々赤い紋様が現れていた。
 大きな獣に変化した日和がゆっくりと目を開く。
 熱量が凄まじいのか、体から湯気が沸き立っていた。


「妾(わらわ)がこの世に出てくるのは久方ぶりじゃのぉ。あれからどのくらい時が過ぎたかの……」
 喋り方が違う。目つきも違う。雰囲気も違う。
 絶対的な威圧力があった。
 襲われたら命はないだろう……
「続け! 皆の者、より強く羽を開くイメージをするのじゃ!」
 コクヨウが叫んだ。
 トイレに行きたい。我慢は限界……
 しかし、コクヨウの指示通り、僕はイメージを膨らませた。




 ――――ドックン




 視界が反転する。
 全身を包み込む物凄い熱波。
 背中が真っ二つに引き裂けそうな激痛が走る。
 今まで体に癒着していたものを無理やり引き剥がされているような感覚を背中に感じる。
 熱い、熱い熱い熱い――
 初めてタヌキに変身した時の比にならない。
 全身が溶けて再生しているかのよう。
「ぐああああぁあぁぁぁぁぁぁーーーー!」
 体がメキメキと音を立て、大きくなっていくのがわかる。
 急激な成長に一つの精神では追い付かない。
 視界が高くなる。
 体と心を繋ぐために二次的な精神が形成される。
 2mは悠に超えるであろう化物。
 体の変化に流されるまま、僕は変身を遂げた……


「はぁ……はぁ……儂は……現界したのか……」
 口から言葉が出た。
 しかし、それは僕が話した言葉ではない。
 見えている視界は確かだが、体を動かしているのは自分ではない。
 僕はただ見ているだけだ。
 それでは僕の体を動かしているのは誰だ?
「おお、懐かしい顔ぶれじゃのう。こうして会うのはいつ以来か……」
 日和が巨大な獣と化したやおよろずのメンバーを見渡して目を細めた。
 メンバーはみんな各々の動物時の巨大化バージョンの姿に変身していた。
 みんな目つきと話し方が変わっている。


「一度で羽を広げるとは、大分コツを掴んだようじゃのう。よろしい。ワシが教えるべきことはもうない」
 長身のコクヨウを見下ろす不思議な感覚。
「通常はイメージを集中して徐々に羽を広げてゆくのだが、お主らには短期集中型で羽を広げてもらった。今回は尿意を限界まで我慢すると脳が一時的に超高速で働くという科学的結果を使ってみたが……思いのほかうまくいったようじゃの」
 おしっこ我慢にはちゃんと意味があったらしい。
 しかし、それで覚醒……みたいな感じになるとか……なんか……カッコ悪い……
狸天(りてん)よ。お前はメスじゃったかのう?」
 日和に話しかけられた。
「うむ……性など遠に忘れたわい、狐天(こてん)
 初めて聞く名前で呼ばれたが、自然に答えていた。
「お主らは羽を広げた。眠っていた遺伝子を覚醒させ、通常の獣を超えた上位の存在となった。その姿は〝霊獣〟と呼ばれるものじゃ。霊獣化は急激な体の変化に伴い、精神も霊獣にみあったものに分裂することが多い。今話しているのはお主らの体が生んだもう一つの人格じゃ」


 二重人格……話には聞いたことがあったが、本当にあったのか。
 しかし、今の状況からすると二重人格が実際に起こりうることであることがよくわかる。
 僕の意識では体を動かすことができない。
 今話し、体を動かしているのは僕のもう一つの人格――狸天。
「霊獣の人格は魂の遺伝じゃ。お主らは遺伝子という言葉の本当の意味を知っておるか? 遺伝子とは一般的にDNAを指すことが多いが、それだけを意味するものではない。遺伝子とは『子に伝え遺す』もの。DNA以外に、Memeなどがある。その人格はお主らの祖先から脈々と受け継いできた初源の体の記憶じゃ。心臓移植患者が移植した心臓の元の持ち主の人格に似てくる現象がある。あれは体(心臓)が持ち主の記憶を再現しているからじゃ。今のお主らの人格もそう、かつて霊獣だった頃の記憶が再現されておる」


 コクヨウは言った。
 当然のように、僕らはかつて霊獣だったのだと。
 本当にそんな存在が……
 しかし、不来方の面々を思い浮かべると納得できる。
 この世には妖怪と呼ばれる、人にとって摩訶不思議な存在が確かに現界するのだ……

「いよいよ、羽を広げる時が来た。三週間程度なら、まずまずじゃのう。それにしてもその年で気を取り込めるようになったのは幸運じゃのう。通常、ここでは五歳の時に体得する」
 いよいよ、羽を広げる修行の最終段階になった。
 僕らは正座してコクヨウの話を聞く。
「どれ、ワシから見本を見せようかのう」
 コクヨウはそう言うと、大きく息を吸い始めた。
 すると、空中に漂う気塊がすごい勢いで吸い寄せられ、コクヨウの体内に入っていく。
「すごい……」
 これまではこの光景を見てもよくわからなかっただろう。
 しかし、気の取り込み方がいかに難しいかを知った今なら、この光景のすごさがよくわかる。
「ふぅー」
 コクヨウが小さく息を吐いた。
 そして、背中がビキビキと盛り上がり、漆黒の翼が生えてくる。
 皮膚を突き破らんとばかりに膨らんだ皮膚はたちまち、黒色の羽に覆われてゆく。
「はああああああ」



 コクヨウの気合の入った叫び声とともに、羽が巨大化し、大きく開いた。
 コクヨウの体を簡単に包み込めるくらい大きな翼。
「はぁー、ふぅー。まぁ、こんな感じだ」
 コクヨウはそう言うと、バッサバッサと背中から生えた翼を羽ばたかせ、空中を飛んだ。
「おぉー!」
 僕らはただ呆然としながら、コクヨウの飛行を見つめるしかなかった。
「さて、お主らの羽の件じゃが……ワシのような明確な鳥のような翼は生えん。これには数年かかるじゃろうな。お主らの場合は背中の紋様が浮き出るくらいじゃ。しかし、羽紋を広げるだけでも、飛行は可能じゃ。個々の超能力もおいおい、気の使い方がわかってくると開発できるじゃろう」


 コクヨウがそう簡単に説明してから、大きな水入れを持ってきた。
「早速、本題に入ろう。最短でお主らの羽を広げるために脳の活性化を利用する。まずはこの水をお腹いっぱいまで飲むがいい」
 そうして僕らは、お腹がたぷたぷになるまで水を飲んだ。
 何か特殊な水なのだろうか? 味は普通の水だった。
「よし、それでは、できる限りたくさん気を取り入れよ」
 僕らはお腹がたぽたぽであまり動きたくなかったが、空中を漂う気を求めて少し動き回った。
 気を掴めると強くイメージしながら掴み、掴んだ気塊を口に入れる。
 一時間くらい、それを繰り返した。


「!」
 トイレに行きたくなってきた。
「す、すいません。トイレに行っていいですか?」
 僕はコクヨウに聞いた。
「ダメじゃ」
「!!?」
 まさかのダメ。我慢しろということらしい。
「良い感じになってきたの。それでは、背中の羽が生えるイメージを強く浮かべるのじゃ」
 コクヨウの指示が出る。
 僕らは指示通りイメージを強く描いた。


 しかし、最初はまだ我慢できていたものの、だんだん膀胱がヤバくなってくる。
「あのー、トイレ……」
「ダメじゃ」
 彩音が聞いたがコクヨウはノーサイン。
 おそらく、みんな尿意を催している。
 しかし、コクヨウはトイレに行かせてくれない。
「……」
 集中力が失われてゆく。
 その場で座ってもじもじしてしまう。
「や、やだ……漏れちゃう……この歳でとか……」
 愛子が小さく呟いた。
 みんなそれぞれ、シッポが小刻みに動いたりと、我慢が限界に近づいていることを知らせるように体が反応している。


「い、いや、も、もう……」
 ヤバい。我慢しすぎて股間が苦しくなってきた。
「強く! 強くイメージするのじゃ! 背中の羽が生えるイメージを!」
 コクヨウが強く叫ぶ。
 しかし、おしっこを我慢しているのに精一杯でそんなイメージを浮かべられない。
「いやぁ……もう無理ぃ……で、出ちゃうううぅぅぅぅぅ――
 日和が恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら叫んだ。
 しかし、その時、日和の体が蒸気が昇り始め、背中が青白く光り始めた。

「はむっ……んんー」
 口にした気塊が体中に染み入るように感じた。
 体中がポカポカする。
 例えるなら、軽く走った後のような温かさだ。
「うむ。みんな、気の取り入れができるようになってきたのう」
 コクヨウが言うなら間違いない。
 あれからさらに一週間。僕らは毎日、修行に明け暮れた。
 自分の体をこの世界から幽世に干渉させて、そこから気を掴むという感覚は、ほぼ妄想に近い。
 大切なのはイメージだ。


 幽かな存在である気を掴める、掴んでやると自信を持ってやらないとダメだった。
 鍛えるべきは自らの心。掴めるというイメージのチカラ。
 コツを押してくれたのはカッパの女の子だった。
 彼女曰く、気を任意に取り込めるようになると、今まで体の中で眠っていた力も使えるようになるかもしれないとのことだった。
 例えば、気を取り込んで体外に放出すれば、漫画などであるか○はめ波や波○拳のような技が使えるようになる。
 彼女がそうして得た能力は、重力の軽減だという。
 日和曰く、物体を空中に浮かすことのできる知り合いは既に尾天にいるらしい。


 僕らは気を食べる仕草で取り込むことを覚えた。
 しかし、残念ながら、いくら気を食べてもお腹がいっぱいになることはない。
 だが、緊急時においては、気を多く取り込むことで、常時パワーを発揮することはできるのだ。
「よかろう、‌第二段階も合格じゃ。それでは、明日からは最終段階、羽の開き方について教えよう。今日は休むが良い」
 コクヨウの合格がもらえて、僕らは喜びに満ちた。


 あれから霊界欠書の件はミトオシサマに聞いてみた。
 しかし、ミトオシサマもこの本の存在は知らなかったという。
 日和の持つ能力と同じ能力者の存在も知らないという。
 いつからあの図書館にあるのかも不明。
 図書館自体は千年以上も前からあるが、何度か改装工事を行っているという。
 しかし、あの本は捨てられなかった。
 鬼文字が視えない人にとっては、ただの真っ白な本なのに。
 僕らが昼食を終えると、玄関からバタバタと元気の良い声がした。


「ひよりー! タッチ持ってきた!」
 ハーピーの音菜とカッパの勘太郎が遊びに来たのだ。
 最初は舐められていたものの、今ではすっかり遊び相手になっている。
「お、貸して貸して。それじゃあ、面白いものを教えてあげよう」
 日和は音菜からタッチPCを借りた。そして、インターネットに接続。
 ここは地下なのに、何故かインターネットも電話も普通に使えるのだ。
 地上の電波をゴニョゴニョしてここでも使えるようにしているらしい。
「これ知ってる?」
「なにこれー?」
「あ! 腐神だ!」
「当たり! ┌(┌^o^)┐! 地上ではこれをホモォって読んでいるんだ」
「ホモォ!」
「ホモォ!」
「おいおい日和、子供に変なこと吹き込むなって」
 見ていたハルが呆れた顔でツッコミを入れる。


「へへへ。将来の仲間を作るには子供からの教育が大切だって、光源氏が言ってた」
 光源氏は子供の女の子を買取り、自分好みの女性になるように育て上げるという歴史上の人物だ。
「あっ……また揉めてる……」
 日和がタッチPCを操作しながらそんなことを言った。
「何が?」
「例の掲示板。あそこ、荒れやすいのよねー。根強いクレクレさんがいるから」
 電子掲示板の話だった。
「はぁ~これでまたホモネタが不足する……絵師は神様と同じなんだよー、気まぐれでしか描いてくれないんだから。煽っちゃうと引きこもっちゃう」
「……」
 掲示板を見ていない僕にはわからないが、度々日和に聞かされてきたので、どういう状況かは何となく察しがつく。
 日和はぐだったが、気を取り直して、自分の好きなサイト巡りをしているようだった。


「あ! そうだ、ねえねえ、なんで┌(┌^o^)┐のいる先の洞窟に入っては行けないか知ってる?」
 日和が子供達に聞いた。すると、違うところから答えが返って来た。
「あの洞窟の先には地下世界の理想郷『シャンバラ』があると伝えられておる。しかし、あの洞窟に入った者は二度と不来方へ帰ってこぬ。向こうの世界の居心地がいいのか、命を落としたのかは知らぬが……誰がシャンバラがあるという迷信を言いだしたのかは知らぬが、あの洞窟に入るならば、二度と地上に出られない覚悟を決めねばならぬぞ」
 ミトオシサマだった。
「シャンバラ……」
 地下世界の楽園と言われるその場所。
 ユートピアに次ぐ花園。
 ミトオシサマに忠告を受けてなお、あの場所に入ろうとは思わなかった。
 不来方の住人でさえ、ほとんど近付かないという鳥居の向こうにある洞窟。


「さて、お主ら、気の取り込み方を覚えたようじゃのう。おめでとう。いよいよ最終段階じゃのう。『百鬼夜行

』に間に合えば、お主らも参加してみるといい」
「百鬼夜行?」
「なに、不来方の者が地上に出て、人間達を驚かすお祭りじゃ」
 ミトオシサマはニヤリと笑った。
 ミトオシサマも結構お茶目なところがある。
「なにそれ、面白そう……」
 僕らは地上から来たので人間側なのだが、今回は妖怪側として参加できるかもしれないという話だった。
「明日からもがんばる!」
 面白そうなイベントがわかり、僕らは俄然、やる気になった。