狼少女捕獲作戦決行の詳細な内容が決定したらしい。
 決行は六月初め。
 天気予報では晴れの見込み。
 万が一の事に備えて、尾天山周辺はオトナの権力で入れないようにするという。
 果たして、孤高の赤毛の狼少女は捕獲できるのか?
 僕らの役割は、狼少女の発見。
 以後は捕獲隊に任せる手はずになっている。
 尚、捜索時、僕らは獣化は可能。
 その手の話は捕獲隊にもその事実が既に伝わっているらしいので問題ないとのこと。


 そんな一大イベントを控えた僕らは、尾天山のとある別荘にいた。
 五月下旬。
 日差しが熱くなり始めた初夏。
 日和の仲間が動物に変身できるメンバーを招集して、BBQでも開こうとの提案があったらしい。
 お呼ばれした僕らはもちろん参加。
 日和の見付けた仲間108人が全員集合とのこともあって、いろんな意味でドキドキするのだった。
「さあ、若手は働くよー! 焼くよー、ドンドン食べ物持ってきてー!!」
 特にさしあたった自己紹介もなく、とりあえず人が集まり、飲んで食うという休日イベント。
 獣化体質の子が子供の場合もあり、家族連れも含めて、人数は2.5倍近く膨れ上がって誰が誰かわからない状態だった。
 しかし、獣化体質の子は一目でわかるよう名前と職業と変身する動物が書かれたネームプレートを首から下げることになっていた。


「はいはい、焦らないでねー。肉はしっかり火を通すから」
「ご飯三人前? ご飯三杯おねがーい」
「はいはーい」
「ジュースは何がいい? オレンジ? アップル? オレンジ? オッケー」
「あらー、カモシカに変身なさるんですか? 急に手が蹄に変わると焦りますよね、わかります」
「はい、カルビ焼けたよー」
「エビ入れよ、エビ! AB!」
「うめぇ! さすがお金持ち! いいもの食ってる」
「トイレは別荘の中ねー」
「おかーちゃん、これ食べよう?」
「この滴る野獣の死肉が我の力を目覚めさせん」
「あそこに変なお兄ちゃんがいるー」


 何というか、ごった返していた。
 それにしてもみんなおしゃべりだ。
 BBQを取りに来る人のネームプレートを見て、誰がどんな動物に変身するのか覚えようと試みるが、無理だ。
 幼稚園児から老人まで、老若男女様々な人たちがいた。
 それぞれ、何気ない話から、獣化の苦労話まで話題は様々。
 しかし、その中で印象深い人も何人かいた。
 取り分け、の少女との少年だった。
 以前、日和に全員の変身する動物を聞かされたことがあるが、鵺と龍以外はすべて哺乳類だった。
 だから、不来方で鳥類やカッパなどそれ以外にも変身する人がたくさんいたのは本当に驚いた。
 BBQを取りに来る人達を観察しつつ、僕らやおよろずのメンバーは焼き係りに精を出した。

 僕は大学二年生になった。
 再び、授業に出席しないといけない慌ただしい日々が始まる。
 桜の花は散りゆき、季節は葉桜の時期になっていた。
 東日本大震災のインパクトは大きく、未だ不穏な空気に包まれている。
 そんな中、ネット上では奇妙な噂が持ち上がっていた。
 内容を要約してまとめると、だいたい以下のようになる。



・津波が町を呑み込む様々な映像に、未確認飛行物体が多数確認。
・濃霧の夜、東北で歌って踊る妖怪が出現。
・行方不明扱いになっていた人が帰還。
・衣類だけを残して忽然と中身が消失。
・人の言葉を話す動物が全国に出現。
・海岸沿いで浮遊霊が徘徊。



 などなど。他にも細かいものを拾えばたくさん出てくるだろう。
 どれが信頼に足るものなのかは不明。
 しかし、ネット情報を見ていて、やっちまったと思った事がある。
『濃霧の夜、東北で歌って踊る妖怪が出現』は間違いなく、僕らが参加した百鬼夜行のことだろう。
 まさか、日本……特に東北がこんなにダメージを受けているとは梅雨とも知らず、罪悪感を感じた。
 しかし、不来方はダメージをほとんど受けていなかった。
 彼らはあのまま生活を続けてゆくのだろう。

 大学では再び授業の毎日。
 講義室で日和と会うこともあるが、部室以外ではあまり接触していない。
 僕らは普通の人には言えない秘密を多く共有している。
 あまり接触があるイメージを付けたくない。


 狼少女の大規模捕獲作戦まであと二週間。
 僕は平穏な日常を過ごしていた。
 そして今日も、僕は部室に向かう。
 ノブを回すと開いていた。
 既に誰かがいるようだ。
「こんにちわー」
 僕が挨拶をして部室に入ると、中には一人の少年がいた。
 僕は少なからず驚いた。
 この部室にはやおよろずのメンバー、もしくは動物に変身できる人以外は入れてはいけないことになっている。
 この少年は初めて見る。
「あ、姉貴がお世話になっています」
「あ、どうも……」
 少年は僕を見るなり、挨拶してきた。
 姉ということはやおよろずのメンバーの誰かの弟だろうか?


 少年の顔を見るが、誰の弟かはイマイチわからなかった。
「ただいまー……あ、アキ」
 僕が想像を巡らせていると、日和が入ってきた。
「姉貴。鍵」
「はいはい。ちょっと待って」
「……」
 僕を透かして二人のやり取りを見ると、日和の弟なのだろうか?
「弟?」
 僕は聞いてみた。
「うん。そうそう。尾天高校一年生。あたし、今日帰るの遅くなりそうだから、昼休みに鍵を取りに来てもらったんだ」
 日和に弟がいることは初めて知った。
「はい、鍵」
「それじゃあ、俺は高校に戻るよ。昼休み、時間が少ないし」
「はいはい。それじゃあ、よろしく」
「失礼しました」
 日和の弟は最後に僕に向かってそう言い、部室を立ち去った。


「律儀だね」
「うーん……まぁ、社交性はあるかな、あたしに似て」
「弟さんは変身できるんだっけ?」
「んーん。無理。あたしだけ」
 やっぱり姉弟でも背中の羽の痣があるのは日和だけとのことだった。
 不思議なものだ。
 その後、僕は日和と弟の話に耳を傾けることになった。

「くすん」
 昨日、三度目の狼少女の捕獲に失敗し、やおよろずのメンバーは部室で反省会を行うことにした。
「あーん、もう! 悔しい悔しい悔しい悔しいいいいいいいいー!
 全員最適な姿になり、小さなか体の日和はシッポや耳を振りまくって暴れている。
「霊獣になっても敵わないなんて、さすがに想定外だね」
 対戦に直接的には参加していないユイが言った。
 僕らが山犬に追われて逃げ帰って来た時、ユイはかなり驚いた顔をしていた。
 山犬には一定のテリトリーがあるらしく、下山すると、それ以上は追ってこない。
「ああああああああーん、もう!!!」
 手足もバタバタ暴れる日和をオオカミ男と化した徹夫が膝枕して、頭を撫でてなだめていた。


「うーん、どうしたらいいんだろう。あたしらは霊獣化して寿命が延びた?からいいとして。

 問題は鬼によって動物に変えられた人達を元に戻すための薬の開発……」
 彩音がいつになく真剣な表情で言った。
「狼少女の声には不思議な力がある……あの声は聞こえなくても、口から放たれたと同時に、僕ら動物に変身できる人達を動物の姿にまで変えてしまう」
 実は、あの時の対戦メンバーには、耳栓をしている面子もいたのだ。
 しかし、結果はご覧のありさま。
 耳栓も意味がななかった。
 つまり、相手に音の認識があろうとなかろうと関係ないのだ。


「あれも一種の超能力かな?」
 僕は独り言を言った。
 あれだけ特殊な獣なのだ。
 超能力を秘めていてもおかしくはない。
 ただ、そうなると、ヒト型を保てない僕らに狼少女を捕獲することはかなり困難なように思えた。
「みんな、獣化しちゃうもんね。うーん……」
 ハヤセが考える仕草をするが、恐らく、良い案は出ないだろう。


うわああああああああー! あー! あー……はふぅー……ちょっとスッキリした」
 日和が暴れ終わった。
「できれば、あたし達で捕獲したかったんだけどね……諸雨教授に恩を着せられるって意味でも……」
 日和がそう小さな声で言った。
「最近、ちょっと不信な事があるのよね。あの研究所。まさかとは思うけど」
 日和が怪訝そうな声で言う。
「不信な事?」
 僕は気になって日和に聞き返した。


「動物に変身させられた人……自殺って言われたけれど……どうも変なのよね……」
 日和はそう言いつつも自信がないようだった。
「どういうこと?」
「うーん……なんだろ。同じ種で被った人がいなくなっているような気がするんだよね……」
「同じ種?」
「そう。あたしの勘違いかもしれないけれど……」
 それは、つまり……


「あ、そうそう。狼少女の捕獲の件……もう、あたし達の出る幕はなさそう」
 日和が思い出したように言った。
「どういう事?」
 僕は再び、日和に聞いた。
「前に毛を回収したでしょ。あの後、いろいろ調べていたみたいで。面白い結果が出てみたいで、教授が狼少女に興味持っちゃって……今、捕獲要員を集めているって」
「そっかぁ……でもそれならいいんじゃない? 僕らの手間も省けたし、結局、捕獲しても向こうに引き渡すことになってたし」
「うん。まあ、そうなんだけどねー」
 しかし、日和は浮かない表情だった。


「結構、大規模にやるみたい。梅雨入り前には人員が集まる見通しらしいよ。あたしらも参加してもオッケーだって」
 狼少女の捕獲。
 僕ら、獣化できる人間で太刀打ちできない自然の異形を、ただの人々が捕獲することができるものだろうか?
 僕はふとそう思った。
 結局、僕らと狼少女の奇妙な宿縁は微妙な関係のままで幕を閉じるようだった。


「行くよ!」
 速攻で決める!
 素早く野を駆ける事ができる動物に変身できる僕、日和、ハル、彩音、徹夫で最適な姿に変身しながら、一気に狼少女に迫る。
 ちなみにユイは山の麓で着替えの服を用意してお留守番。
 狼少女も今回は一気に肩を付ける気か、大きな鳴き声と共に、山犬を配置。
 山犬は雪崩のように僕らの方に向かってくる。
 いつもなら、ここで逃げていたのだが……
 山犬の群れは想定内。
 羽を広げて一気に飛ぶ。


「狸天、飛ぶよ!」
 僕は周囲にある気塊を一気に吸い、体内に蓄積。
 それを背中の羽の痣に送り込み、羽を大きく広げる。
 体の巨大化も合わせて、空中に躍り出る。
 僕らは皆、一気に霊獣化した。
「ふん、アレが例の狼のガキか。孤高を気取っているつもりか? 生意気な小娘め」
 狐天が空から狼少女を見て、コメント。
 相変わらず、日和の好戦的な部分が前面に出たような性格だった。
 狼少女も僕らのこの変化は予想外だったのか、唖然とした表情で僕らを見つめている。
 山犬も空までは届かない。
 負け犬の遠吠えのようにキャンキャン群がって空に吠えている。
「標準を合わせろ! 一気に行くぜ!」


 狼少女を囲むように、空で配置。
 僕らは口に麻酔銃を咥えて、空から狼少女に向かって降下した。
 麻酔銃はかなり形状を改良し、口で咥えて発射できるようになっていた。
 狼少女に向かって降下する最中、狼少女は近くにあった岩に昇り、人化した。
「!?」
 以前よりも成長していた。
 人に近付いたその体は、高校生くらいだろうか……
 そして、どこで覚えたのか、不敵に笑う。
 桜吹雪に、真っ赤な赤髪がよく映えた。


 狼少女は体を反るほど大きく、息を吸い込む。
 違う。アレはただ息を吸っているのではない。
 気を取り入れているのだ!
 僕らの数倍近い気を一瞬で体内に取り入れている。
「クルルルルルルゥ――――」
「えっ……!?」
 そして、放たれる魔鳴。
 僕らは過信し過ぎていた。
 霊獣化すれば何でもできる。そんな気になっていた。
 しかし、現実は厳しい。
 この山でも、自然下で生き延びている野生動物の方が遥かに上手だった。


 狼少女の不思議な鳴き声が聞こえた瞬間、僕らの体が小さくなり始めた。
「うそ!」
 僕らは皆、咥えていた麻酔銃を狼少女に放つ前に地面に落とし、僕らは霊獣からイキナリ普通の獣姿に変えられ、落ちていく。
「うわああああああああああ!」
 幸いにも、ふかふかの落ち葉の上に全員落ち、傷はそんなになかったが……
「グルルルルルルルル……」
「に、逃げろー!」
 後はいつもと同じだった。
 大量の山犬に追われ、僕らは白旗を振って退散する。
「なななななんんんんでででででぇぇぇぇぇぇ-???」
 獣姿の僕らはほぼ無力。
 山犬に食べられないように、半泣きになりながら僕らは二度あった敗退を三度目も経験することになった。

ふっと、思い立って、作ってみたので、読まれている方は、よろしければアンケートのご協力よろしくお願い致します。




http://enq-maker.com/3DkKNGP




※ 「職業について」の項目に社会人を作るのを忘れていたので(アンケート変更すると消えてしまうので) その他に入れてください。




※ できるだけ有効な投票を知りたいので、投票されるのでしたら無回答はお控えください。




※ 当然ながら一人一回でお願いします。

 2011年4月。
 僕は大学二年生になった。
 桜の花も咲き始めた初々しい季節。
 しかし、日本は暗雲が立ち込めていた。
 三月に発生した東日本大震災、それに関連する様々な二次災害が今でもまだ続いている。
 不来方で体験したあの大きな揺れはまさにそれだった。
 しかし、不来方の人々は対して慌てた様子もなかったので、僕も問題ものとして考えていた。
 それは大きな間違いであったことに気付かされたのは、不来方から自宅に戻った直後だった。
 部屋の中の棚は倒れ、割れ物があちこちに欠けていた。
 幸いにもテレビやパソコンは無事だったので、それらで情報収集し、信じられない事態を約一ヶ月遅く知ったのだ。

 震源地に近い場所に滞在していただけに、とても他人事には思えず、募金活動などにも参加したが、なんだかふわふわした感じだった。
 それから数日後、大学が始まり、履修登録の時期になった。
 僕らには体の負担をかけない最適な姿がある。
 しかし、一般社会の中でその姿を取る事は到底できない。
 この世界はヒトにまみれている。
 よって、最適な姿になる時は、外にでる用事がない自分の家の中か、部室に限られた。
 やおよろずのメンバーは以前と変わらず、部室をちょこちょこ利用している。
 世間が変わっても、メンバーとの生活は変わらなかった。
 いや、少しだけ変わった事はある。
 それは修行だ。
 僕らは大学にいる間、空き時間ができると、積極的に山を登り、超能力開発を試みた。
 しかし、うまくいっているのかどうかは全く実感が得られないまま半月が過ぎた。

 日和は時々、僕を誘って、大学の秘密施設に行き、鬼によって動物に変えられた人々の様子を見に行った。
 しかし、不来方から戻ってすぐ、とても残念な事を、施設の従業員から聞かされた。
 檻に入れられていた何人かは、自分の状況に耐えきれなく、自殺したらしい。
 残酷な運命だった。
 人として生まれ、これまで人として生きてきたのに、突然動物に変えられ、もう人間として扱われない。
 心は人間、体は動物。
 初めは慣れようと試みたかもしれないが、次第に耐えられなくなったのだろう……
 日和は悔し泣きしていた。
 彼ら動物に強制変身させられた人々を人間に戻す薬はまだ完成していない。
 研究は滞っているという。
 そして、研究を円滑に進めるためには、『人獣』の生け捕りが鍵なのだという。
 つまり、尾天にいる赤毛の狼少女をどうしても捕える必要があるのだった。


 
 桜吹雪が鮮やかに舞う春の尾天山。
 僕らは三度、狼少女に対戦を挑んでいた。
 相手も慣れてきたのか、僕らを見かけると一定の距離を保ってこちらを観察している。
 餞別のフランクフルトは一本くれてやった。
 これより、狼少女の捕獲作戦を実施する。
 これまでの二回の敗退と今回は決定的に違うものがある。
 それは僕らが霊獣化を身に付けたことだ。
「今度こそ……三度目の正直――」
 僕らは狼少女の生け捕りに乗り出した。

「わぁー! ソリだ!」
 外に出ると、大きなソリが用意されていた。
 まるでサンタクロースが乗っているあのソリの巨大化版だ。
 しかし、この巨大なソリを動かすのは、音菜の鳥に変身する一族の方々だ。
「何とか、お役に立てそうですね!」
 音菜母が張り切っていた。
「日和姉ちゃん、がんばる!」
 音菜が小さな羽を羽ばたかせてアピールした。
「オレも見送るぜ!」
 勘太郎がひょこっと現れた。
「うちも!」
 その後ろには水萌がいた。
 みんなで送ってくれるらしい。

「わぁー! みんなありがとう!」
 やおよろずのメンバーはそれぞれ里の人達を話し、別れを告げた。
 しかし、コクヨウの姿はなかった。
「それではな! また縁が巡り合えば来世で会おう! お主達がこの試練を乗り越えられることを祈るぞ!」
 ミトオシサマが背中に生やした羽を大きく振るった。
「ありがとうございます! 本当にお世話になりましたー!」
 見送りに参加しない里の人々とはここでお別れだ。
「それじゃあ、行きますよー!」
 音菜の母が指揮を執り、運んでくれるみんなが綱を持ち、大きく羽を羽ばたかせ始めた。
 音菜もがんばっている。羽は背中に生やすこともできるようだった。
 大きなソリが空中に浮いていく。
 ソリが地下の地上から離れてゆく。
 様々な声が聞こえる。
 おそらく、二度と経験することのない不思議で妖艶な場所だった。

「さぁー、一気に飛ぶよ!」
 ソリがどんどん高度を上げていく。こんなに高いのに、ここは地下世界なのだ。
 おおよそ一ヶ月。日和の勘による東北への旅は、思わぬ形で実を結んだ。
 こんな事態になるとは予想さえしなかったが、刺激的な毎日だった。
「あ! ┌(┌^o^)┐だ!」
 日和が下を指差した。
 幾重にも建てられた鳥居の向こう、┌(┌^o^)┐が守る洞窟。
 最初に訪れたきり、あの場所には行かなかった。
 結局、あの先に何があるのかはわからなかった。
 おそらく、日常に帰ると、いずれ忘れてしまうだろう。
 日が傾き、茜色に染まる不来方の里。
 ここには昔ながらの日本が今も息づいていた。
「このまま帰るってなると……またあの河童神社かな?」
 日和が帰りを予期して言った。
「いいえ。皆さんは尾天出身と聞いております。間もなく日が暮れ、夜になります。闇夜に紛れ、私どもが尾天へお届けいたします」
 日和の呟きに音菜母が答えた。
「い、いいのかな」
「はい♪」
 僕が呟くと、音菜母がすぐに答えた。

 不来方の里がどんどん小さくなっていく。
 こうして空中から見下ろすと、地下世界と言えど、かなり広大であることがよくわかる。
 そして、植物が生えているのが意外だった。
「それではゲートに入ります! ソリにしっかり掴まっていて下さい!」
 僕はその声に反応して、咄嗟にソリの端を掴んだ。
 ゲートは空にぽっかり空いていた。
 僕らはここから落ちてきたのか?
 狭く暗いゲート内。
 よく見えないが、どこにもぶつかりもせず、ソリは上昇する。
 そして――
 地上に出た。

「!」
 地上に出ると空には月と星々が輝いていた。
 そして、ライトアップされた黄金のシャチホコ。
「あれ……金のシャチホコ?」
 たぶん、間違いない。あれは名古屋城の金のシャチホコだ。
 僕らは名古屋城の茂みから出てきたらしい。こんなところに入り口があったのか!
「ラッキー! 行きは観光できなかったもんね! 見たかったんだー、金のシャチホコ!」
 日和は嬉しそうだった。そういえば、行きはThe山のおかげであまり動けなかったのを思い出した。
 僕らは金のシャチホコの周りをぐるりと回り、尾天方面に向かった。
 人工的な明かり。
 しかし、これもまた空から見ると綺麗だった。

「人気がないところで……山の麓ですが、よろしいですか?」
「はい。助かります!」
 ソリは徐々に高度を下げ、木々の中にある広い場所に降り立った。
「お疲れ様です。到着しました」
「おー、まさか一気に帰ってこられるとは!」
 みんなで無事帰還を喜ぶ。
「それでは私達はすぐに帰らなければならないので……ご恩はまだまだ返し尽くせていないように思いますが……」
「え! いやいや、ここまで運んでもらっただけでも十分です!」
「そうですか? 私はもう直接ご恩を返すことはできませんが……また来世で……」
「来世……ですか……それじゃあ、子孫に困ったことがあったら、何か力になってあげてください」
「わかりました! それではそろそろ……」
 音菜母はものすごく情が厚かった。

「それじゃあね、日和姉ちゃん、みんな……」
 音菜が泣きそうな顔をした。
「音菜も元気でね」
「それじゃな! 楽しかったぜ!」
「勘太郎も元気でね! あたしも楽しかったよ」
「みんな、いろんな話をありがとう。お元気で……」
「水萌は強いけど、かわいい女の子になるよ、絶対! 元気で!」
 やおよろずのメンバーは不来方の人々と最後の別れをする。
 おそらく、あのゲートが閉じたら、もう二度と会うことはないのだろう……
「本当に、本当にお世話になりました!」
「お世話になりました!」
 僕らは全員、ぺこりと頭を下げた。
 不来方の人々は照れ臭そうにしていたが、嬉しそうでもあった。
 そして、僕らを運んできたソリと共に、空高く舞い上がり、闇夜の中に溶けて行く……
「……」
 僕らはしばし、夜空を見つめていた。
 木々の蕾が膨らんでいる。
 もうすぐ、春が訪れようとしていた。

 


 僕らが約一ヵ月間、不来方にいる間、地上では様々な大変な出来事が起こっていた。
 それを知るのは間もなくの事だった……
「――ハッ!」
 目を開くと、見慣れた光景に戻っていた。
「どうじゃ? 時間旅行は楽しめたかのう? いや、正確にはこの世界の未来ではなく、限りなくこの世界に近い隣り合った世界の未来じゃが」
「? どういう意味ですか?」
 僕は気になって聞いた。
「予言、予知の多くが何故外れるか、お主は考えたことがあるかえ?」
「それは……よくわかりません」

「それは平行世界の出来事をこの世界の未来と勘違いしているからじゃ。未来視とは、この世界と類似した世界から導き出した類似したこの世界のこれから起こるであろう推測。しかし、いくら類似しているといっても別世界は別世界。この世界とは異なる。平行世界の未来に起こる出来事じゃから、この世界ではそれが起きないことも多い。よく勘違いされるが、この世界の過去や未来を正確に視る者はおそらくいないじゃろう。同一世界の時間には誰も干渉できない。それは絶対のルールじゃ」
「それじゃあ、来年滅びるっていうのもパラレルワールドの出来事ですか?」
「そうじゃな。もしかしたら外れるかもしれぬ。しかし、ワシはこれは生じることは確信している。わかるのじゃ。他のどの世界でもこのシナリオは用意されていた」
「そんな……」

 滅びのイベント。まるで何かのゲームのような……
「滅びは何者か……セイガイ……この世界の創造主が予め用意したイベントやもしれぬ。抗いたくば、その手段を見付けることじゃ」
「……」
 方法は教えてくれない。いや、おそらくミトオシサマも知らないのだ。
「名残惜しいが、お主達の別れの時間も近付いてきている。お主は未来(類似世界)で何を視た?」
「僕は……」
 類似世界なら……あの子供達は僕達がこれから選ぶであろう未来の一つの姿かもしれない。
「僕は……たぶん……子孫を視ました」
「ほぉ、それは興味深いのう」
 みんなでそれぞれが体験した臨界体験を話す。

 日和が視たのは、人がいなくなり町が緑で覆われた世界。

 シズが視たのは、何もなくなった荒野。

 ユイが視たのは、異形達がはびこる世界。

 徹夫が視たのは、人同士が殺し合う世界。

 ツバキが視たのは、恐竜人類が生きる世界。

 ハヤセが視たのは、今と変わらぬ日常の世界。

 愛子が視たのは、バーコード付けた動物達がひしめく世界。

 彩音が視たのは、巨大コンピューターに支配されている世界。

 ハルが視たのは、星々の瞬く深夜に異形が喰らい合っている場面。

 みんな違っていた。
 とてもこの星の未来とは思えぬ光景。
「覚えておいてほしい。予言は所詮当たるも八卦、当たらぬも八卦じゃ。類似世界と同じ出来事がこの世界で起こることもある。しかし、起こらぬこともある。ワシらはただこれから起こるであろう現象を予測し、それが生じた場合にすぐに行動できるよう準備しておくこと。それが大事なのじゃ」
 ミトオシサマはさらに付け加える。
「それと、魔法はいつか科学になる。例えば、霊獣化は今はまだワシらしか知らぬ技術じゃが、将来は人類が皆、霊獣化できるようになるやもしれぬ」
「……」
 ミトオシサマの言葉は深かった。

「さて、お主達に伝えたいことは大方語ったかのう。本来はお主達自身で霊獣化して外に出てもらいところじゃったが、里の者を助けてもらった恩もある。またお主らの来訪は里の者達にとっても良い刺激になったはずじゃ。お主達が地上に帰るのに、里の者の力を借りることにした。外に出るがいい」
 僕らはミトオシサマに案内されて、外に出た。
「――っ」
 突然、視界が広がった。
 頭痛を堪えて周りを見渡すと、緑がたくさんある。
 どうやら山のようだった。見覚えはない。
 ポカポカした良い陽気。寝転んだら気持ちよさそうだった。
「ここは……」
 僕は本当に未来に意識を飛ばされたのだろうか?
 ここは一体、どのくらいの未来なのだろうか?
 僕は歩く。いや、歩くと言うより浮遊していると言った方が近いかもしれない。
 周りをキョロキョロしながら歩いていくと、子供の笑い声が聞こえてきた。

「きゃははは! はい、クローバーの花輪」
「うー、いらないよー」
 僕は興味を引かれ、子供達の声がした方に向かった。
 子供達は草を使っていろんなものを作って遊んでいるようだった。
 子供は二人。一人は髪が黒く、もう一人は髪が白かった。
 僕はふと白髪の子に日和を連想させられた。
「何をしているの?」
 僕は二人に話しかけた。
 すると、二人がきょとんとする。
 もしかしたら視えていないのかもしれない。

「おじさん、だれー?」
「お、おじさん……」
 白髪の子が僕にそう尋ねた。
 おじさんと言われた僕は少しショックを受けたが、子供だから仕方がないと思い直した。
 子供達は幼稚園に通っているかいないかの容姿だった。
「僕は狸居アキ。君達はここで何をしているの?」
「めえ? めえはここでおままごとしているのー!」
 めえ? この子の名前なのだろうか?
「おじさん、こたろーとおんなじだね」
「同じ?」
「なまえ! えっとね、めえはこづかめえっていうの。そんでね、こっちはたぬいこたろー」
「!」
 こづかめえ、たぬいこたろー……狐塚……狸居……!?

 まさか。
 目の前にいるのは自分達の子供なのだろうか?
 しかし、苗字が分かれているとなると、僕と日和は結ばれていないことになる。
「き、君達はもしかして――」
 僕は子供達に触れようと手を伸ばす。
 しかし、その時、ひどい眠気に襲われる。
 視界が薄れる。
 世界が閉じてゆく……
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「い、いえ……そんな感謝されても困ります。実際に鬼から助けたのはあたしじゃないし……」
「いえいえ、うちの子から狐塚さん達のことをいろいろ聞かせてもらいました。このご恩は来世まで代々伝えます。いつでも力になります故……」
「そ、そんな、大袈裟な、たはは」
 鬼の襲撃、撃退の後、百鬼夜行の最終組と合流し、僕らは再び不来方に戻った。
 そして、春休みの終りも近くなり、今日で不来方を去ろうとした矢先、音菜の母親が宿舎に押しかけてきた。
 音菜は百鬼夜行での出来事を日和が助けてくれたと母親に説明したみたいで、日和が必要以上に感謝されて困っていた。

「いやいや、お主達は我が里の恩人じゃ。ワシからも礼を言おう」
「ミトオシサマまで……」
「感謝の印に、お主達にワシのもう一つの能力を見せてしんぜよう。旅立ちの準備が整ったら、全員で修行場に来なさい」
「もう一つの能力……?」
 ミトオシサマはそう言うと、早速、修行場に向かって行った。
 僕らは何をするのだろうと首を傾げながら、宿舎で荷物をまとめた。



「お主達。もう一度礼を言う。我が里の民を助けてくれてありがとう」
 ミトオシサマが大きな体で礼をした。
「い、いや、それがその……」
 日和は良心が許さないのか、ミトオシサマに改めて、事の顛末を伝えた。
「なるほど。そういうことじゃったか。アマテラスの一族はまだこの辺をうろうろしていたのかえー」
 日和が説明を終えると、ミトオシサマがそんな事を呟いた。
「アマテラスの一族?」
 日和が僕らを代表する形でミトオシサマに聞いた。

「この国をつくったとされる神の名じゃ。月島、星谷、日向など天を示す名を持ついくつかの家系はその子孫にあたり、特殊な力を持つと言われておる。お主達が話すその若者は恐らく、数年前にここに来た者じゃ」
「えっ? ここに来たんですか?」
「ああ、通常は間違って迷い込んでくるものなのじゃが、その若者たちはここを突き止め、意図的にここに入ってきた。そして、ワシを見付けるなり、こう言ったのじゃ。「ばあさん、未来が視えるって本当か? この星の未来について教えてほしい」と」
「……」
 何だか大きな話になってきた。

「その頃、ワシはちょうどこの星の動物が滅びるのを先視した頃じゃて。それを若者達に告げた。解決策も求められたが、ワシはそれには答えられなかった。そして、三日ぐらいここに滞在すると、颯爽と地上に戻っていったわい。不思議な若者じゃった。あやつらは本当にこの星の運命を変える気なのか?」
「……」
「まぁよい、すべてはなるがまま。滅ぶとも滅ばぬとも。ワシらもあるがままの運命を受け入れよう」
「……」
「話が逸れたのう。少し話を戻すが、お主達に伝えておかなければならないことがある」
 ミトオシサマは改まって僕らの方を向いた。

「音菜を襲った二本角を持つ輩は『霊』じゃ」
「霊……あたしはアレに角があるから鬼と呼んでいますが」
「ふむ。鬼か。なかなかセンスのある呼び名じゃのう。それではワシも鬼と呼ぶことにしようかのう。鬼は地上にしか存在せぬ。ここ、不来方は名の由来通り
、鬼は存在しない。しかし、ここの者は鬼が視える。地上の者は視えぬ者が多いじゃろう」
「そうですね。あれは一体何者なんですか?」
「あれは……ワシらとはまた違う構造で創られた生命じゃ。霊的生命とでも言おうか」
「生命……」
「しかし、あれらは地上の生物をコピーしたり、作り変えたり、乗っ取ったりする。寄生を主とするやっかいな輩じゃ」
 それは知っている。尾天祭でその悲劇を目の当たりにした。

「角の本数って何か意味があるのですか?」
「ワシもあれについての知識はほとんど持っておらぬ……すまない。あれを見かけたらまず逃げなければならない」
「そうですか……」
「鬼は地上で増えていることはないか?」
「えっ。そういえば、確かに見かける頻度が増えたような……」
「あれは滅びに強く関係しておる」
「!」
 鬼が来年の滅びに関係している? それは初耳だった。
「鬼はこのまま増え続け、やがて地上のほとんどを覆うようになる。それが滅びじゃ」
 それがミトオシサマが先視した未来。初めて具体的な事が明らかになった。

「なんでそれをもっと早く!」
 日和がミトオシサマにまくしたてた。
「知ったところで変わらぬ。お主はあれを壊せるのか?」
「そ、それは……」
 僕らの力では鬼は倒せない。しかし、僕と日和は見た。鬼を切り刻むことができるアマテラスの一族を。
「そうだ! アマテラスの人達! さっき言いましたよね。あの人たちがあたし達を救ったって」
「……なるほど。あの若者達じゃと確かに、それは可能かもしれぬ。しかし、彼等の能力を持つ者はおそらく極一部じゃ。増え続ける鬼に対抗できるじゃろうか?」
「……」
 日和はミトオシサマの問いかけに言い返せなかった。

「すまぬのう。年寄りは若者に厳しくなる。しかし、現実を受け入れることは重要じゃ。まずは『気付き』、そして『意識』しなさい」
「地下が安全だったら、ここに人を……」
「残念じゃが、それはできぬ。元々、ここができた由来は話したじゃろう。ここにまた地上の人を入れると争いが起こるはずじゃ。実はな、お主達がここを出た後、地上との門をしばらく閉じようと考えておるのじゃ」
「……」
 解決策は自分たちで考えろという事か。
「あ、そういえばこれ……お返しします」
 沈み気味の日和がミトオシサマに差しだしたのは、霊界欠書だった。
「必要ない。お主達が持っておくといい。我らにはそれの文字が視えないので意味がない」
「……わかりました」
「もしかしたらそれに何かしらの滅びに抗う術が書かれているやもしれぬ。もう一度よく読んでみると良い」
「はい!」
 日和は霊界欠書をスーツケースの中にしまった。

「ああ、そうそう。お主達はここに来た当初、寿命に悩んでいたのう。しかし、お主達は今、二つの命を宿している。羽が新たな生命力を与えてくれるじゃろう」
「それはつまり……」
「お主達の寿命は格段に延びたはずじゃ。まぁ、滅びから逃れられたらの話じゃが」
「や、やったぁ……」
 日和が小さく拳を握った。これはとても嬉しい話だ。
「いろいろ話し込んでしまったのう。そろそろ本題に入ろう」
 ミトオシサマが大きく息を吸い込み、背中から翼を広げた。
「お主達、座禅を組め。そして、思いっ切り気を取り込むのじゃ」
 僕らはミトオシサマの言うとおりにした。
「今から少しの間だけ、お主達の意識を未来に飛ばす。しかし、お主達が視る未来がどんなものなのかはワシにはわからぬ。それはお主達が生きている間に訪れる未来なのか、遥か先の光景なのかもな。これはほんのお礼と別れのプレゼントじゃ。それではゆくぞ。目と閉じて心を空にせよ!」


 僕は目を閉じた。
 変身熱のように体が急激に発熱し始めた。
 頭の中に何か映像が流れてくる。
 それはこの星の歴史だろうか?
 電車から見る流れる景色のように、断片的な景色が流れる。
 頭が痛い。
 頭痛を堪えるその先で、一つの景色が広がった――