毎日同じ場所で百鬼夜行を行うと、いろいろ問題があるので、ランダムに日付や場所を変えて、僕らは行った。
 ネットでは狙い通り、オカルト掲示板で話題になり、投稿画像や動画も反響を呼んだ。
 ネットでは様々な反応があり、マヤ歴の終わりと結び付ける人もやはりいた。
 そんな中、もう二つ話題になっていることがある。
 一つは以前にも少し話題になった現世で生きているはずのない行方不明者の帰還・死者のよみがえり
 もう一つは、最近情報が寄せられるようになった夕刻に目視される太陽柱(サンピラー)
 虚構と真実が入り混じる情報掲示板。
 どれが正しい情報なのか、見極めるのは難しい。
 しかし、この中のいくつかは真実であることを僕らは知っていた。


「さぁ、今日も百鬼夜行を行うよ!」
 日和は百鬼夜行の日を日々待ちわびているようだった。
 そういえば、元々イタズラ好きの性格をしていた。
 百鬼夜行がネットで話題になると、やはり僕らと出くわしたとき、捕獲しようとする人たちが何人かいた。
 しかし、シズの結界で近づけないようにすると、畏怖してすぐに逃げ去る人が多かった。
 今日は京都で行うことを決めていた。
 大阪、奈良、京都の関西中心核が僕らの霊獣化して負担なく飛び回れる範囲だった。
 よって、百鬼夜行もその三県を中心に行われることになった。
 季節は巡って秋。
 僕の名の季節になっていた。


「えらいこっちゃえらいこっちゃ♪ よいよいよいよい♪」
「えらいこっちゃえらいこっちゃ♪ よいよいよいよい♪」
 周囲の人の驚きに密かな満足感を覚えつつ、僕らは妖怪を演じ続ける。
 しかし、この日、新しいタイプの鬼が出現した。
 それは僕らが町中の人通りのあるところで百鬼夜行を行っている時だった。
「きゃあああああああああああー!!」
 女の人の叫び声がした。
 僕らに対する反応じゃないことを即座に認識し、僕らは警戒した。
 すると、三体のが並列してゆらゆらとこちらに向かっているのを理解した。
「わわっ! こりゃ、ほんまにえらいこっちゃやわ!」
 日和に突っ込みを入れている間もなく、僕らは一斉に鳴いた。
「「「クルルルルルルゥ――――!」」」

 これにより、一本角だった一体は方向を変えた。
「じゃあ、あれは私が引き受けるよ」
「わかった。気を付けて」
 彩音がそう言って、一本角の鬼を追った。
 残り二体。二本角は僕らにはどうすることもできない。
 周りの人々は鬼が視えない。
 何があったのかわからないので混乱している様子だ。
 鬼をどうすることもできないなら、人を誘導するしかない。
 しかし、ランダムに動く不特定多数をどうやって誘導すればいいのか?
 むしろ、今まで何回か百鬼夜行を行って、鬼に遭遇しなかった事の方が幸運だった。
 僕は必死になって考えた。

「あ! 危ない!」
 鬼のすぐ近くに人がいた。
 シズが慌てて結界を広げる。
 シズの能力は日に日にその結界の内包できる範囲を広げていた。
 これでに一度だけ、シズの結界を鬼に対して使ったことがある。
 結界は見事、鬼も防いだのだった。
 シズの結界内に何とか入れる事ができてホッとしたのも束の間、またすぐに違う人が鬼に触れそうになる。
 僕らの力になれる範囲も限られていた。
 そして、シズの結界に届かないところに人が……
「あっ……」
 二本角に人が触れる。すると、衣服はそのままに、中の人間はみるみる間に違う生物へと変身していく。
 強制的に変身させられる人は苦しいのか叫んでいた。
 それが周囲にも伝播し、一気に緊迫した雰囲気に呑みこまれた。

「なにあれ……人間が……」
「う、うわあああああああー!」
 空想の中でしかありえないとされていた獣化が目の前で起こっている。
 なかなか受け入れられない人の方が多いだろう。
「……」
 これまでにも何人か見て来たが、自分たちのように望んで変身する場合ではない強制変身は、見ていて胸が苦しくなる。
 何故、今まで鬼に襲われた人々がニュースにならないのか?
 それはこの光景を実際に見ていない人は信じられないからだ。

「!!?」
 二本角に触れた人の様子がおかしい。
 そういえば、二本角に襲われた人がどうなるのかを僕はまだ知らなかった。
 一本角は鬼の形の動物に変身させられる。
 しかし、二本角はそうではなかった。
 襲われた人の体が奇妙な生物に変わっていく。
「恐……竜……?」
 変身した姿はまさに恐竜のそれだった。
 二本角は自身の姿とは異なる生物に変身させる機能があるらしい。
 それも大昔の。
「あ……」 
 僕はここでさらに驚いた。

 二本角に並走しているのは……三本角の鬼だった。
 形は二本角と同じ。
 しかし……三本角の方が恐ろしかった。
 呆然と立ち尽くす僕達に、事情を知らない人がどこからかどんどんやって来る。
 そして、見えない彼らは鬼に触れる。
「消えた……」
 三本鬼に触れたその人は着ていた服を残して三本鬼に吸収されてしまった。
 動物にさえしてくれず、触れたら消失する……
 僕らの和やかな百鬼夜行は一変して、悲劇の舞台になった。

「……」
 人々は混乱して逃げ回る。
 その中で、何人かは鬼の方に向かって行き、衣類を残して何かしらの別の動物に変身させられるか、吸収された。
 勝手に動き回られるともう、収拾が付かない。
 僕らは呆然とその悲劇を目の当たりにしているしかできなかった。
 二本角に触れた人々の強制変身は全く予想できないものばかりだった。
 恐竜のような姿になった人もいれば、他人に変身した人もいた。
 ただ、恐竜のような姿になった人を、諸雨教授の実験所に保護することは可能なのだろうかと考えていた。
 それなりに大きい。
「あぁ……」
 恐竜のような姿に変身させられた人は暴走してどこかに走り去っていく。
 僕はそれを追うことができなかった。

「!?」
 二本角と三本角がこちらに向かってくる。
 そう思っていると、突然、二本角がくるりと反転し、鳴き声で一本角の方向を変えている彩音の方へと浮遊し始めた。
 彩音は気付いていない!
「ちょ、やば、彩音! 彩音! 気付いて!! くっ」
 どんなに声を張り上げても、彩音は見える範囲にはいるが、声が届かない。
 二本角は彩音を狙っているのか浮遊速度が速くなっている。

 ドックン

 このままでいけない。

 ドックン

 彩音まで犠牲者になってしまう。

 ドックン

 何とかしなければ、何とかしなければ――
 僕は必死になって頭を働かせた。
 霊獣化して飛んだとして、間に合うだろうか?
「はぁ……はぁ……」
 その時、結界でできる限り鬼の方向に行かないようにがんばっているシズがよろめいて、手が僕の体に触れた。
「!」
 結界が使えれば、彩音を守る事ができる。
 しかし、僕にはそんな超能力は無い。
 ところが、僕はシズの触れた手から感じた。
 その能力の使い方を――

「彩音えええぇぇぇぇぇー!」
 背中に伝う熱き鼓動。
 流速する縁の霊脈。
 シズの超能力は僕にも流れ、僕はその能力を彩音へと飛ばした。
「!?」
 彩音がこちらに振り返り、二本角に襲われる間際、彩音を中心としてドーム型の結界が展開された。
 二本角は彩音の結果に弾かれ、方向性を変えて浮遊していく。
「はぁ……はぁ……」

 ドクドクドクドク

 鼓動が早い。
 僕はそのまま暗転してその場に倒れた。
 闇が深くなる深夜。
 まず第一回目の百鬼夜行が決行された。
 場所は大阪のとある繁華街。
 町は酔った客で溢れていた。
「それじゃあ、まずはあたしとアキとハルの三人でやってみる。他のメンバーは霊獣化して空から見てて。シズ、捕まりそうになったら結界お願い
ね」
 路地裏でやおよろずのメンバーでひそひそ会議。
 まずは少人数でやってみようという話になった。

 何故、僕と日和とハルなのか。
 それは、化けもの動物で有名なタヌキとキツネとイタチだからだ。
「よーし、いくぞー!」
「「おー!」」
 まさか人を驚かせるためだけに気合を入れる事があろうとは。
 動物の姿に変身した僕らは服を隠し、四足で走り出した。
「日和、驚かすのもいいけど、町の見回りもちゃんとしないと」
「わかってる♪ わかってる♪」
 日和は何だかウキウキ気分だった。
 ハルも無言でいるが、この雰囲気を楽しんでいるようだった。
 そして、僕らはこれまで避けてきた動物の姿で繁華街に躍り出る。


「あれ? タヌキじゃない?」
「へ? こんな町中に? いるわけないない」
「いや、でも後ろ」
「!?」
 顔の火照った若いOLが町を歩いていた。
 女性は噂の普及に一役買ってくれるはず。
 そう見なして、僕らは百鬼夜行を始めた。
 僕がOLに近付いてゆく。
「あれ、こっち来たよ」
「かわいい~」
 酔っているので警戒心が薄い。
「ん? 背中に何か背負っている?」
「あ、ホントだ。お面? どっかで飼われているのかな??」
 ここで他の二人も登場。

「あ! タヌキの後ろ! 狐みたいなのがいる!」
「ほんとだ! もう一匹! あれは……イタチ?」
 僕はニオイを嗅いで十分に酔っていると確認。
 作戦を始めた。
 僕らは四足の状態から、すくっと二足歩行になり、背負っていたお面を両前足で持ち、踊り始める。
「え! なに! なにこれ!」
 OLの一人が驚いた顔をした。
「おー! すごーい!」
 もう一人は何だかうれしそうな顔をしていた。
 酔っているので恐怖心はないようだ。
「えらいこっちゃえらいこっちゃ♪ よいよいよいよい♪」
 僕らは三人で一列に並んで歌い始める。
「ここは人世だ♪ 迷い込んだ♪ 草も木も隠れる場所がない♪」
 二人は僕らが歌い始めるときょとんと目を丸くした。

「歌ってる?」
「歌ってる?」
「歌ってる!」
「歌ってる!」
 二人は見合わせてお互いに確かめ合う。
「すごいすごい! もしかして化かされてる?」
「えー! こんなことって本当にあるの?」
「えらいこっちゃえらいこっちゃ♪ よいよいよいよい♪」
「えらいこっちゃえらいこっちゃ♪ よいよいよいよい♪」
 僕らは二人の周りを謳いながらグルグル回る。
 すると、僕らに気が付いた町の人達が集まって来た。
「何アレ!」
「何かのパフォーマンス?」
「ロボットだよ、ロボット!」
「いや、でもどう見ても本物みたい」
「お前、野生のタヌキやキツネ見たことあるのか?」
 中には混乱している人もいた。
 ケータイで写真や動画を撮りはじめる人もいる。
 僕らはそれらを無視して、楽しそうに歌って踊る。
「やっぱこれ、リアルだよね?」
「うん……」
 深夜にも関わらず、人がたくさん集まって来たところで、僕らはセリフを残して俊足で走り去る。
「怖くない怖くない。人間も動物も一緒。動物が人間に化ければ、人間も動物に化ける!」
 僕らは唖然としている視線を振り払い、くすくす笑いながら逃げた。


「はぁはぁ……ここまでくれば大丈夫かな」
「結構、人いたね」
「やっちゃったなぁ」
 何か妙な達成感があった。
「動物の姿で人前に出るのはドキドキするね。今までそういうのやっちゃいけないと思ってたし」
「そうだね。みんなに見られてすごく緊張したよ」
「人間の視点からでは動物が服着てる方がおかしいけど、裸は裸だから少し恥ずかしい」
 みんなでそれぞれ感想を言い合う。
 すると、霊獣化して見守ってくれていた残りの面子も空からやってきた。
「良い感じだね。わたしも混ぜてよ」
「彩音は肉食獣でしょ」
「いいやん。この際、人間以外は何でもいいってことで」
「僕も参加してみたい!!」
 そして、結局、全員参加して百鬼夜行を行うことになった。
 
『おい、お前ら、警察が何か隠してんぞ!(怒)』



 夏休みに入ったある日、とある掲示板のスレッドがすさまじく反響していた。
 スレッドの内容は、今月に入って息子が行方不明になった家族が警察に捜索願いを出した。
 しかし、一向に捜索されていないと気付き、警官に話を聞いたが、捜査はしているとうやむやにされたという話だ。
 これに対し、全国各地から同様の声が上がり、また謎の失踪者が増えているのがネット上で話題になっている。
 これは日本だけにとどまらず、海外でも同様のケースがあるようだ。
 一方、情報に敏感なはずのニュースは一切このスレッドに関して話題にしない。
 どうも触れたくない話題らしい。
 それがさらに反応を呼び、様々な憶測が流れていた。




 僕はこの掲示板の書き込みを見て、複雑な気持ちになった。
 行方不明者の共通する特徴として、失踪者は何故か着ていた服を脱ぎ棄てている。
 間違いなく、の仕業だ。
 オオカミ少女――セキが捕獲されてから、尾天周辺で鬼が急増したように思う。
 一本角は僕らの声で退けることができる。
 しかし、二本角からはただ逃げるしかない。
 僕らにはまだまだ力が足りなかった。




「うへーい、あつーい。彩音~、クーラー入れて~」
「だーめ。日本は今、大変なんだから。節電節電」
「うぅー」
 夏休み。
 しかし、部室には常に誰かがいる。
 暇つぶしのたまり場と化していた。
「何か暇だなぁ~」
「日和、そんなに暇ならバイトでもすればいいじゃない」
「うむぅ……バイトねぇ……」
 やる気のない返事。
 日和はだらだら溶けていた。
「あのさ、最近、鬼が活発化しているよね……ネットニュースの情報からしても……」
「うん……」

 みんなも掲示板の話は既に知っていたらしい。
「知り合いの警官から聞いた話だけど、警察も警察で大変みたいよ。急に失踪者が増えて、動員できる人数が不足しているんだって。それで、どんな要因が絡んでいるのか見当もつかないから、変に発表のは良くないと思って情報に規制をかけているらしいよ。まぁ、要因は鬼の仕業なんだけど……日本の警察もアメリカみたいに霊能力者とか取り入れた方がいいのにね。視えないと何も対処できないよ」
 だらだらしていた日和が座りなおした。
「何なんだろうね、あいつら。最近、増えた気がするし」
「うーん……やっぱり来年のやつの影響かな?」
「うーん……わかんない」
 みんなで頭をひねる。
 まず、鬼自体が何者なのかがイマイチわからない。
「あのー、鬼でちょっと思いついたことがあるんだけど」
「ん?」
 僕は提案してみた。

「不来方でやってたさ、百鬼夜行、こっちでもやってみない? 僕らだけで」
「百鬼夜行……夜に変身して町に出歩いていたやつね! 確かに面白そう。夏だし! 肝試し! お化け!」
 日和が乗ってくれた。
「鬼は夜に活動するのが多いように思うし、町を巡回していれば、一本鬼への対処はできるでしょ?」
「でも、そんなことしたら、捕まえようとしてくる人が出てくるんじゃ」
「うん、僕らを捕まえて見世物にしようと考える人達は出てくるだろうね。まぁ、散り散りになれば余裕で逃げられるけど、それじゃ意味がない。ここは一つ、シズの協力を得たい」
「わたしの?」
「うん。誰か捕獲して来ようとしたら、結界で僕らを覆ってほしいんだ。結界を出しておくと僕らには近づけない。見えないのに結界に阻まれて捕まえようにも捕まえられない状態は結構怖いんじゃないかなぁ」
「なるほどー」
 みんなで思い付いた事を話す。

 何か、文化祭とかで話し合っているような雰囲気になってきた。
「いいね! やろうやろう! 百鬼夜行ー!」
 最終的に日和が超ノリノリで太鼓判を押したので、みんなもやるかーという気になった。
 百鬼夜行を行うにはいくつかの意味がある。

 一、妖怪じみた存在がいることを周囲に示すため
 一、一本鬼と誰かが接触した際の退魔
 一、暇つぶし

 僕らは早速、百鬼夜行の計画を立て始めた。

 日和が僕を遮るようにして鵺の子の前に出た。
 その時、僕は鵺の子が瞬時にして巨大化しているのを見た。
 また同時に、日和が自分の服を犠牲にして霊獣化していく。
「ぐあああああっ!」
 鵺の子にいつの間にか生えた巨大なシッポが、霊獣化しかけの日和を打ちつけた。
「くっ……やるな……小娘……」
 この高慢な態度は狐天だ。
「ぱおおおおおおおおおーん!!!!」

「ウソだろ……!?」
 鵺の子は、同じ鵺でも通常の鵺ではないらしい。
 ミトオシサマと異なる姿。
 ゾウの顔、ロップイヤーの耳、シマウマの前半身、シカのような後半身、恐竜を思わせる爬虫類系のようなシッポ。
 鵺の子は獣化しただけで、部室の半分近くの空間を支配した。デカい。
 そして、霊獣化した日和もまた部室の1/3くらいを占めている。
 怪獣達を閉鎖空間に閉じ込めたような感じになっていた。
「小僧! お前も霊獣化しろ! 我、一人では抑えきれぬ」
 狐天が僕に言った。
「わかった。狸天、出て――!」
 心臓の鼓動が高鳴り、僕は周囲の気を吸い込んでいく。
 全身が著しく熱くなり、メキメキと服が破れていく……

「はわー、何じゃこのギチギチの空間は?」
 僕が霊獣化したことで、部室は三匹の獣によって身動きができない状態になっていた。
 誰も部室に来ない事を心から願う。
「静かにしろ。鵺の子は暴走しておるのだ。この身動きできない状態では暴れられぬ。しばらくすると疲れて戻るだろう」
「嗚呼、そうか。しかし、ゾウの顔とは変わった鵺じゃのう」
「いや、毎回、化けるたびに動物は異なる。どのようなキメラになるのかは変身してみなければ、毎回わからぬ」

「ぱおおおおおーん!」
 鵺の子の長い鼻がバシンバシンと僕のお尻のあたりを打ちつける。
 痛い、結構痛い。
「しかし、こんな暴走があると、親も大変じゃな」
「そうだな。だから、親はできる限り、この子を外に出さないようにしている。それに、速効性のある麻酔をいつも携帯している」
「それは用意周到」
 しかし、親は子のために麻酔を打つのはあまりいい気分じゃないはずだ。
 この子は、一体どんな大人へと成長するのだろうか……?
ぱおおおーん! ぱおお……ん……」
 おしくらまんじゅう状態になっていた窮屈さが徐々になくなってきた。
 鵺の子が元の体に戻っていく。
 暴れ終えて疲れたようだ。

「よし、それでは我らも眠るとしよう」
「嗚呼」
 僕と日和も霊獣化を解き、部室は裸の三人がいる状況になった。
 僕らはそれぞれ着替えを予め部室に置いているが、鵺の子はどうしたら?
 日和はそれも考えていたようで、既に替えの服を持っていた。
「いやー、ごめんね、アキ。この子、いろいろ大変なんだ」
「うん……でも仕方ないね」
「うん……」
 親に見捨てられなかっただけ良かったと思った方がいいのかもしれない。
 僕らは着替えて、しばし、鵺の子についていろいろ話をした。
 夏休みを控えた定期テスト期間中のある日、僕は部室にやってきた。
「こんにちわー」
 挨拶をして部室のドアを開けると、白髪の少女が突っ立っていた。
「あ」
 黒色を拒絶するかのような聖白な髪は、そこにあることが異質にさえ感じるほどだった。
「……」
 少女は僕に気付いているのか気付いていないのか、壁の方をじっと見つめている。
「うーん……」
 BBQで見た鵺の子だ。
 あの時、父親から事情を聞かされた。
 話しかけていいのかよくわからないまま、僕は部室に入った。

「――来る」
「へ?」
 何もしゃべらないのかと思っていたら、突然小さく呟いた。
「え、まじ!!!!」
 少女の向いている方から壁抜けをして、ぬぅっと鹿の形をした鬼が現れた!
 霊体である鬼に障害物は存在しない。
 部室に現れたのは初めてだが、こうして突然現れてもおかしくはないのだ。
「ちょっ、やばっ! 君! 動いて! それに触れちゃダメだ!!!!」
 しかし、少女は僕の声が聞こえていないのか、じーっと鬼の方を見つめている。
 鬼が少女の方に向かっていく。
 やおよろずのメンバーは僕以外にいない。
 どうしたら……

「何回かは……効果あったから、僕でも、いけるはず――!」
 僕は瞬時に周囲の気を大きく吸い込み、鳴き声と共に放出した。
「クルルルルルルゥ――――」
 日和から直々に叩き込まれた退魔の声。
 最近、僕もようやく鬼に対して効果が出てきたところだった。
 普通に話すのと異なる風に喉を鳴らすので、この鳴き声はなかなか難しい。
「くそっ、効果がない……もう一回……クルルルルルルゥ――――!?」
 鬼は逃げなかった。効果がない。
 僕はもう一度鳴いた。
 しかし、そこで鬼は二本角であることに気が付いた。

「やばい! 二本角には声が効かないんだ」
 僕は必死になって、少女の方に走り、抱きかかえて部室を出た。
「はぁ……はぁ……来るか……?」
 僕は後方を振り返って、鬼が追跡するのを警戒した。
 しかし、鬼はこちらには向かってこなかった。
 僕はホッと胸を撫で下ろす。
 最近、東北で見た二本角の鬼が関西でも増えてきている。
 何か、良くないことが起こり始めている気がしてならない。

「……」
 少女は無言だった。
 僕は少女の手を取って、再び、警戒しながら部室に戻る。
 部室にはもう鬼の気配はなかった。
「危なかったね。良かった」
「……」
 僕は少女を部室に連れ戻して話しかけるが、反応がない。
 少女は独特の雰囲気を放っている。
 それはもしかしたら、神々しいと表現できるのかもしれない。
 複数の動物の体をその身に宿している少女。
 一体、何を感じながら生きているのか……

「あ、アキ。もしかしてその子の面倒見てくれてた?」
 日和が部室にやって来た。
 その口ぶりからして、どうもこの子を部室に連れてきたのは日和らしい。
「いや、さっきは危なかったよ。鬼が部室に現れてね」
「え!? どっち?」
「二本の方」
「うわー! よかった。アキが助けてくれたの? ありがとう。その子、動かない時は何があっても動かないから」
 日和がそう言って、小さく笑った。
「うん。それで、なんでこの子が部室に?」
「ああ、鵺野さんがどうしても手が離せない仕事があって、面倒をみてくれないかって言われたから」
「そうだったのか」
 日和は日和でこの子の面倒を見るためにお菓子を買ってきたようだった。

「うぇっ、うぇっ」
 突然、鵺の子が奇妙な嗚咽を始める。
 僕は驚いてすぐには動けなかった。
「! アキ、逃げて! くっ……狐天――出て!!!!」

 狼少女は捕獲され、僕らの通う大学の山の中に佇む実験所に監禁された。
 僕らはその場所に近付くことはできればしたくなかったが、日和が様子を見に行きたいと言ったので、実験所を訪れた。
 何があったのかは察しがつかないが、あの時、高慢気味になっていた副所長は辞めていた。
 気にかかるのは、副所長が言った「僕らは諸雨教授のモルモットだ」という、その意味だった。
 実際、日和が勇気を出して、教授本人に問いただしたところ、そんなことは微塵も思っていない、良き助手だと言ってくれた。
 しかし、あの発言と副所長がいなくなった理由は関連しているように思えてならない。

 狼少女は『サンプル3』と呼ばれていた。
 三例目の人獣らしい。獣人は倍以上の数を取り扱ったことがあるが、人獣は非常に貴重とのことだった。
 何故名前を付けずに、番号で呼ぶのか?
 そう、人間に変身できると言えど、元々は動物。
 人間の倫理規定は当てはまらない。
 情が湧かさないために、名前を付ける事は禁止されている。
 狼少女はあくまで研究対象のサンプルなのだ。
 鬼に動物化させられた人々を人間に戻すための材料。

 狼少女は首輪を付けられ、大きめの檻の中にいた。
 人間に対して反発しているのか、狼少女はヒトが来ると人間の姿になり、狼の姿は見せない。
 事情を知らない人がこれを見たら、年頃の女の子を首輪で繋いで、服も着せずに監禁しているように見えることだろう。
 僕らはこれで正しかったのか?
 わからない。
 自分の中で何かが壊れていくような感じがしていた。

 実験所ではどのような実験を行っているのかは僕にはわからない。
 定期的に狼少女の様子を見に行くと、体のあちこちに包帯を巻かれているのをしばしば見た。
 それを見るたび、心にずしんと重いものが落ちてくる。
 僕らは研究者ではない。

 だから、狼少女に名前を付けた。
 その美しい赤毛から〝セキ〟と。
 季節は巡り、夏を迎えた。

 梅雨入り前の晴天の日。
 狼少女との決戦の日は訪れた。
 ピリピリとした緊張が伝わってくる。
 尾天山の各所に、これまでにない規模の人数が入り込んでいる。
 前日から工事のためという肩書で尾天山周囲を完全封鎖。
 尾天山に暮らす人もいろいろ理由を付けて降ろし、無人状態にした。
 これは諸雨教授の経済的なチカラだった。
 配備された人数は千人を超えるらしい。
 動物捕獲あるいは狙撃のプロの集団。
 迷彩服を身に纏い、山の緑に紛れて、狼少女を捜索する。
 僕らはただらぬ空気に呑まれかけていた。

 この捕獲作戦には一つの命令しか出されていない。
『犠牲者が出ても狼少女を生け捕りにすること』
 このプロの集団が一体どれほどのお金をもらったのかはわからない。
 しかし、これだけの人数を配備できる諸雨教授に、改めてそのすごさを実感せざるを得なかった。
「すごいね……」
「うん……」
 この作戦の主導者である諸雨教授はこの場にはいない。
 代わりに、研究所の副所長が指導を務める。
「それでは作戦を開始する」
 副所長の無線で、いよいよ作戦が始まった。
 僕らの役割は狼少女をおびき出すことだが、この人数だと、その必要性すら感じない。
 霊獣化して空から探せば、狼少女は早く見つけ出せるかもしれないが、日和の提案で、霊獣化および不来方での体験は諸雨教授にも秘密にしてある。

 ざわざわと一定の間隔を開け、列をなして、捕獲員が山の頂に向かって歩く。
 静かな山が騒ぎ立てているように僕には感じられた。
 おのずと、僕らは捕獲員の後方で付いて行く形になった。
 山を歩く事、数十分、無線に連絡が入った。
「こちら、山犬の群れを発見。ターゲットと思われる赤毛のオオカミもいます!」
「どこだ!」
「十時の方向です」
「わかった。全隊員をそちらに向かわせる。それまで待機。山犬から目を離すなよ」
「了解!」
「行くぞ!」
「……」
 狼少女がついに発見された模様。
 副所長の指示で、全員がその場に向かうことになった。



「……いた!」
 僕らは山の中を早足で歩き、狼少女のいる現場に向かった。
 そして、僕らは四度目の会合を果たす。
 捕獲員はぞろぞろと結集し、狼少女とガルルと唸りを上げる山犬を取り巻いていく。
 両者、動かない。
 にらみ合ったまま、しばし、時間が流れた。
「向こうが来ないなら、こちらから行くか……」
 副所長がそう呟いた時、赤毛のオオカミはみるみる人間の少女へと姿を変えていく。
 捕獲員の中には変身という現象自体を初めて目にした人もいるようだった。
 獣から人に変わゆく様に、小さな驚きの声が上がる。
「何か仕掛けて来るぞ。構えろ!」
 副所長の命令に、捕獲員が瞬時に反応し、麻酔銃を構える。
 狼少女は最後に会った時からさらに成長していた。
 容姿を見れば、高校生くらいだろうか。
 そして、狼少女は立ち上がる。
「えっ……」
 今まで、狼少女はヒトの姿になっても四足のままだった。
 しかし、二本足で立ったのだ。
 そして、笑う。
 狼少女は人間を観察し、学習したようだった。
 狼少女は挑発するように、こちらに人差し指を向けた。

「あおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーん!!!!!」
 甲高い遠吠えを上げる。
 これが、戦いの火蓋を切る合図となった。
「来るぞ! 全員、気を引き締めろ! いいか、狼少女には傷をつけるな! それ以外は排除して構わん!」
 副所長の叫び声が爆ぜる。
 その瞬間、山犬の群れが大きく口を開け、牙を剥き出しにしながら高みから駆け下りてきた。
 続いて、狼少女は大きく息を吸い込む。
 恐らく、狼少女が何をしているのか視えているのは僕らだけだろう。
「来る! シズ、結界を!」
「う、うん!」
 日和が小さく叫んだ。
 シズが相槌を打ち、んんんー!といきむ。
 山犬と捕獲員、狼少女とシズの能力。
 それらの対戦がほぼ同時に行われ、勝負は運に任された。

「クルルルルルルゥ――――」
 狼少女の不思議な鳴き声が聞こえる。
 しかし、それとほぼ同時に、シズの結界がシズを中心として同心円状に広がり、僕らやおよろずのメンバーをギリギリ包み込んだ。
 シズの結界は訓練次第でその侵食領域を拡大できることが最近わかったのだ。
 狼少女の獣化声撃VSシズの結界。
 双方、遠距離での戦いは――
「う……ぐぐっ……体が……もってかれる……」
 そう、狼少女の命令が僕らの体を獣の変えようとする。
 体のあちこちに獣毛が生えていく……
 しかし、瞬時に獣にはならない。
 耐えていられる。
「効いてる! やっぱりシズの結界は遮断の効果があったんだ!」
 僕らは三割程獣化しつつも、ヒトの姿を保っていられた。


 僕らは周りを見る。
 捕獲員はこの声撃を受けてどうなったのか。
 しかし、結果は一目でわかった。
 変わらない。
 人間のまま。
 狼少女の声は普通の人間には効果がなかったのだ。
 それ見た狼少女は眉根を顰めた。
 そして、すぐに追撃をかける。
「クルルルルルルゥ――――」
「ううっ……」
「シズ、がんばって!」
 第二撃で徐々に進行する僕らの獣化。
 シズが苦しそうに震えていた。
 一方、狼少女の声撃が効かない捕獲員は向かい来る山犬に麻酔銃を構えていた。

「引きつけろ、引きつけろ……よし、撃てええええええええー!!!
 山犬が数メートル手前まで迫った時、副所長の叫び声ととともに、一斉に銃弾が発射された。
「きゃんきゃんぎゃあああん」
「えっ……」
 銃弾が放たれた刹那、僕は目の前の光景がスローモーションをかけたようにゆっくりと流れた。
 捕獲員が撃ったのは麻酔銃ではなかった。
 本物の実弾。
 山犬たちは雨のように向かい来る銃弾を浴び、血飛沫と悲痛な鳴き声を上げながら倒れていく。
 勝敗は一瞬だった。
 千人規模が放つ銃弾に山犬たちが逃れらるはずもない。

「うそ……話が違う。こんなの……聞いてない……」
 大きく瞳孔を開いた日和が、目の前の悪夢を見て、うわ言のように言った。
「副所長! なんで! 何で殺すの!? こんなの聞いてない!」
 日和は副所長に言い寄る。
「ああん? 何よ、女狐。いいんだよ、これで。ここの山犬は町に降りてきてゴミを漁ったり、子供を襲ったりして、駆除してくれと住人から言われていたんだ。お前も教授のモルモットだ。ああならないといいな。くくく……ははははははは!」
「そんな……」
 副所長はいつもと人相が変わっていた。
 これが本性なのか、戦場が人を変えたのか……優しさの欠片もなく、副所長は残虐な光景に勝ち誇り、笑っていた。

 瞬時にして、山犬たちは動かなくなった。
 さすがに目の前で仲間が撃たれていく光景を目の当たりにして、狼少女もうろたえている様子だった。
「残りはターゲットだけだ。捕えろ!」
「やめて!!!!」
 日和は副所長にとっかかる。
 しかし、副所長の大きな腕に弾かれた。
 四割程獣化しているとはいえ、がたいのいい副所長には戦意をもって力を使わないと、日和でも敵わない。
「安心しろ。ターゲットは実弾では撃てない。教授の絶対命令だからな」
 うろたえる狼少女に素早く捕獲員が迫る。
「きゃんきゃんきゃ……」
 的確に麻酔銃を発射した捕獲員によって、あっけなく狼少女は眠りに落ちた。
「ミッション完了。人獣は通常の獣と麻酔の効果が異なる。回復する前に研究所に早く運ぶんだ。うまい飯でも食おう」
 副所長は捕獲員にそう伝え、山を下りてゆく。

「うわあぁぁ……うわああああああああああああああー!!!!」
 副所長は冷徹だった。
 これが仕事だからなのかどうかはわからない。
 日和は完全に戦意喪失し、その場に泣き崩れた。
 人は恐ろしい。
 もしかしたら、人の最大の脅威は同じ人なのではないのか……?
 山犬の亡骸を前にして、僕らはしばらく、その場を動けなかった。

「その1 天変地異仮説。 文字通り、世界規模で自然災害が起きるという仮説。特に世界各地の有名な霊能力者が『』を示唆している。すなわち、火山の噴火が最も懸念される」
 そういえば、地震の影響で富士山の噴火がどうのこうのという話を最近聞いたような気がする。


「その2 地球温暖化仮説。 地球温暖化は徐々に環境を変化させていくので、急激に環境が変動するわけではない。しかし、地球温暖化と火山活動は密接な関係があり、過去に温暖化が進んだ後に火山が噴火したという記録がある」
 やはり火山がキーポイントなのだろうか?


「その3 フォトンベルト仮説。フォトンベルトとは、銀河系のある場所に充満している高エネルギーの塊である。地球は2012年の冬に完全にフォトンベルトに突入するとみられている。フォトンベルトは巨大な電子レンジのようなもので、入った時にはすべての生物が強力な電磁波により、死滅しているとされる」
 フォトンベルトの話も数年前に聞いたことがある。しかし、天文学的なことはよくわからない。


「その4 惑星ニビル仮説。 惑星ニビルとは、地球の数倍の大きさで、2012年12月に地球に最接近し、正面衝突は逃れるものの、通過する際の強力な重力で、地球の時点が捻じ曲げられ、劇的な環境変化が起こるとされる」
 惑星二ビルの話も聞いたことがある。


「その5 宇宙的カタストロフィー仮説。 宇宙には特定の場所に元素が高密度に集合している場所がある。太陽系は現在、その場所に入りつつあり、完全に入ってしまうと、惑星そのものに多大な影響を与える。ポールシフト、重力変化、大気の変性など未知の環境変動が生じる」
 これは初めて聞く話だ。


「その6 太陽異変仮説。 これまで太陽の黒点は11年周期で増減が確認されていた。しかし、現サイクルはこれまでと異なり、

黒点の出現による太陽フレアの活発化の傾向がある。スーパーソーラーストームが起こる可能性があり、これが起こると、あらゆる電子機器が使えなくなり、精神が乱れて紛争が起きやすくなるとされる」
 太陽の活動はよくネタにされる。


「その7 太陽の磁極四極化仮説。 これは太陽異変仮説とは真逆で、今まで2極だった太陽の極が4つに変わり太陽の活動が停滞する。その影響で地球に氷河期が再来する可能性がある」
 その6と矛盾する。どちらが正しいのか。


「その8 ベテルギウス超新星爆発仮説。 ベテルギウスは内部での核融合が反応が活発で、近々、超新星爆発を起こすものと考えられている。ベテルギウスが超新星爆発を起こすと、ガンマ線バーストが地球に影響を与え、オゾン層に穴が空き、生命は宇宙線に曝され、絶滅すると考えられている」
 古代人が天文学に優れていたとはいえ、予測できるものなのだろうか。


「その9 陰謀者仮説。 世界人口70億人を突破した現在、人類の増え過ぎに食糧難を始めとした様々な危機が懸念されている。そこで陰謀者らが定期的に人口を減らそうと、古代文明の預言書になぞらえた人類減少計画を企てている。近年、各国の情勢が悪化しているのはすべてこの時のための予兆である」
 恐ろしい仮説。人類の敵はやはり人類なのか?


「おしまい」
「何か、話がデカすぎてどれもイマイチよくわからんなー」
 僕も徹夫と同じ意見だった。
 全体的に仮説を眺めてみると、宇宙の変化の影響による地球の環境変化が主な要因を占めている。
 ノストラダムスの大予言よりはかなり具体性が増している。
 あとやはりが関連しているように僕には思えた。
「あと一年半。一体何が起こるのか……」
 それは、結局僕らにはわからないままだった。

「やっぱ、あたしら、超能力の才能あるんだよ」
 BBQの数日後、やおよろずのメンバーで部室に集まった時、日和が言った。
「ああ、確かにそれはありそうだな。俺、何が起きたのか一瞬、理解できなかったし」
 被害者になった徹夫は語る。
「うん。ビックリしたねー。徹夫が吹っ飛んでいったから。ちょっと面白かったけど」
 ハルが思い出し笑いをしたようだった。
「でもなんで急に?」
 彩音が聞いた。
「うーん。わかんない。ああいう超能力の初動っていうのは、それまでの経験の蓄積と何かしらの刺激で急に出るものだからねー。よく漫画とかであるような……シズもそんな感じだったね」
 漫画では誰かを守るためでの覚醒や拒絶系で覚醒するシーンがよく描かれている。
 シズも拒絶系に当てはまりそうだった。


「シズの超能力の開花について、解釈は様々な方向から考えられる。自分の中で眠っていた力が偶然、刺激的な経験をしたことで発動した。もしくは、その時が来たから発動した、とか」
 これまで使えなかった能力がある日突然使えるようになる。
 その境界は一体何を意味するのか?
 恐らく、これから先、シズも一度は考えることになるはずだ。
「シズはどうなの、超能力発動してみて」
 ハヤセがシズに聞いた。
「……よく、わかんなかった……」
 シズはみんなに注目されてやや恥ずかしそうにポツリと答えた。
 意外に、超能力を発動するのはそういうものなのかもしれない。
 自分が生きているだけで周囲に影響を与える侵蝕系など。
「シズは自覚して能力使える?」
「うーん……わかんない」
 シズはあの一件以来、超能力は発動していないことを語った。


「うんうん、そういうもんね。あたしも鬼文字を自覚して使えるようになったのは少し時間かかったし。シズも少し時間がかかる

かもね。でもまぁ、何にせよ、不来方での経験は生きている。超能力が使える人が増えてあたしは嬉しい。みんなも早く開花さし

ちゃいなよ~」
 日和は嬉しそうに言った。
「超能力……」
 僕の中にも眠っているのだろうか……
「シズの能力がもし都合よく使えたら、あたし達だけ結界の中に入って、野犬弾き飛ばしながら狼の子に近付けられるのになぁ」
 日和は言ったが、それは現時点では相当難しい。
「うーん……」
 シズも困った顔をしていた。


「あ、そうそう。話は変わるけど、ミトオシサマからもらった霊界欠書をじっくり読んでてね、ふと気になったことがあるの」
 鬼文字で書かれた不思議な預言書。
「何?」
 ハヤセが聞く。
「1999年に話題になったノストラダムスの大予言って覚えている? あたしらは小学生低学年だったからあんまりハッキリとは覚えていないけれど」
 何となく覚えている。確か、こんなフレーズが話題だったはずだ。



『1999年の7の月
天から恐怖の大王が降ってくる
アンゴルモアの大王をよみがえらせ
その前後の期間 マルスは幸福の名のもとに君臨するだろう』



 恐怖の大王が何を意味するのかがわからず、どうやって世界が終わるのか不安になったこともあったような気がする。
「前もちろっと言ったけど、それもちゃんとこの本には書いてあるのね。で、1999年以前の終末論についても実は書いてあるんだ。この先の未来も書いてあるのは言ったよね。要するに、この本には、世界が滅ぶと予言されている過去と未来の出来事が短的に記述されているの」
 日和は続ける。
「その中で、来年だけ特に詳細な記述がある。2012年12月23日。人類は、この星の生物は選ばれる。生き残る者と、消え去る者と。すべての者が一つになる。性も生も星も聖もすべてを超えて……


 何故予言というものはいつも遠回しなのか?
 その時代にはわからない技術が未来に視えていたにしろ、もっと具体的に書く事は可能なはずだ。
 それは恐らく、個人の妄想が入っているからではないかと個人的には考えてしまう。
 自分が納得できるインスピレーションがあると、神託を受けたような気分になる。
 それで世界を改革した人もいる。
 しかし、それはほんの極わずかな人物だ。


「それでね、何で来年だけ事細かく書かれてあるんだろうと思ってよく読んでみると……1999年のノストラダムスの予言が書かれてある記述の最後にね、『済』って感じの文字があるのに気が付いたの。見落としていたみたい。で、奇妙なのが、過去の予言の記述の最後すべてに同じ事が書かれてあるのね。逆に、未来の予言にはその文字はない……」
「……」
 それはつまり……過去の予言の出来事は行われ、未来の予言の出来事はまだ行われていないということなのだろうか?
「……」
 僕らは言葉が出せずにしばし、無言でいた。


「1999年、何かあったか?」
 徹夫の言葉にみんな考える。
「パケモン金銀の発売くらいしか……」
「あー、懐かしい。あったね」
 みんな子供の頃の記憶は薄いようだった。
 つまり、1999年には記憶に鮮明に残るほどの災害は起きていなかった。
 何も起きていないのにノストラダムスの大予言の出来事は『済』になっている。
「……」
 漫画的に考えるなら、どこかの誰かが、社会の影で人知れず、恐怖の大王と戦い、打ち勝ったのかもしれない。
 しかし、それは僕の単なる妄想だろう。
 実際、ノストラダムスの大予言は的中しなかった。


「それじゃあ、これから何が起こるんだ?」
 徹夫は珍しく頭を捻る。
「こんなこともあろうかと……!」
 ハヤセがそう言って、自分のカバンから一冊の本を取り出した。
「週刊マーを買ってきたよ。今週の特集は、タイムリーな2012年人類滅亡説!」
「おー!」
 ハヤセは早速ページをめくる。
「なになに。有名なマヤ暦の終わりで語られる『マヤ』とはメキシコ南部タパチュラ市にある地方の名前……なんだって!」
 マヤ暦は有名だったが、そのマヤが何を示すのかは知らなかった。
「マヤ暦の終わりは現代の暦でいう2012年12月21もしくは23日のことを指す。あー、だから21日って言ったり、23日て言ったりするのね」


 ハヤセは続ける。
「マヤ文明は、特に数学や天文学が石器時代とは思えないほど高度で、古代マヤ人は突如現れ、突如消えたとされる。マヤ暦には

20進法が用いられ、現代換算で言う5128年で一つの時代が終わるとされている。それが紀元前8月11日もしくは13日から数えて5128年後にあたる2012年12月21もしくは23日になるのだ」
 そんな先の未来を古代人が何を思って占ったのだろうか。
「世界の始まりから終わりまでは5128年周期。現代は第五世界の末期にあたる」
 それは過去に4回世界が滅びた事を意味するのだろうか。
「では実際、これから何が起こるのか……様々な説が唱えられているので一つずつピックアップしていこう」
 ハヤセの読みにみんな注目して聞いていた。

「おめえさん達も食ってるか?」
 BBQ焼きに精を出していると、このロッジの所有者から話しかけられた。
「あ、はい。ちょこちょこつまみ食いしています」
「そうか、なら良かった。そろそろみんな腹も膨れてきたみたいだから規模を縮めようかと思っているんだ」
「そうですか。わかりましたー」
 所有者の考えで、片付けのしやすいように、少しずつBBQの焼くスペースを減らしていった。
「おう、アキ。ここは俺らでできるからちょっと休憩してきな」
 焼きスペースを減らしたおかげで、手が少し余った。
「わかった。そうするよ」
 僕は徹夫の言葉に甘えて、少し休憩することにした。
「と言っても……ほとんど知らない人ばかりなんだけど……」
 誰の雑談に交じろうかと僕はうろうろ歩く。


 と、白髪の少女がポツンと一人突っ立っているのが目に付いた。
 鵺の少女だ。
「どうしたの? 疲れた感じかな?」
 僕は鵺の少女に話しかけた。
 しかし、少女は聞こえているのかいないのか、呆然と突っ立ていいる。
「ご飯は食べた? 結構美味しかったよね」
 しかし、少女は呆然と前を見つめている。
「うーん……」
 僕はどうしたらいいものか悩む。
 無視しているというよりか、聞こえていないという感じだ。
 もしかして耳が聞こえないのだろうか?


黒龍は過去を視つめ、白鵺は未来を視つめる」


 僕が思案していると、背後からそんな声がした。
「はい?」
「今、その子には話しかけても無駄だよ」
「え? どういうことですか?」
「未来を視ているから」
「未来?」
 中年の男性に言われて、僕はふと思い出した。
 不来方のミトオシサマも鵺だった。ミトオシサマも未来を視ると言っていた。
 これは鵺に共通する超能力なのだろうか?
「今、その子は未来を視ている。神懸りって言うのかな……今は話しかけても無駄なんだ」
「そう……なんですか。あなたは……?」
「私はこの子の父親だ。名乗り忘れていたね。鵺野と言う。よろしくね」
「あ、こちらこそ。僕は狸居と言います。聞いてもいいですか? 未来って予言みたいな?」
「うーん、そうといえばそうなるかな。実際のところ、私にもこの子が何を視ているのかはよくわからないんだ」
「?」
 僕は鵺野父の言うことがよくわからなかった。


「この子は多くを語らない。大抵、事が済んでから知っていたと語るんだ」
 それは視えた未来を一人で黙っているということだろうか。
「この子はよくこういう状態になる。全く、私もどうしたらいいのか。それに奇妙な生き物に変身するし。最初に変身したときはそれはもう心臓が飛び出るくらい驚いたよ」
 それはそうだろう。単なる獣化ならまだしも、鵺は様々な生物の体が組み合わさった姿。その反応に無理はない。
「そう言えば、黒龍が何とかってさっき言っていましたよね?」
「ああ、龍の子の話だね。龍の子はウチの子と対極に過去が視えるらしい」
「過去……」
 それはサイコメトリーとかそういう超能力なのだろうか。


「目覚める」
 僕と鵺野父で話をしていると、白髪の少女がこちらをくるりと向いてポツリと呟いた。
 いや、少女は僕らの先を見ている。
 僕は少女の視線を追った。
 その先にはシズがいた。
 シズは何やら子供達と戯れているようだった。
「お姉ちゃん、乳首立ってる!」
「立ってる! 立ってる!」
「い、いや! そんなジロジロ見つめないで!」
 どうも子供達にからかわれているようだった。
 しかし、子供達の興味を引くのも仕方がない。
 シズの胸が張っていた。
 シズは獣化しようとしているのだろうか?


「ふぃー、疲れた疲れた。俺も休憩っと」
 シズが子供達に囲まれてからかわれている横を哲夫が通り過ぎた時だった。
「もう! そんなに見ないでー!」
 シズが大声で叫んだ瞬間、全身を覆うようにして体からドーム状の膜が広がった。
 シズがドーム状の膜を体外放出した瞬間、それが後ろを向いていた徹夫に触れた。
「んあ? おおおおおおお???」
 ドーム状の膜はシズを守るようにして周囲に広がり、それに触れた徹夫を弾き飛ばした。
「……あ、あれは……」
 僕と鵺野父、その光景を目の当たりにしていた人々は唖然とした。
「えっ? な、何? 私……何かした?」
 一番驚いているのは張本人のシズだった。
 ドーム状の膜は徹夫を弾き飛ばして消えた。
「イテテテテ……何だ? 何が起こった?」
 弾き飛ばされた徹夫も何が起きたのか理解できていないようだった。
 ただ一人、少女だけはこの事を知っていたかのように、凛とした顔で見つめていた。


 BBQで覚醒したシズの超能力。
 その形状、特性から、僕らはシズの超能力を『結界』と名付けることにした。