下の記事で、

これからは『成功』を求める時代ではない!

なんて書いてしまったが、よく考えたらそんなことはなかった。(苦笑)

ただ、『成功』の内容が変わる、だけだったんだな。



ここ20~30年の『成功』は・・・

お金をたくさん稼いだり、

会社を大きくしたりすること、

だった。



それがこれからは、

たくさん人を『幸せ』にすること、

だったり、

社会を良くすること、

に変わるんだ。



「戻る」、

といってもいいのかもしれない。

日本が高度経済成長するまでは、わりと日本人はそんな感じだった。

『社会のためになりたい!』

『人の役に立つものをつくりたい!』

そうして業績をあげた人が賞賛されたんだ。



でも・・・

そうして成功した人のことがいつのまにか、

『こうして会社を大きくした…』

という話にすり替えられてしまった。



『こんな素晴らしい理念をもっていたからこんな大きな会社をつくることができた。』

『こんな社会に役に立つものをつくったから、大きな利益を上げることができた!』

なんて、、、

よく見るとおかしい。


よ~~~~くその意味を考えてみると、

『大きな会社になる』『利益を上げる』ことに焦点が置かれているよね。



実際、こういうことが書かれた本が、そこら中に出回ってる。

『大きな会社になる』『利益をあげる』が『成功』であって、

『社会のために』や『役に立つ』は、『要因』になってしまったんだ。



『人の役にたつものをつくれば成功できる』

『人をたくさん喜ばせば成功できる』

なんて、

よく読むフレーズだけど、よく考えるとすっごいおかしいよね!!!!


その人の信じる『成功』って何なんだろう?

やっぱり『お金』かな?(笑。でもみんなそういっているね。)



『人の役に立つことが成功だ』

『人をたくさん喜ばせることが成功だ。』


とは書いていないんだよね。



それに気づいたら、

前は「へ~~~、そうかあ。。。」なんて思っていたあのフレーズを言っている自己啓発で著名な人たちが、

最終的には人を幸せにする方法を教えているわけでもなく、

また、

本当には社会を良くすることをやっているわけではない、

ということが分かった。



ああ、だから、だんだん変になってくるんだな。

彼らの信じる『成功』をするほど、うさんくさ~~い感じになっていくんだね。





『成功』とは、『功』を成すこと。

あなたが思う『功』=『大きな業績』とはなにかを、一度深く考えてみよう。


そうしたら、あなたの『生きる意味』を、決められるかもしれない。








僕は子供の頃から、「幸せ」になる!と決めて研究や実践をしてきたのだと、あらためて思ったのでした。

最近、ちょっと「成功」しようかな、と思って躍起になっていて、どうもうまくいかなかったのでした。

…というのは、結局、僕には「成功したい!」という本質的な欲が結局あまり無いからで、

最終的に「成功する」ことを最優先にできなかったからなんですね。



なんでそんな混乱したか、というと、

結局今まで、「成功」と「幸せ」が、自分のなかではっきりと区別ができていなかったからだったようです。



今までは、

「『幸せ』になることも『成功』である」

「人によって『成功』の意味は違う」

と思っていたのでした。

でも、そうじゃなかった。



『成功』というのは、読んで字のごとく、

『功を成すこと』です。

つまり、大きな事業や業績を成し遂げることです。

これはつまり『社会的』な視点から『大きなこと』を成し遂げるということなので、

『幸せになる』ことは、まったく『成功』ではなかったんですね。



また、

『幸せ』とは「感情」や「気分」を表す言葉ですが、

『成功』は「状態」を表す言葉ですね。



僕がなかなか思ったように大きく成功できないのは、

それは当然で、

僕は『成功』については、群を抜くほど研究もしてないし、実践経験もないからだったのです。



『幸せ』については、

僕はまだ32歳ではありますが、20年以上それについて考え、研究し、実践してきたので、人よりあきらかに長じていますが、

『成功』について勉強しはじめたのは、アメリカに留学してからなので、7年くらいでしょうか。



そうやって考えると、今の自分の『成功』の状況は、

「まあ、そんなもんかな。」

という感じでした。(まあ、それでも、普通にみれば明らかに「成功」している方ですが。)

まあ、もちろん、他のことで様々な能力も上がっているので、あと3年くらいもあれば、

いわゆる『大成功』くらいはするでしょう。



でもまあ、とにかく、

ここからが本題なのですが(笑)、

今まで誰かに何かを教えようと思っていたときに、

「まだ成功してないからなあ・・・」なんて思って、つい躊躇していたんですが、

それは全く問題じゃない、ってことが分かったんですね。



そう、僕は『自然に幸せになる』ことの専門家であって、

『成功』の専門家ではなかった。

『成功』は、したい人をフォローするために研究しているけれど、本題ではなかったんです。



『幸せ』なら自信があります。

はっきりいって、相当幸せです。

何人も、有名な『成功者』『自己啓発の先生』にも会ったけど、

正直、『絶対僕が一番幸せだな。』と思いました。



そんなわけで、

これから『自然に幸せになる方法』を、

はっきりと『成功するための方法』と分けて、みなさんに教えていくことができそうです。



もう『成功』を『求める』時代は終わりました。

『成功』は『しちゃうもの』であって、なにはなくとも求めるものではなくなりました。

もちろん、そういう時代になることを感じていたので、『幸せ』を研究していたのですが。

これからは、いかに『より幸せ』であるか、が重要になってくるでしょう。

以前と比べ価値が『見えなく』なってくるのです。



中国もロシアも、たしかにこれから『成功』する国かもしれない。

でも『幸せ』な国ではないのです。

世界の価値はこれから『幸せ』の方へ向かっていくのです。



『幸せ』を求めると、

『自分だけが幸せであればいい』なんてことはできなくなります。

『幸せ』は、人との関わり、環境との関わりなしには手に入れられないことだからです。

『自分の幸せ』を求めれば求めるほど、

なるべく多くの人を幸せにしないといけなくなってくるのです。

そうすると、おまけで『成功』がくっついてくるのかもしれません。

そういう時代になるのだろうと思います。



日本人はこれから『幸せな国』を目指さなければいけない。

それは、まさに戦前に日本にやってきた外国人が感じた、『日本の特徴』だったのです。

日本には『幸せ』になるためのたくさんの知恵と技術があり、

そして、

『やまとごころ』という、世界で類を見ない『みんなで幸せになる』という思想、思想というより『文化』をもった国です。



みなさんも自分にちょっと聞いてみてください。

『成功』と『幸せ』どっちが大事?、って。

これからは、『幸せ』を求めましょう。



『幸せ』は『心のあり方』、

だから、誰でも、どんな状況でも、いつでも、手に入れて持ち続けられるものなのです。



みんなで幸せになりましょう!

なんか、とってもしっくりきませんか? グッド!
僕もたまには、なにもかも面倒になったり、嫌になったりして、

すべてを投げ出したり、やっていることをあきらめたくなることがある。

でも、僕はあきらめることができない。

だから、あきらめずやり続ける。



というのは、僕は人生というのは「一者択一」、

つまり、選択肢は一つしかない、ということを知っているからだ。

人生には「やる」しかない。

生きる、とは、やる、ことだ。



人にはそれぞれ見ているものがある。

夢だったり、成功だったり、幸せだったり、「いいな」と感じるものだったり、さらなる高みだったり、道だったり。

私たちには、ただそこへむかって「やる」以外の選択肢はない。



私たちが「やめた」途端、生きている理由がなくなってしまう。

私たちが前へ向かって進むのをやめた途端、人生は前へ進むことは決して無い。

前へ進むことがない人生は、そのまま時間が過ぎ、、、というかそのままであることすら決してなく、

私たちが望む方向へ進むこともまた決して無く、

そして人生の終焉を迎えることになる。

『あきらめる』ということは『そのままで死ぬまでの時間を過ごす』ということ。

だから、今日死んでも100年後に死んでも、なにも変わらない。



『それでもいいじゃないか。』

理屈としてはそう言うこともできる。

でも、残念ながら人間の心、自然はそれを認めるようにはできていない。



じゃあ、それを認めるためにはどうしたらいいか?

自分の思考、想い、感情、感覚、ついには存在を消していくしかない。

結局そこにあるのは、ある種の『死』である。



人間は『やって生きる』以外は、生きていないのと同じことになってしまう。

だから『やるしかない』のだ。



もちろん、『休む』ことはできるし、

人にはときには長い休息は必要だ。

でも、その後には、やっぱり自分の『前』に向かって歩き出すしかない。



死ぬまで歩き続けるのか、歩き続けなかったら死ぬのか。



そういえば、

みなさんは、『ご飯を食べないで生きられたらいいのに。』と一度でも思ったことはないだろうか?

でも、食べないと生きられませんよね。



ご飯を食べることをやめたなら、そこにあるのは『死』だけ。

決して、突然お腹がいっぱいになることなんてない。

生きるためにはご飯を食べる(本来は、食べ物を穫りにいく)必要があるし、

ご飯を食べることで生きていく。



生きるとは、まさにこういうことなんだ。



だから僕は『疲れたな』『もう終わりにしたいな。』と思っても、

明日もあきらめず、へこたれずに進みつづけるのです。



そして、貴重な生命を与えられた毎日の幸せに感謝しながら・・・