続きです。




前回の記事を踏まえて、

これからの発想は、

自分が好きや得意ではないもの直面したときは、

「これはどんな人にやってもらったらよりうまくいくのだろうか?」

と考えるようにしてみます。




ようするに、

自分が直面していることの「専門家」は誰かを考え、探すことですね。




今日はこれまで。
キマです。




もし、私たちが、

掃除や料理をする時間を、

もっと子育てに使えたなら、

もっと仕事に使えたなら、

もっと好きなことに使えたなら、

私たちは何ができるでしょうか?




人生において、

もっとも重要で、

失ったら二度と手に入らないものは、

『時間』です。




でも、ときどき「成功者」の人の本には、

「時間はお金で買える」

と書いてあるんです。




そう、

自分がやるべきではないことは、

他の人にやってもらえば良かったんです!




家族で、

家事を誰かに「担当して」もらうように、

自分がやりたくないことは、

他の人にやってもらう。




その代わりに、

たとえば、自分はその人の「生活費」を稼いであげればいい。




これがいわゆる「時間とエネルギーのレバレッジ」です。




人には得手不得手があります。

ようするに、

時間の効率が良いものと悪いものがある、

という意味です。




1時間で100万円稼ぐことができる人は、

家事は、家事が好きな誰かにやってもらった方が、

お互いにいいわけです。

家事が好きな人は、

その間に、自分の好きなことを考える時間にエネルギーを使えるかもしれません。




でも、

もし逆だったら・・・

1時間で100万円稼ぐことができる人は、

家事をやりながらイライラしたりして、

ムダな考えにエネルギーを使ってしまうでしょう。

家事が得意な人は、

苦手な仕事で働いていることで、毎日心配ばかりしているかもしれません。

お互いに何も創造的な結果を生み出しませんね。




クリエイタータイプの人は、

クリエイティブなことを考えることに時間を使いましょう。

手を動かすことで仕事がどんどん発生する職人さんタイプの人は、

手を動かせる時間をどんどんつくりましょう。




時間は他のことが得意な人と

「交換」しましょう。

お金を介してでもいいです。




「天才」と呼ばれる人たちは、

掃除ができなかったり、

ご飯をちゃんと食べなかったり、

服がいつも同じだったりと、

生活の面からすると「ダメ」なことも多かったみたいです。

そうでなければ、家族に負担をかけることも。




でも、だからすばらしい業績が遺せたんですね!

彼・彼女らは、

1つのことに(結果的に、かもしれませんが)、

時間とエネルギーを集中したんです。




ある1つ(またはいくつか)のことに対し、

他の人より長い時間を生き、

他の人よりエネルギーを投入したんですね。




「成功者」が、

家政婦やら運転手やらなにやらと人を雇っていたのは、

『怠けている』からじゃなかったんです。

自分の得意なことや、

『自分の役割』に、

使える時間とエネルギーをすべて投入していたんですね。




僕も、ある程度は分かっていましたが、

もっともっと「偏らせて」いこうと思います。

これからはそうやって生きていきたいと思います。

時間とエネルギーにしっかりとレバレッジをかけて、

そこから生み出すものをドンドン増やしていきたいと思います。




それはまさに『錬金術』。

材料は同じ。

他の人が人生で使っている、同じだけの『時間』と『エネルギー』。

でも、そこから生み出されてくるものは、

まぎれもない『金』なのです。
キマです。

心理学からコーチングから、古い日本の知恵やら、スピリチュアルな世界やら、

いろいろなものを研究してきましたが、

ここに来て、

ようやく一つのまとまりを得ました。




わかってみれば、

そういえば、某・伝説のビジネススクールでもそのようなことをいっていたし、

陰陽道でもいっているし、

友人の天才ヒーラー(霊能者?)もそうしているし、

アンソニー・ロビンスやらなんやらもそういっていたし、

そういえば、

歴史上に名を残している人もみんなそうやっていたかもなあ、

って分かったんです。




そんな、僕が気づいた、人生においてかなり重要なこと、

というか、

これはもっとも重要なことの1つじゃないの?

なんてことを今日はお伝えしたいと思います。




わたしたちは、毎日、何をしているでしょうか?

朝起きて、身だしなみを整え、

朝ごはんをつくって食べ、

服を着て、

通勤したり、

掃除や洗濯をしたり、

買い物をしたり、

またご飯をつくったり、

で疲れて休憩をしたり、

そんなことばかりやっていますね。




また、

朝起きては、「あ~今日も仕事だいやだなあ」とか、

通勤途中では、「あ~しんど。あっ、なんだこいつ!」とか

家事をしながら「今日のご飯は何にしよう。。。」

とか考えています。




でも、それらはあなたがやりたいことに何か関わりがあることなのでしょうか?




私は今日、

朝起きて気づいたのは、

(旅行から帰ってきたばかりなので)部屋がグチャグチャになっていて、

まずこれを掃除してから、つぎにご飯をつくって、、、

とか考えていたからです。




こういったことは本当に必要なのでしょうか?




僕は、今日までは、

そういった日常的なことを全部きちんとできることが、

人間にとって大事なことだと思ってきました。




もちろん、それは一理あるのは確かです。




実際には、そういった毎日の「雑務」をきちんと行うことを、

『修行』(=行いを修める)

といったのです。




「雑務」=「生活」です。

人が生きる、ということは、

雑務が発生する、

ということです。

雑務をしなければ、生きていません。




でも・・・それを自分がやる必要があるのでしょうか?




これはあなたが1人で生きているなら正しいですが、

幸か不幸か、私たちは、1人では生きていませんね。




家族という単位でなら、

「役割分担」が決まっています。

たとえば、よく見られるのは、

夫が外で仕事をして生活費を稼ぎ、

妻は家事をする、

などですね。




家族ではするのに、なぜもっと大きな単位でできないのでしょうか?




できないはずはない、

というか、

今も昔も、

なにか大きなことをしている人は、

みんなそれをやっていたんです。




「優秀な人」と呼ばれる人の陰には、

かならず「名女房」と呼ばれる役割の人物が欠かせません。

逆にいってしまうと、

「優秀な人」というのは、

どこかが「偏っている」わけです。




でも、家族におけるそれぞれの役割も偏っていますよね。

そう、「偏り」は問題ではなかった。




問題は、

「何をするか」だったんです。




明日に続く・・・