キマです。

今日は、実質的に前回の続きです。



前回は、

とりあえず「テキトー」にでも「やってみよう」。

という話をしましたね。



でも、

「それなら、質が悪いじゃない。」

というのが、みなさんの思うところ。




これが、違うんです。




質は量によって生まれます。

これは

王道、

鉄則、

100絶対です。




量をこなさない人には、質の良いものはつくれない。

もし近くに「名人」と呼ばれている人がいたら聞いてみてください。

「あなたはこれまでにどれくらいの数の○○をつくってきましたか?」

って。

かならず、想像以上の数を答えるでしょう。




人間は、

量をこなせば、自然に質をあげていく特性があります。




それは、

脳が、ムダなことをイヤがり、

効率化をしようとするからです。

脳がムダなエネルギーを使わないようにするためですね。




これは、

ひたすら「考えているだけ」では起こりません。

なぜなら、

「考え」というのは、

「記憶」のなかでしかできないから。

つまり、

「新しい情報」が一切ないから、

なんです。




脳が新しい情報を見つけるとしたら、

それは「閃き」の瞬間だけ。

でも「閃きの瞬間」なんて、ほとんどありませんし、

閃きが上手な人は、

とにかく情報収集をしますから、

そのための「素材」も怠っていません。

決して、「考えていたから、閃いた」だけではない、ということです。



話は戻って、

質を高めていくためには、

量をこなす必要があり、

量をこなしていれば、自然に質は上がっていきます。



ただし、ここで1つだけ条件があります。

それは、

「それを続ける必要性があるなら」

ということです。



ほとんどの人は、

ある量をこなすと、それがイヤになって、やめてしまいますね。

でもこれも、脳の特性です。

ようするに、

「イヤならばやめる」「やめられないなら効率化する」

の2つの選択肢しかないわけです。



というわけで、

やめられないなら、

もっとポジティブにいえば、

やめないなら、

とにかく量をこなすことで、

質が上がっていきます。



こんな話を聞きます。

営業のトップたちは、訪問件数がダメな営業の人より何倍も多い(かった)、

という話。

とにかくダメもとで、手当たりしだいに飛び込んで、

ダメでも次、ダメでも次、

とやっているうちに、次第に

「アレ、これが営業のコツ?」

みたいなものを掴んでくるのです。



起業家でも、

大成功した人はよく失敗している、

という話を聞きます。

これは逆にいうと、

たくさん失敗したから、成功した、といえます。

とにかく思いついたらやってみて、

コケても次、コケても次、

とやっているウチに、次第に会社経営のコツが掴めてくるんですね。

これは僕も実感してますが。




まあ、そんなわけで、

質を重視するなら量をこなしましょう、

量をこなしているなら質は必然的に上がりますよ、

量をこなさないで考えているだけの人は絶対に質を上げられませんよ、

とにかくコケてもいいのでやりましょう、

というお話でした。



人はとにかく10秒のスキでもあれば、

悩んだり、考えたりする生き物ですから、

「量だけこなしても質はあがらないのでは?」

なんて心配はご無用。

ついつい考え、質をあげてしまうことから逃れられないのが、

人間の性分(サガ)ですから。



今日は、これまで。






キマです。



今日は、知人の紹介でペット博に出展していて、

そこで社長二人の素晴らしい営業を見て、

あらためて思うことがありました。



すべては行動から生まれる。



ということです。

とはいえ、

それはわかっていてもできないのが、みんなの悩みどころ。

それがなぜなのかを、今日は考えてみましょう。



多くの人がなにかをしようとするとき、

ついつい「構えて」しまいますね。



でも、

人は「構える」と動けなくなってしまうんです。



たとえば、走るために構えるとしましょう。

そうすると、動けなくなりますよね。

それを「動かす」ためには「合図」が必要なのです。

「バーン!」という、例のヤツですね。



でも、人生には大概そんなもんはありません。

合図なんて、だれも出してくれない。

だから、「構えた人」たちは固まったまま。



人生での合図は、

自分で出すものですが、

これを出すのが難しい。



というわけで、

「構えた人」は動けなくなってしまうのです。



じゃあ、どうすれば?

となりますが、

とりあえずまずテキトーにやってみりゃーいいんです。



「テキトー」がどうも日本では軽視されますが、

よく日本語的に考えれば

「テキトー」は「適当」。

「程度などが、ほどよいこと。」ですよ。



動けないのは、そもそも目的にかなっていませんから、論外。

ということは、

動けることが前提なら、

「テキトー」で動けるなら、それは「適当」ということです。



まずテキトーでやってみる。

構えずに、いい加減でやってみる。



これが実は、知恵なのです。

だから「適当」「いい加減」なのですね。

えへん。

マジメちゃんには、つらいね。
キマです。



夢の実現とは、

「未来」と「過去」の書き換えです。



だから、

「夢」をもつとき、

それが「自分にはできそうもない」

ものでない場合には、

それは「知っている過去」

の延長になるので、

「知っている未来」

となってしまいます。



「夢」は、

「うわ、自分にはできそうもない・・・」

とおもうものでなくてはいけません。



ここでいう「自分」とは、

古いパターンや観念をもっている自分です。



つまり、

今までの過去からの延長線上に「夢」を見ようするので、

ムリが生じるのです。

当たり前といえば当たり前です。



「夢」は、「今の自分」から、

飛躍しているから「夢」になります。

でも、「飛躍している」と思う、ということは、

「今までの自分の延長線上にない未来」なのです。




基本的に「記憶」というものは、

「幻想」です。

「記憶」は、「今」からできていきます。

そして、「想定される未来」へと繋がっていきます。



人生を変えたい!

と思うなら、

「未来」を変えなければいけません。

そして、

「その未来」から、

「新しい過去」を作り直さないといけないのです。



たとえば未来を、

「自分が世界に名をとどろかすようなセラピストになる!」

とするとしましょう。



では、

その「未来」への道程として、

「今」と「過去」はどう読み直せるでしょうか?

どうあるべきでしょうか?



・ずっと平凡な人生を歩んできて、それがイヤになって飛び出した。そのためにその「平凡な期間」はあった。

・たくさんの人を助けるため、社会にいる身近な悩みをたくさん知るための時間だった。あの経験がなければ、たくさんの人を救えなかっただろう。今考えると、貴重な出会いがいっぱいあった。

・自分が虐待された体験がなかったら、たくさんの同じような境遇の子の微妙な気持ちを理解できなかっただろう。


なんて読み直せるかもしれません。



でもほとんどの人は、

・自分は平凡な人生を歩んできた。世界で有名になるような大きなことはできない。

・自分の人生には、メンターとなるような人がいなかった。貴重な出会いさえあれば・・・

・自分はやりたいことがいっぱいあるけれど、どうもトラウマが邪魔をして。。。

なんて信じ込んでしまうのです。



「過去」「現在」「未来」というのは、

「事実」ではないのですから、

つくりかえるのはカンタンです。



でも、

自分が「今」、「信じている過去」を、

無意識にもっているならば、

「未来」はその延長線上になってしまうのです。



今日はわかりにくいので、図を書いてみました。(^^)
(転載は自由ですが、画像はそのまま使ってください。)

$臨床自然学研究所~自然に幸せでいるための方法






そのために、

まず「今の自分にはできない夢」をつくってみてください。

そして、その「未来」から、「過去から今」までの体験の意味づけを変えてみてください。

そして、後は、

その未来への道で、「さらに必要な知恵や経験」をドンドン学ぶだけです。



決して「今と過去の延長」で「未来」を考えない。

これだけは忘れないでみてください。

自分を制限しているのは、

自分以外にないのですから。



ではまた、次回。