こんにちは。



まあちょっぴり低血圧でどうも朝が弱い僕が、

いろいろと試してみて、いい感じなのが、このスッポンスープ。俺、亀梨!

$「何のために、どう生きる?」~ パーフェクトライフ総合教育研究所




低血圧で悩んでいる方って結構多いと思うのですが(とくに女性の方)、

朝起きて、あの体が動かない感じや、

気を抜いたら眠ってしまいそうな感じってイヤですよね。むっ




僕も、

別にヤル気がないわけじゃないし、

きちんと起きられる。

でも、体が動かないんだ!

ってなんとも、悔しい感じがありました。




そんなこんなで、

なんとか血圧を上げる食べ物や方法を探したのですが、

これが案外と無い。

「高血圧を下げるダウン」ってのはたくさんあるんですが・・・。




そんな時、

以前に、はじめてスッポンスープを飲んだときに、

鼻血血が出そうになったことを思い出し、

飲んでみたのが始まり。

それから確実に、朝がツラくなくなりました。




東洋医学的には、

スッポンは、「血」をキレイにする、という効果があるそうです。




だから、

低血圧だけでなく、

高血圧の方にも良いようですよ!




一本500円程度と高いですが、

1日1本飲む必要は無く、

1日に缶半分くらいで良いし、

毎日飲まなくても良いので、

それほど経済的にムリもないでしょう。




飲んだ日だけ、

ってんでなくて、

ある程度続けて飲んでいると、

しばらくは飲まなくても調子が良いようなので、

持続性もあるようです。




朝が辛くて困っている方、

ぜひ試してみてください。ニコニコ




PS.

ちなみに、

僕が飲んでいるのは、

「村上」というメーカーのもの。

ただ単純に、近くのスーパーにあった、というだけの理由ですが。。。





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今日のWired Visionの記事で、

僕が水口先生と播磨陰陽師の尾畑さんから学んだ「場」「群れ」という概念が、

少しだけ科学で研究されてきていることが分かりました。

http://wiredvision.jp/news/201006/2010062223.html




もちろんココには、

尾畑さんがもっているような深い知恵に達するようなことは何もかかれていません。

まさに今から、それを探っていく、という旨が書かれているだけです。




科学で、

僕が尾畑さんから聞いた「主(ぬし)」というモノにたどり付くかどうか。

「群れ」が集まることによってできあがる「集合的な意志」にたどり付くかどうか。

楽しみなところです。




「群れ」や「場」は、

結局、私たちの生命体と同じといえます。




わたしたち人間も、

60億という細胞の「群れ」でしかありません。




それぞれに「意志」と「生命」をもった個体が、

なぜバラバラにならずに、

しかも世代交代を続けてまで、

「1つの個体」として生き続けられるのか?

また、

「1つの意志」をもって活動するのか?

といったことへの答えが、

この研究にあるのです。




また、この研究がもたらすものは、

「場」のなかで生きる私たち個々の人間が、

いかにその意志や思考を「場の主」という集合的意志によって決められてしまうのか、

ということです。




私たちが「自分のもの」と思っている意志決定や、

「自分が決めている」という行動が、

実は集合的な意志、つまり「主」が決めているもののためにあるとしたら?




人によっては恐怖を覚えるかもしれません。




でも、それを知り、

それを操ってきたのが、

古代の日本人の知恵であり、

本来の日本的な意味での「神」(といってお「神」の全てではない。)でした。




こういった研究が進むにつれて、

日本古来の知恵はますます脚光を浴びてくるでしょう。




心理学の世界では、

すでにこの「場」による個人への影響は、

30年前くらいから知られており、

実際にセラピーの現場で使われています。




ゲシュタルトセラピーや、

ファミリーコンステレーション、

プロセスワークなどでは、

いかに私たち「個人の振る舞い」が、

「場」の「役割」を演じているかが、

目の前で体験的に理解されるのです。




最近の「成功」や「天才」の研究では、

結局「成功が起こること」や「天才の出現」は、

「個人」だけに起因するのではないことが分かりつつあります。




「成功」したいなら、

「良い環境」「良い仲間」、そして「良い機会が与えられる場」にいなければなりません。

そして、それを提供できる可能性があるのは、

やはり「家」なのです。

私たちが本当の意味で「個人」だけの自分の努力でつくっていけるものというのは、

実は大したものではないようです。




住んでいる環境、

一緒に過ごす仲間、

付き合う人、

食べるもの、

眠るところ、

環境、

を大事にしましょう。
今日は、子供の教育に関して、

「自立」ってことについて、さらっと書きたいと思います。




「自立」って、

文字から考えても、

「自ら立つ」ってこと。




これに似たようだけと違う言葉は「独立」。

これは、「独りで立つ」ってこと。




よくこれが混同されている。




「自立」っていうのは、

ちょっと分かりやすくいうと「自発的な意志で立っていく」

っていうことです。




なんとなく成人になって、

「みんなそうだから」と社会に出て、

給料を稼いで暮らしていく、

っていうのは「自立」ではない。




親に頼らず生きていく、

っていうのも「自立」ではない。




「自立」っていうのは、

子供が、

自ら立とうとする「意志」であり「行動」のこと。




つまり、

「自立しなさい!」

って他人から言われるのは、

決して「自立」には成り得ない。




「自立」するには、

それまでの「子ども」のプロセスがしっかり終わっている必要がある。

愛されること、

甘えること、

赦されること、

守られること。

そして時には、突き放されること、叱られること。




それらをしっかり体験し、

それを与えてくれた親の苦労と愛情を知ってはじめて、

「もう自分でやっていこう。」

と思う。

そして立ち上がる。

これが『自立』だ。




「子育て」や「人育て」は、

決して「結果」を求めて焦らず、

一見「周り道」に見えるようなことを、

1つ1つ、確実に、終わらせていくことだ。




きちんと自分で上がった階段は、

決して降りることはないのだ。




人間は偉大で、

ちゃんと自然に成長する。

ただし、ちゃんとプロセスを踏めば。




種は突然大木にはならない。

芽から突然花が咲くことはない。

一本の枝から突然たくさんの実がなることはない。

でも・・・

きちんと「種」から芽が出るのを待ち、

枝が伸びていくにつれ、

必要な栄養を与え、

成長を抑えるものはきちんと取り除いていくことで、

その「種」は「大きな木」になる。




人間も動物で、

自然の一部だから、

本来ならば人間は自然に「自立」する。

他人に「依存」するホ乳類なんていない。

いつまでも親に甘えているホ乳類なんていない。




でも、

与えるべきときに与えないと、

取るべきときに取り除かないと、

自然はカンタンにダメになる。




ただでさえ、

今の社会は「自然」ではないから、

ただ放っておいては人は自然なプロセスは踏まない。

「放任」と「自然」とはまったく異なるのだ。




適切な時に、適切な対応をしてあげること。

それが大きな木を育てるのだ。

自分で生きる力を持った、イキイキとした「木」を。