前の記事の続きで、

・・・ということで、これから人財を募集したいな、と思いました。




もちろん、すぐに雇用!・・・というわけではなく、

とりあえず知りたい。




どんな人がいて、

どんなことをしたいと思っているのか。

何ができるのか。

そんなことです。




ボクは人の心に関しての知識や、

もっと深い、たとえば「集団」についてなどの知識は豊富ですが、

また、ビジネスなどについても、「根源的な法則」などについては詳しいです。




ですが、逆に「一般常識」的なことは分かりません。

なにしろ就職経験がないものですから。




もちろん、ときに「就職した方が良いだろうか?」

と迷ったり、不安になったりすることもありますが、

「『常識』がないからこそ、新しいものが見えるはず」

とがんばって、自分の立ち位置にとどまっています。




とはいっても、ビジネスでの「一般常識」は必要だと思っています。

ですから、そういうことに詳しいビジネスパートナーとかいれば、

最高ですよね。




そうそう、

僕、昨日思ったことがあったんです。




何かのビジネス系の記事に書いていたのですが、

「草食系男子が経済をダメにする」

とありました。




でも、これからは絶対に「草食系」の時代なんです。




しかも、実は、草食の動物の方が、

自然界においては優位なんですね。




ほとんどの人が、

「草食動物を食べる肉食動物の方が優位」

と思いがちですが、

本当の自然界はそうではありません。




肉食動物は、ほとんどの時期は飢えているし、

捕まえられるのは、そもそも「老いた動物」、「子供」、「病気になった動物」だけなんですよね。




まともな大人の草食動物を捕まえることは、肉食動物はほとんどできない。

捕まえられたとしても、「群れ」になって、やっと一匹の動物を食べるだけです。

それも強い肉食動物だけ。

その他の肉食動物は、その動物が残した「残飯」にありついているのが『真実』です。




ということで私たちが今から考えるべきなのは・・・?

つづく。
そろそろちゃんと社員を雇って、会社を大きくしなきゃな~~~、

と思って、会社の未来像を考えました。




ビジネス!といっても、ボクはやっぱり子供との時間も大事にしたい。

家族との時間も大事にしたい。

そして、社員との家族付き合いもしたい。

そう思いました。




「あ、こんな会社がいい!」

とイメージが見えたのは・・・




一言でいえば、

昭和のはじめ頃の、日本の小さなお店。




お店の中の片隅で、

そのお店の子供がお勉強をしている姿。




あ、そうそう、これがきっと会社のあるべき姿なんだ!

と思いました。




会社には、子供部屋があります。

子供部屋は、大人が仕事をする部屋とは防音のガラスで仕切ってありますが、

子供からはいつもお父さんの姿が見えるのです。




でも子供はいつでも大人の部屋に入っていい。

でも、「やるべき時」は、親は子供に「今はダメ。」と伝え、

子供はきちんとその空気を読んで、大人の邪魔をしないのです。




子供部屋には、保母さん、または、社員の奥さんや旦那さん(仕事していない方)がいます。




会社には台所もあり、

ときにはみんなでご飯を食べることもあります。




これが私の望む会社、

そして、子供が本当に育つ場所だと思います。




親の働く姿を見て育つ子供。

空気を読み、ちゃんと対応する子供。

たくさんの異年齢の子供とともに育つ子供。

たくさんの「親」に愛されて育つ子供。

子供が自分たちでケアしあう場。




これが私が求める職場でした。

だから、これから・・・・



下の記事で書いた、

「心理音響学(Psycho acoustics)」についてですが、

じゃあ、心理音響学って何?

と調べると、

下の件で書いている、ある意味での「臨床心理」的な研究より、

実験心理学、というか、認知心理学的なアプローチが多いようです。




つまり、

「音楽が人にどういう影響を与えるか」

という研究は基本的にほとんどなく、

「音を人はどう処理するか」

ということがほとんど、というわけですね。




まあたしかに、

ほとんどの人が「心理学」と聞くと、

「人の心を扱う」学問だと思って興味を示すけれど、

実際にいざ心理学を学びはじめると、実験的で、機械的な研究ばかりして、

「こんなん『心』の学問とちゃうやん?!」

と思ってしまうのと同様なのでしょう。




実際、臨床心理、つまり、一般的にみんなが考えるところの「人の心」は、

まだまだ全然解明されていないといって過言ではない。




それがゆえに、「ウツ」が社会的な病気として蔓延しても、

「心」へのアプローチ、というより、

「脳内科学物質」へのアプローチにならざるを得ないわけですね。

(つまり、治療のほとんどは「クスリ」になってしまう、ということ!!!)




まあ、でも、僕が長々と「人の心」の研究をきたなかで、思ったのは、

「心」という括りが本質的に間違っていた、

っていうか、

「心」はあくまで、ほとんど部分で実体のない、

言ってしまえば「映画」のようなもの、

ということ。




つまり、「心」に直接アプローチするのは、

映画を見ながら、映画を変えていこうというような、

なんというか「そりゃ無理やろ」的な考え方でしかない、ってこと。




「心」は結局「身体」や「環境(周りの人も含む)」の『投射物』でしかない。

「心」はつまり、「独立」して存在していないので、

「心」を変えたかったら、もっと、それこそよく言うように「ホリスティック(全体的)」にアプローチしていかないと、いけませんね。




「音」1つとっても、

本当にちょっと理解して、音環境を変えるだけで、

猛烈にストレスが減ったり、集中力があがるのですから、(いいですよ、犬のCD ^^)

そりゃ、本当に、生活のなかで、いろいろとストレスが溜まるものが溢れていたら、

そりゃあウツにもなりますよ。




こういうことを広めたいけれど、

やっぱり「広める」ってことの専門家がいりますなあ・・・

と思う今日この頃。

どこかに有能なマネージャーいないかな~~~~★




それでは。