この前、幸福度を上げる会に参加されている方から、

「キマさんは、『愛』とはなんだとおもいますか?」

とご質問をいただきましたので、回答しました。

この回答については、かなり確信があるのでシェア。




「愛」とは、

生み、育む力をもっているものに与えられる名称。




なお、

心がじわ~~~~んとなるとかは、

「愛情」=「愛を持っているときに起こる(感)情」であって、

「愛」自体ではないのです。




で、肝心なのは

「守ること」は「愛」ではない、

ということだと思います。




「育む」ために一時的に「守る」ことが「手段」として必要であっても、

やはり「守ること」は「愛」ではない。

当然、

「与えること」も「愛」ではない。





「これは愛だろうか?」

と何かについて考えるとき、

「それが、なにかを生むのか、育むことになるか?」

を自問自答すれば良いのです。





じゃあ、「育む」って何よ?

と言われたら、

僕は「自然を見なさい」というでしょう。

「命が輝くこと」

それが育まれることによって起こることです。

万が一それが「分からない」というなら、アナタさすがにちょっと問題ですよ、生き物として。




うんざりする、

ヤル気がなくなる、

そういったことは、

「その人のため」と思っても、

やはりあまり育むことには繋がらないのですね。




いつも「命の輝き」を活目して見よ!
多くの人が「幸せ」について研究してますね。

そして、欧米でも、いろいろな方法が研究されています。

しかしなぜ、まだ世界的に、

「私は幸せに溢れています!」

と堂々と胸を張って言える人が少ないのでしょうか?




それは、

1,「予測」の間違い

2,「認知」の間違い

3,思考と心の違い

が原因です。





まず1の「予想の間違い」ですが、

最近の心理学的な調査により、

ほとんどの人の「予測」は、たいてい間違っている。

ということがわかってきています。




つまり、

「これをやったら幸せになる」

とみんな努力をしたとしても、

「これ→幸せ」

にはなかなかならない。

ということですね。




次に2ですが、

僕は実はコレが、現代の人の悩みのほとんどだと思っています。




つまりは、

「こうなったらいい!」

という「理想」と、

私たちが「ヒト」という生き物として実際に感じることは、

異なる、

ということなんです。




ここ100年くらい、

日本は西洋の「個人主義」を取り入れてきたわけです。

これが、もう普通にわからないレベルで、

「思想的前提=パラダイム」

として入りこんでいます。




しかし、

「自己」なんてものは、

そもそも「脳」が作りだす「幻覚」・・・

とまではいきませんが、

「1つの機能」でしかないのです。

が、西洋はその「自己」を、

すべての「中心」として世界をつくろう、

としている。

そこで無理があるんです。




「自己」を「第一義」に大事にしようとする世界は、

ヒトという生物には生きづらい世界なんです。


ここが根本的に間違っているんですね。

だから、

「やればやるほど幸せにならないサイクル」

に現代は入っている。

と理解しなければなりません。




いくら自分が「ああ、これがステキだな。」「こうなったらいいな」と思ったとしても、

たいていの場合は、それを実現すると、

「ヒト」という生き物として「不都合」を感じます。

だから、私たちはこの100年間ほどで、

どんどん「得て」いるようで、

実はどんどん「失って」いるのです。



つづく・・・



「成功」で「幸せ」が得られなくなった人間が

次に「何」をえると「幸せ」を無自覚に得られるようになるか

というと・・・

「宇宙(他人)との合一(感)」



「自分が生きている・やっていることには意味がある、と実感できる何か」

ということになります。




だから、

経済的に成功した国で

「スピリチュアル」



「利他行動」

が流行るのは自然な流れ。

でも、当然これも限界があります。




なぜなら、はじめから言っている通り

「幸せ」は、その他のものと「=」ではないからです。




あることを示す言葉が違う

ということは

それは「別のもの」

ということなのです。

だから「幸せ」になるには、

「幸せ」を得ない限りは、

幸せにはなれません。




「幸せ」は、

「幸せ」として単独で存在しています。




では、あなたが「幸せだ」と感じるものはなんでしょう?

なにがあなたの「幸せ」なのでしょうか?




「幸せ」がわからない人は、

幸せになりようがありません。




まず自分の「幸せ」=「幸せそのもの」、

を知ること。

そこが「幸せ」になるための扉なのです。