この前、幸福度を上げる会に参加されている方から、
「キマさんは、『愛』とはなんだとおもいますか?」
とご質問をいただきましたので、回答しました。
この回答については、かなり確信があるのでシェア。
「愛」とは、
生み、育む力をもっているものに与えられる名称。
なお、
心がじわ~~~~んとなるとかは、
「愛情」=「愛を持っているときに起こる(感)情」であって、
「愛」自体ではないのです。
で、肝心なのは
「守ること」は「愛」ではない、
ということだと思います。
「育む」ために一時的に「守る」ことが「手段」として必要であっても、
やはり「守ること」は「愛」ではない。
当然、
「与えること」も「愛」ではない。
「これは愛だろうか?」
と何かについて考えるとき、
「それが、なにかを生むのか、育むことになるか?」
を自問自答すれば良いのです。
じゃあ、「育む」って何よ?
と言われたら、
僕は「自然を見なさい」というでしょう。
「命が輝くこと」
それが育まれることによって起こることです。
万が一それが「分からない」というなら、アナタさすがにちょっと問題ですよ、生き物として。
うんざりする、
ヤル気がなくなる、
そういったことは、
「その人のため」と思っても、
やはりあまり育むことには繋がらないのですね。
いつも「命の輝き」を活目して見よ!
「キマさんは、『愛』とはなんだとおもいますか?」
とご質問をいただきましたので、回答しました。
この回答については、かなり確信があるのでシェア。
「愛」とは、
生み、育む力をもっているものに与えられる名称。
なお、
心がじわ~~~~んとなるとかは、
「愛情」=「愛を持っているときに起こる(感)情」であって、
「愛」自体ではないのです。
で、肝心なのは
「守ること」は「愛」ではない、
ということだと思います。
「育む」ために一時的に「守る」ことが「手段」として必要であっても、
やはり「守ること」は「愛」ではない。
当然、
「与えること」も「愛」ではない。
「これは愛だろうか?」
と何かについて考えるとき、
「それが、なにかを生むのか、育むことになるか?」
を自問自答すれば良いのです。
じゃあ、「育む」って何よ?
と言われたら、
僕は「自然を見なさい」というでしょう。
「命が輝くこと」
それが育まれることによって起こることです。
万が一それが「分からない」というなら、アナタさすがにちょっと問題ですよ、生き物として。
うんざりする、
ヤル気がなくなる、
そういったことは、
「その人のため」と思っても、
やはりあまり育むことには繋がらないのですね。
いつも「命の輝き」を活目して見よ!