自分の長女もはや年長さん。

来年はもう小学生だ。




今通っている学校の卒業生の子にあったり、

そうしているウチに思うことがある。




基本的に

いわるゆ学校教育というのは

「他人に勝つ」ため

に作られている

ということだ。




「人生をよりよいものにするため」

というのなら

なぜ「なぜ?」がないのか。




算数や国語、理科なんかは

まだ良いと思う。




でも「社会」とか「数学」とか

そういうものになってくると

「なぜ?」

がなければ

どうにも役立てることができない。




でも、

とりあえず詰め込んでおけ、

というのは

やはり「人に勝つ」ためだと思われる。




たしかに学校教育というものは

本来「国家戦略」的なもので

「国が強くなる」

ためのものだ。




とはいえ、

今の学校教育には

「国が強くなるとはどういうことか?」

という理念すら欠けているように思える。




僕は、

「人生を楽しむこと、

人生に喜びを見つけること」

その方法を教えること

さらに深めること

それを教える教育が良いと思う。




人が栄える、

ということが

国家が強くなる、

ということでもあるし

国家戦略にも間違っていないと思うし。




たとえば

問題になり

ついには廃止されることになった

「ゆとり教育」。





普通に考えれば

「ゆとり」なんて与えて

何かが生まれることなんてない。




たとえば大人に

「じゃあ、明日休業にしましょう。」

といったって

ダラダラ過ごすだけの人がほとんどでしょう。

だって

「人生の楽しみ方」

を知らないからです。




休んでるヒマがあったら
遊べ!!!






僕が新小学生の話を聞いていて思ったのは

子どもであっても

「遊ぶ時間」がぜんぜんない

ってこと。





小学生になったら

朝から夕方まで
(塾などいっている子は深夜まで)

ずーーーっとお勉強。




だから「ゆとり教育」でなくて

「遊び教育」

をつくればいいと思うんです。




毎週土曜日は

さんざん遊ぶ時間。

1日、

学校で

友達と一緒にさんざん遊ぶ時間。




たまに「遊びのプロ」がやってきて

いろいろな遊びを教えてくれる。




マンガや絵の描き方を教えてくれる人

お芝居をする人

伝統的な遊びを教えてくれる人

アウトドアを教えてくれる人

ジャグリングを教えてくれる人

スポーツを教えてくれる人・・・・

いっぱいいっぱい

「遊び方」を教えてくれる人が集まって

一緒に子どもたちを遊べば

子どもも「TVゲーム」なんかじゃなくって

自然に「遊び方」を覚えます。





毎週土曜日が
そんな日だったら
生きることがどんなに楽しくなるでしょう?





遊ぶこと

楽しむことが

脳を活性化し、

仕事のパフォーマンスをあげることも分かっている。




簡単じゃありません?

「遊びの時間」

をつくるだけでいい。




強制的にも「遊ばせる」ことって、

いろいろな視点でどう考えても

とってもステキなことだと思います。




文科省の方がいたら

ぜひ「遊び教育」について考えてほしいです★

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「人生にミッション(使命)が欲しい」

「自分が何の役割をもって生まれてきたか知りたい」

そんなことを言われている人、結構いますね。





ちょっと友人との間で起こっていることで

ふと思い出したんだけど、

「ミッション」なんて

いつも私たちの周りにあるんです。




私たちが生きている限り、

私たちはつねに

さまざまな

社会問題



価値観

の中で生きているのです。




その中で

僕らはつねに

何を表現し

どんな行動をするか

を問われています。





たとえば

「体に良くないけど安い食べ物」

と出会うとき、

選ばない、買わない。

お金に余裕があるわけではない。

「体に良い!」というはっきりとした実感があるわけでもない。

でも、

それを良いとは思わない。

だから選ばない、買わない。





他にも、

毎日いろいろな仕事をするなかで

「こんなことあっていいのか?」

と思うこと、

「もっとこうだったらいいはずなんだけど」

と思うこと、

いっぱいあります。




僕らは、

「じゃあ、あなたはどうするの?」

そういう判断・行動をいつもつきつけられています。





その1つ1つの判断と行動を

どうするか?



あなたに与えられたミッションなのです。




僕が

「よくある働き方」

をしないのは、

「未来がこうであってはいけない。」

と思うから。




僕が

「とりあえずのモノ」

を買わないのは、

「未来にこういうものがあってはいけない。」

と思うから。





僕らはいつでも

「未来」を創っています。

「未来」を、託されています。





僕は子どものために、

そして未来の子孫のために、

「こうであってはいけない。」

「こういうものはダメだ。」

そう思うものは

なんとかしてやらないように、

買わないように、

使わないように、

選ばないように、

行動しています。




たしかにその時はしんどい。

別の方法を考えるのはめんどくさい。

でも、

それが

僕らが今ここに生きている「使命」なんですよ。

だから

1つ1つ

選んで、

断固行動するのです。

「こういう未来であってほしい」

そういうものを

自分が創っていくのです。


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今日は

個人的に

とても深い気づきを得たのでシェア。




僕は今まで

人の心理や

まあ、いったら

「人の心の扱い方」

などを研究してきた。




そして、

日々「幸せ」に満たされているわけだけども

1点大きな勘違いをしていて

それがため「成功」には

自然には結びついていかないのだ、

ということに気づいた。

(そもそも「成功」にはそんなに欲求も強くないのだが)




その大きな勘違いとは、

あえて分かりやすく言うなら、

「やりたいこと」=良いこと

「やりたくないこと」=悪いこと

と捉えていた、

ということだ。




だから僕は、

やりたいこと=なるべく増やす

やりたくないこと=なるべく減らす

という

まあ「戦略」で

物事を考えてきたわけ。





「やりたくないこと」は

やらないで済むに越したことはない、

そんな風に思っていました。




でも、たぶんこれが、

好きなことをやっていて、

かつ、

いわゆる「成功者」になる人と

大きく違うところだったんじゃないかな、と

思うのです。




やりたくないことは、

決して「悪い」ことでもないし、

「やるべきではないこと」

ではない。




「やりたくない」

というのは、

「過去~今」

であって

「未来」

ではないのだものね。




「やりたくないこと」を

どのように

「素晴らしいこと」

「やりたいこと」

へと、

「変容」させていくか。




そういうことも、

大事なのかもしれない。

そういう風にちょっと思いました。




これからは

「やりたくないこと」でも、

ドシドシやっていく、

しばらくはそういう方向性でいこう。

やっていけるような方法を編み出していこう。
(といっても、技術的にはだいぶ知っている。笑)

そう思っています。




追記:

ちなみにほとんどの人は

「やりたくないこと」

ばかりやっていると思うので、

「やりたいこと」

を思い切ってやる勇気の方が必要です。




これはあくまで、

「どれくらい伸びるか知りたいから」

という理由で

ひたすら無意味に髪を伸ばしちゃったりするような、

さんざん「やりたいこと」しかやってこなかった

僕のような人間にとっての話。(笑)



何事も、

「やり過ぎ」

は問題ですね。




追記:2

ちなみに、

「だからキマさんは、人生分かってないんだよ~」

とか思われて

話の意味を誤解されないように補足しておくと、

僕は過去に・・・

「日本一キツイ居酒屋」

といわれる歌舞伎町の店舗や

いわゆる「3K職場」でも、

英語教材(微妙にサギ?)の突撃営業でも、

楽しく働いていたことがあります。(^^)y




僕はたぶん結構な「マゾ」なので、

一般の人的が「ツラい」と思うことでも、

あまり辛くないんだなあ。(苦笑)

「ウザい上司」とかでも

仲良くしちゃうしね♪