福島県は殺処分を中断していませんでした。
先週木曜に県に確認したところ、安楽死処分を継続しているとのことでした。耳標のないものはしていない、と。
楢葉町は、総理の指示変更について農家に通知する時期は不明、行われる予定の農家への通知は行わない、と。
耳標のついていない家畜も、「耳標のない家畜を処分することになったことを知らせる通知書」を出さないままに、安楽死を進めているとのこと。
できるだけ処分を続けざるを得ないという覚悟を決めた担当者の答えには、町として大変に苦しんで選択した結果を覆したら、今まで処分が完了してきた農家達に申し訳ないとする思いが感じられました。また、今までの殺処分は一体何だったのかと。…だからやらざるを得ないのだ、と。
…しかし、だからこそ、これ以上そのような虚無感に襲われる農家を増やさないために、
農家が安楽死に同意した2大要因である、
A 国が生かすことを認めないこと
B 近所迷惑防止のための対策を立てること
(殺すことにしか予算が下りなかった。生かすためには柵の予算も、立ち入りも許可されなかった。飼養管理は一切駄目、と。)
が、5日の指示変更によって変わる、ということを通知すべきだと思うとお伝えしました。
①指示の変更の周知
②耳標未装着牛について、確認方法が不完全な段階での殺処分の一時停止
についていわき家畜保健所へ、このような意見があった旨はお伝えして下さる、と。
翌日金曜の夕方に確認のため担当者の方にお電話したところ、
耳標のついていない家畜も、ついている家畜も、詳しいことが決まるまではいったん全て中断するとのことでした。
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浪江町に本日確認したところ、
4月5日「以前」の同意に基づいて殺処分を行ってきたそうです。
新聞(6日の一日だけ、後ろのページ、記事も小さい)でそれを知ることができた農家と、何も知ることができなかった農家との間に差が生じます。
誰かから教えられてそれを知れた農家と知れなかった農家との間にも差が生じます。
それは、農家にとっては、大きな、大きな差です。
私たち家畜おたすけ隊・警戒区域の家畜を守る会も、
全ての農家の連絡先を知っているわけではありません。
仮設住宅訪問とそのつながりで知ることのできた農家だけです。(県外・仮アパートに住んでいる住民は大変多く、仮設に住んでいる住民は全体の4分の1程度しかいないと言われています。その内たまたま訪問時に居た農家は更に限られます。)
「生かすことが可能になった」という、遅すぎるけれども農家にとっては非常に重要なお知らせを、お伝えできる範囲が限られています。
守る会の農家さん達は、仲間たちがどれほど苦渋の中で安楽死処分に同意したかを知っているからこそ、私たちがお伝えした夕方以降即日中に、知っている限り全ての農家に伝えていました。
安楽死に同意した農家さんも、いざ自分の所に安楽死用の柵が作られたとあれば驚愕し、動揺し、すぐに見に行き、そして落ち込み…
同意した農家だって生かしかった。
生かせるものなら生かしたい
この思いを持たない農家はいません!
行政が認めてくれるなら、と、安楽死同意を撤回した農家が、私たちの知る限り少なくとも数軒はいました。
どんな思いで殺処分に同意したか、
同意した農家は、心に太陽がさし続け、曇りの無い生き生きとした人生を歩めているか、
きっぱり忘れて第2の人生を歩もうとしても、ふっと罪悪感が旨を占めてないか…、
すーっと牛と共に生活し、家族のように接し、大事にしてきた福島の農家達だからこそ、その命に責任の無い外部の者の一過性の(かもしれない)激情よりも寧ろ深く傷ついていると考えることができると思います。
…苦しそうなのです。
日の下で、国が、県が、町が生かすことを快諾してくれていたら、少しでも認めてくれていたら、どれほど心救われたかわかりません。
しかし、遅すぎますが、まだ生き残りはいます。まだ救いはあります!
行政には、同意していても、完了していない(=生き残りがいる)農家に対しては、至急連絡をしてほしいと思います。
行政手続きに不平等・不公平があってはならないはずです。
浪江町担当者は、本日、県に町としてそう伝えると言いました。
12日に県から農家への周知の委託があり、近々(未定)通知書を発送することになっているそうですが、農家に届いた当日中に判断しろというわけにもいかないでしょうから、数日間は…、と。
しかし、大きな選択ですから、通常は1か月、最低1週間は農家に考える猶予を与えるべきだと思います。
万が一、以前の指示に基づいて、新しく公示された指示変更についてお伝えすること抜きに、殺処分を続行し続けるのが適切というのであれば、
その法的根拠と責任の所在を教えていただきたいと思います。
「行政が認めるならそりゃ生かすに決まってるだろ!」
苦しんできた農家の言葉です。
そして、家畜の救出を望みながらもそれをすることがかなわないままに、農家の悲痛を聞きながら、抗議の声を聞きながら、日々殺処分現場に立ち会わねばならない立場に置かれ、追い詰められ、言葉ではとても表わしがたい辛さを感じている被災県と被災町の職員…。
目の前で、「まだ生きたい、死にたくない」と思っている命を、殺さねばならない身に置かれるのは、その職員が本来望んだ業務ではないでしょう。
しかしそれでも、やらねばならない立場にある彼らの苦しみ…。
4月22日のシンポジウムでの生かす道の提案を受けて、国が政策に反映することを心より望みます。
家畜おたすけ隊