フランスのホテルのスリッパ | お手伝いさんたちのブログ

お手伝いさんたちのブログ

中部大学 武田邦彦先生のブログの中で、音声収録のみのものをテキスト化して掲載しています。
テキスト化及び掲載にあたっては先生から許可を頂いています。

フランスのホテルのスリッパ (8/4)




原子力の研究で良くフランスに行っている頃だった。ホテルに行くとどこでもスリッパがおいていない。このことはフランスばかりではないが、パリのホテルは宿泊代が高いので有名で、若い研究者が泊まるような安ホテルでも当時2万円、3万円として財布はいつも大変だった。そんなホテルでもスリッパ一つおいていないのだから、これは単なる節約の問題ではなく、正しく置いていないのだ。



部屋について着替えをし、シャワーに入ってさっぱりする。なんと言っても長旅のあとは何かからだがベトベトしているので、シャワーに入らないと次の行動に移る気がしない。



私は日本人なので、シャワーを出るときには念入りに体を洗い、どこにもシャンプーの泡がついていないかを確認する。かつてアメリカの大学の寄宿舎に泊まったとき、アメリカ人が体についている泡を流そうともせずにタオルでふいているのを見てびっくりしたことがあるけれど、ずいぶん、違うものだ。



それはともかく、シャワーからでようとするとスリッパがないことに困窮する。下着を着るためにはベッドまで行かなければならないが、その前に先ほど汚い靴で歩いてきた絨毯が横たわっているのである。



それは日本からの長旅で、ヒコーキの中のトイレも決して綺麗とは言えなかった。その靴で歩いた絨毯を綺麗になった素足で横切ることができないのだ。



かくして私はつま先立ちになり、小走りでベッドまでたどり着くと、ゴロッとベッドの上に身を投げ出し下着を着ける。いやはや面倒なものだし、みっともない。



余りに不思議なのであるときに欧米人に質問したことがある。「ホテルにスリッパがないのですが、シャワーを出た後、どうしているのですか?」私のこの質問に対して、意外な質問を返された。「えっ?!足の裏のばい菌がなぜ膝まで上がってくるんですか?」



私は絶句した。もぐもぐ・・・もぐもぐ・・・。確かに絨毯に上を歩いてもばい菌は足の裏にしかつかない。それが膝まで上がってこないと病気にはならないだろうけれど、どうしたら膝まで上がってくるかを説明するのは至難の業だ。「えーと、ベッドで・・・」などとかなり凝ったことを考えなければならない。



・・・・・・・・・



フランス人に限らず欧米人は日本から見るとなかなかやっかいな人たちで、なにしろ理屈っぽく、プライドが高い。一筋縄ではいかない。その点では日本人は「まあまあ、なあなあ」だから非科学的なことでも、非論理的なことでも堂々と通ってしまう。



今回の原発事故がフランスではなく日本で起こったのは、単にフランスには地震や津波がなく、日本は震度6以上の地震に見舞われるからということだけではなく、もっと基本的な民族の論理性などに原因がある。



たとえば、1年に4500億円もある原子力予算をあれほどの事故が起こっても福島の救済にまったく使わない。予算の6分の1、700億円を出せば、汚染された食材をすべて買い上げて農家、漁師を助けることができるのに、「汚染された食材を子供に食べさせて福島を助けよう」と言うような論理になる日本とはかなり違うような感じもする。



今、原発の安全性議論や将来のエネルギー選択の話を聞いていると、まさに情緒的日本を感じる。これでは原発のような超論理的技術は無理かも知れない。ちなみに「日本の原発技術は優れている」というのは原発の全体システムではなく、概念の要らない個々の原発部品の性能が良いということである。


(平成24年8月4日)




--------ここから音声内容--------




原子力の研究で良くフランスに行ってる頃のことなんですが。フランスに行きますと、まぁこれはフランスばかりでないんですが、スリッパがおいてないわけですね、ホテルの。しかも、フランスのホテルってのは結構高くてですね、例えばパリなんかですと、私が若い頃、まだ、こう、安いホテルをとにかく探さなきゃいけないという頃でも、2万円、3万円するということで、もう大変だったんですね。そこにスリッパが無いわけですから、これは単にですね、ホテル代が安いからっていうんじゃなくて、正しく置いてないわけですね。




でまぁ、ところがその部屋に…そういうホテルの部屋に着きまして、シャワーを浴びてさっぱりすると。これはまぁ、日本からですね10時間以上飛行機に乗って到着しますと、とにかく体がなんとなくベトベトしている感じがして、シャワーに入らないとなんか次の行動に出(ら)れないわけですね。で、私はまぁ日本人ですから、シャワーを出る時には、キレイに体を洗いまして「どっかにシャンプーの泡がついてないかな」ってなんか見たりするわけですが。





私がかつてアメリカの大学の寄宿舎に泊まってる時はですね、その大きなシャワールームにみんなでワーっと入ってきましてですね、「Good morning.」とか言って、それでシャワーかかるわけです。アメリカ人はですね、体にまだ泡がついているのに平気で出ちゃってですね、それで泡をタオルでふいているというのを見てびっくりしたことがあるわけです。「ずいぶん、違うんだな」と、こういうふうに思ったものでありますが。





いずれにしても、まぁ私がさっぱりしてシャワーから出ようとしますとですね、もうスリッパがないわけですよ。で、まぁベッドの近くまで行かなきゃ下着も無いと。「どうしようか」と。私の前にはですね、ちょっと前に汚い靴でですね、歩いてきた絨毯があるわけですよ。





で、まぁヒコーキなんか乗りますとですね、トイレなんか行くと汚い時あるんですね。それをこう思い出しますとね、さっぱりした体で、素足でですね、その絨毯を横切るのがイヤなんですよね。結局のところ仕方ないから、つま先立ちでトトトっとこうベッドに行きまして、ベッドの上にバッと身を投げ出しまして、そこでまぁ下着を着るという、まぁつまんないことっていうか、みっともないことになっちゃうんですね。





で、まぁこれが続きますんでね、不思議だなーと思って、一回あの、(欧米人に)質問したことがあるんですよ。「ホテルにスリッパがないんですけども、シャワー浴びた後、どうしているんですか?」と言いますとですね、むこうの人は答えが違うんですね。「えっ?!足の裏のばい菌がなぜ膝まで上がってくるんですか?」って言われるわけですよ。




「もぐもぐ・・・」しちゃいますよね。確かに足の裏についたやつ(が)膝まで上がってくるっていうのは、そういうのはありませんからね。「ベッドに寝た時とかなんか…」って言わなきゃなんないけども、またなんか反論されそうでなんか言えないわけですよね。ま、こんな体験は非常に私は印象が深いんですけども。




フランス人に限らず、だいたい欧米人っていうのは日本人から見るとかなりやっかいでですね、論理性があるし、プライドはあるしですね、はっきりしてますからね、なかなかまぁ大変なわけですね。で、日本の場合は「まあまあ、なあなあ」っていうことで、非科学的なことでも良いし、非論理的なことでも良いということになるわけですよ。





私、今度、原発の事故がフランスで起こらずに日本で起こった、フランスと日本とほとんど同じくらいの原発を動かしてるわけですね。これはあの、「フランスは地震・津波がないんですよ、日本は震度6以上の地震があるんですよ」とこういうふうに言うんですけど、これはちょっと違うんですね。原発の安全性っていうのは、今度は津波で起こりましたけど、別にチェルノブイリは別の原因ですしね。それぞれ事故の原因っていうのは違うんですよ、スリーマイル島も違いますし。だから、地震と津波さえなけりゃ絶対原発は事故起こんないって、そういうことでもないんですよね。




だからそういう点ではですね、私は今度の事故っていうのは、もっと基本的な民族の論理性などに原因があるというふうに考えられますね。たとえば、私よく言っておりますけども、1年に原子力予算4500億円もある。そのうちの6分の1を使えば、福島の汚染された食材を全部買い上げられますから、農家の人も、漁業の人もほんとに助かるわけですよ。それなのにもかかわらず、「汚染された食材を子供に食べさせて福島を助けよう」と言うことが正論になると。
で、「子どもに汚染された食材を食べさせない方がいいですよ」なんて私が言うとですね、バッシングを受けるっていう、極めて奇妙な状態になる。これは日本人的だっていう感じもしますね。





また今、原発の安全性議論とか将来のエネルギーの選択の話を聞いていましてもですね、まぁ非常に情緒的だなと思いますね。まぁこういう中で、この前ある人から「日本は原発の技術が優れている」という話を聞いたんですが、「なんでこんな事故が起こっちゃうんですか?」っていう質問を受けましたけども、日本の原発の技術が優れているのは、部品の技術が優れているんであって、システムの技術が良いわけじゃないんですよ。





で、やっぱり今度の事故もやっぱりシステムの概念なんですね。全体はダメなんです。日本の原発の技術が優れてるのは、原発の部品が優れてるっていう…日本製の部品が優れてる、個々の部品が優れてるわけですね。たとえば、「iPhone」っていうのは、アメリカで出来た。だけども、携帯電話とかそういったもの、iPhoneとかそういうものの部品は、日本が最も優れてる。だから、日本は全体像を見るってことがなかなか出来ずにですね、一つのものを非常に素晴らしくするっていう…まぁこれは、昔からの日本の職人の技っていうことがあるんでしょうね。そういうような感じがいたします。


(文字起こし by haru)