時事寸評 少年を殺したのは国会か? | お手伝いさんたちのブログ

お手伝いさんたちのブログ

中部大学 武田邦彦先生のブログの中で、音声収録のみのものをテキスト化して掲載しています。
テキスト化及び掲載にあたっては先生から許可を頂いています。

時事寸評 少年を殺したのは国会か? (7/13)




この題名が過激で品がないことは良く承知していますが、大津の中学生が可哀想で、それを考えるとこの程度のタイトルは許されるのではないかと思って、つけました。




少年を死に追いやったのは何だったのでしょうか? その一つに「大津の中学校にみなぎる正義感の不足」だったと思うのです。どこの中学校でもそうですが、「ウソをつかない」、「約束を守る」、「暴力をふるってはいけない」、「不当なことは許されない」などの最低の道徳が存在しないと、個別の行動だけを規制するのは実質的に困難です。




そしてこのような「道徳」は大津市、滋賀県、日本に充満していないと、中学校だけに道徳的雰囲気を求めても現実の運営はできません。




たとえば、授業に遅れてくる生徒に「遅れてはいけない。何時から始めるかはみんなでの約束だ」と言っても、「だって、首相でも約束を破っているじゃん。」と言われれば終わりだからです。




今の日本は「ウソ」、「約束破り」、「いいわけ」、「裏でいじめる」などで充ち満ちています。テレビの取材の応じた女子中学生が「そろそろ本当のことを言った方がいいんじゃない」と中学校の中で言っていましたが、まさに「ウソついても良いのだ。それが大人なのだ」ということを子供も知っているのです。




人が成長していくとき、いったんは社会より厳しい道徳のもとで育てる必要があります。大人になれば少しのだましやウソがあるのですが、それはその人の評判や生活などに直結しているので、ある程度のセーブが効くのですが、子供は利害がないので、いくらでもだましたり、ウソをついたりすることになります。




中学校で暴力の歯止めがきかないのはこの原理があるからです。社会にでれば暴力事件を起こさない子供が中学校などで暴力をふるうのは、未成熟であるとともに、利害関係がないので本人も限界を決めにくいということだからです。




その意味で、子供には大人より強い道徳が必要ですが、国会の偉い人がウソを言い、詐欺をし、謝らず、責任を取らずという現実を毎日、見ていたら先生がいくら注意をしても聞く耳を持たないのです。




この教育問題について、第一に「教育者自身がウソをつかないこと」、第二に「教師は聖職であること」を示しましたが、第三に「指導者は立派な人間であること」が求められるのです。




原発のウソ、増税の約束違反は日本の教育に大きな影響を与え、日本社会はよほどの覚悟をして出直す必要があるでしょう。参議院本会議の首相のいいわけは目を覆い、耳をふさぐようなものでした。これで、中学校に捜査が入ったり、先生の指導を批判しても意味がないことです。




相変わらずテレビ、新聞は見かけのことだけを問題にしていますが、もう少し無くなった中学生を可哀想に思い、自分の立場をすて真摯にこの問題に踏みこんでもらいたいものです。


(平成24年7月13日)




--------ここから音声内容--------




あまり題名にですね、過激な題名を付けるというのは、中身が無いからだと、まぁいうようなこともあってですね、「少年を殺したのは国会か?」っていうような表現はですね、ある意味では品がないし、ちょっと過激過ぎるっていうことは承知していますが、しかし、亡くなった大津の中学生のことを思うとですね、また、それに近い苦しみを味わっている多くの中学生のことを思うとですね、大至急でも警察の捜査とは並行してですね、私たちができることをですね、やっていくべきだと思うんですね。





私はここにこう書きましたが、少年を死に追いやったのは何だっただろうか? 勿論、「イジメ」ですね。毎日毎日学校に行くと、イジメられるわけですから、その辛さはもう想像を絶するものがあるわけです。しかし、そういうことがなぜ中学校の中で行わるのか?というとですね、やっぱり大津の中学校に「正義感がみなぎってなかった」ということじゃないかと思うんですね。「ウソをつかない」、「約束を守る」、「暴力をふるってはいけない」、「不当なことは許さない」というですね、最低の「常識」がですね…「道徳」がハッキリ存在していればですね、こういうことは起こらないんですが、個別の行動を教師が具体的に指導するっていうのは非常に難しいわけですね。





勿論、この「道徳」がその中学校ばかりでなく、大津市に満ちてなかったんでしょうね。大津市長はそれを言ってほしかったですね。大津市として反省をすべきである。大津市として「正義を守る」 「ウソをつかない」 「約束を守る」 「暴力をふるってはいけない」 「不当は許さない」ということが満ちていれば、この今度の悲劇は無かっただろうと言うべきですね。





滋賀県知事も同じことを言ってもらいたいと思います。そして、日本の首相も言ってもらいたいと思いますね。日本の首相はそれを言ったら、すぐ辞任するでしょう。耐えられないと思いますね、この二枚看板に耐えられないと思います。





例えばですね、私なんかも経験しておりますが、(授業に遅れてくる生徒に)「遅れてはいけない」と、「みんなの約束を守んなさい。授業をいつから始めるかみんなで約束してるんだから。他の人に迷惑掛けちゃいけません」と言ったってですね、まぁ生徒ですからね、やっぱり色んな屁理屈はこねますから、「だって首相でも約束を破って、そんなの『すいませんでした』の一言で済んでんじゃない」と言われれば終わりになっちゃうんですね。





実は今、日本には「ウソ」、「約束破り」、「いいわけ」、「江戸の敵を長崎で討つ」って言うんですけれども「裏工作」…「裏でいじめる」などが満ち満ちてるわけですよ、ええ。もう私なんかも、しょっちゅうそれを経験してます。「先生、これはちょっと控えてください。あとでお役人にイジメられますから」。役人がイジメてんですからね、中学生はイジメますよ。





テレビを見てますとですね、女子中学生が…その大津の女子中学生ですね、「『そろそろ本当のことを言った方がいいんじゃないの』って中学校の中で言ってるんですよ」って言うわけですよ。これはもう、中学校…中学生自体がよく知ってるっていうことですね。まぁ、勿論知ってますけど。





だけどもですね、もう一つあるんです。中学校(ぐらいの年齢の子が)いくら知っててもですね、人は成長をしていく時には、いったん社会より厳しい道徳のもとで育てる必要があるんですね。大人になれば若干の「だまし」とか「ウソ」っていうのはあるわけですよ。それはあの、首相が公約でウソついたりしちゃダメですが、人と人との、まぁ商売取引なんかではですね、ちょっとそういうのがあるんですね。





ところが、それがこう、例えば、大人の時には酷くならないのはですね、やっぱり「収入」とか「人付き合い」とかいう「利害関係」が絡んでるからなんですね。ところが、子どもはそれが歯止めがきかないんですよ。そうしたからどうするっていうわけでもないんで。それからまぁ勿論、「未成熟」であります。だから、子どもはですね、中学校はですね、少なくとも「正義感に満ち溢れてなきゃいけない」んですよ、ええ。





だけどもですね、もう一回言えばですね、国会の偉い人がウソを言い、詐欺をし、謝らず、責任を取らずということが現実的に毎日見てられたらですね、中学校に「正義を守る」という、「正義は大切だ」という雰囲気が満ち満ちることは無いんですよ、ええ。この教育問題についてはですね、大津のその中学生の自殺については、あまりに酷い問題なので、第一に「教育者自身がウソをつかない」っていうのを示しました。





第二に「教職は…教師は聖職である」んだと、世の中はやっぱりそうしなきゃいけないんだと、第三に「指導者も立派な人間であることが求められる」んだと、つまり、今もう全国でイジメの問題が多いんですけどね。やっぱりこれは私ですね、簡単に言えば、役人がですね、何か言ったからって民間をイジメてるわけですからね、それでもう、イジメられるっていうのがですね、公然と言われるんですよ。「こんなことしたらイジメられますから」と言われるような世の中ですからね。





勿論、「原発のウソ」、「増税の約束違反」というこういうものは、日本の教育に大きな影響を与えました。私はですね、もうここでですね、増税法案も捨て、原発の再開も捨ててですね、やっぱり我が子どもたちを守るべきですよ。まぁ、捜査が入ることも一時的には良いでしょう。しかし、先生の指導を批判してもあまり意味が無いですね。私、テレビとか新聞が毎日のように報じるこの中学生の事件を聞いていて、やっぱり他人事だと思いますよ、大人が他人事。テレビも新聞も「俺たちは悪くない。悪いのは教育委員会だ。子どもなんだ。親なんだ」という、そういう立場ですが、私はそう思いませんね。





やっぱりこの事件の背景というのはですね、日本社会に大きく不足している「正義感」、正しいものを我々はやっていかなきゃいけないんだ。少しぐらいのウソ、「ウソも方便」のウソ、ちょっとしたウソは、大人になったらいいかもしれないけど、だけども、全体…日本全体は正義なんだと。いやぁ、それはね、「解散したら総選挙に負けるというなら、解散しなきゃいけない」ってことですよね。国民に信頼をされてないことが自ら分かっていながら、増税法案のような重要なやつを採決したりですね、原発が爆発した時の救護体制を全くとらないまま再開したりですね、まぁそれ以外のウソがもう蔓延してるわけですね。やっぱり、これをどこかで断ち切るということが、今度の中学生の犠牲をですね、尊いものとして我々が反省する。「自らのことである」ということを分からなければいけないと思います。


(文字起こし by haru)