そう言われても
私は生きられない。
なかなか。
この間
履歴書もって
組織長より偉い人と話してきたけど
いやはや。
今までの経歴やらの話をしたら
「受動的だね」と。
うーん。
なんかそう言われると
「受動的」=悪い
という
意味に聞こえた。
私は組織に用意された
役割を
組織や上長に用意された
仕事を
しているだけなのか?
お膳立てされた
その仕事を
ただやっているのか?
そんな気にさせられた。
私は
考える。
提案もする。
でもその時は
データ分析してグラフで明示化して
ロジックを引っさげて行くよ。
でも、それは
組織をひっくり返すようなことではなく
チマチマとしたリスクを回避したり
問題解決したりするだけの
そんなことさー。
そんな自分がダメだと思ったら
自分が全否定、になってしまった。
お膳立てされた人生しか
生きられないのかもしれないと
そしてそれは
人としてイマイチなのかもしれない、と。
悪い数日間だったなあ。
その最も偉い人、先入観ヒドい。
「俺が決めたら、そうだから」という。
人の個性すら主観のみ。笑
わかりやすい。
まあいいや。
流れに乗るだけ
目の前に来たことにイエス、といい続けて
うまくやってきた人がいる。
能動的でなくても
自分の役割を見つける人
たくさんいるんだよね。
よくかんがえたら。
しかし、夢のような、デジャブのような
たくさんのことが
この9月11日〜15日の週に集中した。
私は社内報に載る。
社員は2300人くらい?
素敵なカメラで撮影されて
たくさん載る。
息子もどさくさで載せる。
本当に面白いね。
このことを
結構前から
知っていたような気がするのだ。
構図まで。
やはり
考えは全て
ニワトリが先か卵が先か
みたいなもので
起きることがさきにあり
考えがそれに沿ってできるのかもだけど
結局
みんな分かっているんだね。
でも自分を信じられないから
そうなるとは
思えないんだよね。
だから
その
驚きというか、ギャップを楽しむのかな。
いやはや。
しかし
イメージはもっと大判の雑誌だったんだけどな。
ちょいと違うのはそこだけ。