ただ知る | ひとやすみの日記

ひとやすみの日記

自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

人が自分より正しく見えたり
自分よりすごく見えたり


そんなの
好む人もいる。

師匠だとか
先生だとか
 そんな人を崇める人だ。


別に尊敬は良いのだけど
なぜだか
自分より生命体として
優れていると
無条件に相手を盲目フィルターで 分類してしまう人だ。

私もなんどもその
盲目フィルターで
見られたことがあるからわかるが

相手は私を見ていない。

自分しか見てない人が
この盲目フィルターを使ってくる。

自己愛だ。

それはそれで、
その人のステップなので
私は特段気にもにしないが
 

落ち着こう、
ちゃんと見よう、と
言いたくなる時もある。
  

親や周りの大人に認められない
子供時代を送り
承認欲求が強い人程

これが現れる。


絶対的な存在を求めて
それにすがる。

宗教にハマりやすいのも
この
タイプだ。


自己愛。

誰も見てない。

人を助けるふりをして
自分しか見てない。


でも、
いつか
そんな彼らも気づくのかな。
どちらでもよい。


私に師匠も先生もいない理由は
人の粗探しがうまいからというだけではない。


私は、どこかで 自分こそが 
自分自身の支配者だと知っているからだ。
そして
世界の
すべてだと。


師匠だろうが先生だろうが
お母さんだろうが
お父さんだろうが
絶対的なものを信じるのは

心を助ける。


でも私はなんだか

昔から
コンプレックスを埋める意味で信じ込もうとしているのではなく、
ただ、知っているのだ。

自分こそが
自分の世界の支配者だと。