人生はウォークラリーみたいなものかもしれない。
ある程度もう決まったコースを
ただただ辿るのだ。
しかも
そこで
何があり
何が起きて
何を感じるかまで
全て
決まっていて
しかも
その後の行動
その後の出来事まで
キマッテル。
人間を
特別に考えず
特別にとらえないで
自然の一部としてとらえると
自然に受け入れられる。
コントロールは起きていない。
自分、自分たち人間だけが意志を持って
世界を変えている?
それは大間違い。
起点がなぜか人間の体に宿った
意識だからそう思ってしまうのかもしれない。
しかし
意識を拡大すると
ほかの人間だって犬も猫も
この世界のすべての物質や、大気、自然、建物
全部
全部が
自分と同一の存在だと気付くのだ。
その時に
なぜ自分たち人間だけが
コントロールして
生きていると思えるのか。
現実創造?
何の話だろう。
そう、全部キマッテルんだから。
現実創造ゲームってのは
そういう「100円くじ引いたら大当たり」っていうその延長上の
自分の中の「なかなか当たらない確率前提」を使った射幸心を刺激する”お遊び”だ。
そうそう。
全ての
融合を感じている存在は
現実に「夢」を見ない。
ここでいう「夢」は分離感を持った願望だ。
そうそう。
もう叶うってわかっちゃってるから
夢をリスト化する必要すらないのだ。
融合を感じる前は
きっとそれは
全然あるかもしれない。
それも楽しい人生だ。
ただ
意識は
拡大したほうが
人間は楽になれるとは思う。
意識が拡大している人がそばにいると
すぐに自分も拡大できる。
人ってやっぱり周りにいる人が大事かな。
私がそんな人になりたいと思ってる。
そしてなれると思ってる。