自分が
何かを変えられると思うから
力が余計に入るのだ。
そもそも「未来」がないのに
変えるって変な概念だ。
主に変える(と錯覚している)のは
「未来」だと思う。
未来は変えられない。
今に全てがある。
今の状態が、幻想的な未来なのである。
今も変えられない。
なぜなら変える必要がないからである。
物事や感情がただ起きているだけだ。
変える必要を感じているときは
縮小しているときだ。
つまり自分が「今」にいない時だ。
皮肉な話だけど
人間ってそんなもんだ。
変えようと思って変わった!と喜んでいるのも
ミニマムな世界である。
私はかつてそうやって生きてきた。
かないそうもない願いを数々かなえてきた。
しかしそれはもともと
起こると決まっていた流れである。
努力もしたし苦悩もあった。
それも起きるときまっていた「努力という出来事」
「苦悩という出来事」が起きたということである。
みんな決まっていた。そうしないではいられなかった。
他に選択肢なんてなかったんだ。
あったと思うのはまるで錯覚。
パラレルワールドのように
並行した現実はもしかしたらあるかもしれないけど
そんな可能性を考えるよりも
今を楽しんだほうがいい。
だって、感じられるものが全てじゃん。
人間っておもしろい。
しかし
あと残した私の疑問。
なぜ
鏡に映る肉体は老いていき
個人としての認識は特定でありつづけるのかということだな。
「時間」から肉体は逃れられず
「個」からも肉体は逃れられないということかな。
肉体って不便だね。