結局
起きることが決まってるとわかると楽なのだ。
自分という人間が起こす感情も
ただの出来事で
周りの人間が起こす感情も出来事の一つなのである。
本を読んで意識が改革されたとか
自分が変わったら
周りも変わったとか
それも決まっていたことなのである。
本を読むことも
その本で意識が改革されることも
自分が変わることも
周りが変わることも
それを感じることが出来るようになったことも
決まっているのである。
文字や言葉で表現したり
写真に写せるものだけが
起きているのではないのである。
そんな風に
自分ですら確認できないような感情や思考も含めて
出来事だから。
見えているものの中で
しかもそのごくごく一部のことをコントロールしようと
やっきになるのは
やはり面白いほどに力点の定まらないゲームなのである。
だからヘンになっちゃう。
あれあれ?ってなっちゃう。
縮小して個として自分をとらえているときに
「完成されてない」と錯覚してるのは
平面の2Dパズル。
パズルなんて実はもともとなくて
そこにはきれいなモザイク画のように
美しいエネルギーが完璧に立体的に調和した状態で完成されていて…
そんなふうに足りない、できてない、とかの概念がない。
すべてに降参して
起きる感情にも降参して
起きる出来事にも降参して
ただただ
流していけばいい。
あれ?この感覚
昔も同じものを得た。
15年以上前だ。
「So be it」
この言葉をある映画から受けて
カーンと響いた。
それ以降、一時期
私が書き続けたメッセージだ。
それなら それでいい。
ああ、同じだったんだ。
昔から同じメッセージを私は自分に発信し続けていた。
あのとき
繰り返し見た映画。
PUMP UP THE VOLUME
懐かしいね。
クリスチャン・スレーターがかっこいいな。
Pump up the volume/作者不明

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