ある時から
想像の着く世界を生きたいと
望むようになる
それは「恐れ」から。
予期しない出来事。
それがハッピーなことだけでなく
ひどくショックを受けて落ち込むようなことだったりして
ハプニングがあることにより
人は守りに入る。
すると
普段から統計学的な生き方になる。
このパターンだとこうなるであろう。
いつも予期したり
期待したり
心配したり
不安になったり
そうやって
想像の範囲内の人生を想定する。
しかし
それは
体験の範囲を非常に狭くする。
だいたい
予期しないことしか起きないし
それをあーだこーだと解釈してるうちに
体験しきれないで過ぎ去ってしまう。
だから
力を抜いて
神にお任せし
起きることが起きるのだと
ただ
なんも考えない。
というのが
いいなあって
私は最近そう思う。
思考も大好きだったんだけどね
やっぱり
矛盾が生じるんだよね。
だって
「自分」なんて本当は「いない」。
幻想だから。
だから
任せてるほうが
体験は面白いのだ。
想像がつくことしか起きない世界。
テレビ、雑誌、ブログ、ネット上、
仕事場、友達、学校
その中の人しか
認識できないのだよ。
あったことのある人
知ってる人しか
想像の範囲じゃないってことは
その人の世界はそれだけになるってことだよ
狭すぎる。
だからこそ
想像の範囲を超えたものがあることが
前提で
世界はもっともっと広く
知らないことばっかりなんだって
それが大事。
だから降参して
すべて手放す。