一部の事象にパワーを与える | ひとやすみの日記

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自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

好きでもないものに
パワーを与えるというのはどういうことか。

と~んでもないことだ。

エネルギーにゆがみが生じる。
分散しちゃう。方向がずれる。

それによって
すべてのエネルギーバランスが
微妙になる。

好きなものにパワーを与えたい。

こっちが主導なのだから。

こっちの思いやイメージが主導で、
あとは環境、事象が全部あとからついてくるのに

お金がないイメージまで具体的に先にしてどうすんの…


それは。。。

今にならないと気付かなかったのか。

今が適した時だったのか。


そういうことか、と
根から分かるときってこういうことか。


なぜこうなったかというと、
自分にとって重要であった
親や周りの人間が
それにパワーを与えながら生きていて
その姿を私に刷り込んだからだ。

我慢して仕事したり
我慢して借金したり

「お金」の力により(お金がなかったことにより)
自分の人生に制限をかけて
生きた姿を
見せた。


でももしかしたら
全部お金のせいにしたかっただけで

お金があったら言い訳できないからそうしたのかもしれないし
わからないよね~その人の人生なんてさ。


母もきっとお金があってもどうやって使ったらいいかわからなかっただろうし
父もわからなかっただろう。
だって、質素だもん。

「お金」はその人の問題の「ただの一部」だった。
そういうことだ。


思いが自然と行くもの
惹かれるものにパワーを与えるのは
自然でエネルギーにゆがみがない。

何度も書くけど
そうでもないものにフォーカスするのは
どうやっても不自然。