私はパチンコに行くのは
「感情」を得るためだ。
麻痺すると感情もわかない。
だから
おもしろくなくなり、より「強い」刺激を求めたくなる。
大負けして大勝とか。
波が欲しくなるのだ。
でもお金って関係ないのだ。
あほみたいに。
感情を得るために私は一日動いている。
というかこの人生を生きている。
なぜ金が関係ある?
しかも金によって感情が
うごくということが
あまりない。
というのは
金がそんなに好きでもない、嫌いでもないからだ。
あればいいが、欲しいものが手に入ればいいと思う程度で
実際はその紙切れが好きかってのはピンとこない。
服は好きだ。私を引き立ててみせる。
それは心地よい。
金はそれを手に入れるための道具だから好き、とは
なぜか、なぜだかスッと思わない。
必要だね、とクールに思っても好き、とは思わない。
ここだろうね~~。きっとね~~。
お金ってさあ
パチンコにすら関係ないんだよ。
一番ありそうなのにねえ。
驚いたよ。
幻なんだからさ。
あってもなくても幻だ。
失っても得ても幻だ。
これは本当の話。
すごいよね。今まであんなにリアルだったのに。
お金ってのは、すべての物を買うのに共通するチケットだと思っていたのに。
違った。
違うんだよ。
体験を買うチケットですらない。
ただの私が感情を得るための動きの一連の流れに組み込まれている「事象の一部」だ。
金だけ特別視してたのはなぜなんだろう。
今までが不思議なのだ。
髪の毛や
時間や
口紅と
何が違うのだろう。
何も違わない。
金は
人が力を与えすぎてるだけだったのだ。
人っていうか
私だけど。
「金」を
独立させてしまったのは
私だ。
嫌いでも好きでもないのに
スポットを当てたのは
刷り込みだ。
父母、環境、メディア、一般常識、社会 etc.etc...
だから違和感があったのだ。
私だけで生きてたらこんなことなかったのに。
私の考えじゃないものをプログラムに組み込んでるから気持ち悪かったのだ。
な~んだ。
もういらんわい。そんな不自然なフォーカス。
好きなものだけにフォーカスしていきますわい。