私って昔から
妄想をすべて現実にかなえてきた。
これはすべて経験欲によるもので。
こんなふうになったら
「どんな気持ちなんだろう」という
その好奇心がモチベーションとなり行動していた
いわゆる感覚ジャンキーである。
とはいえ
こんな仕事してみたいとか
一人暮らししてみたいとか
こんな車欲しいとか
こんな遊び方してみたいとか
こんな存在になりたいとか
外国人とつきあってみたいとか
刺青ある人と遊んでみたいとか
まあ~いろいろなんだけど
想像したことは次々とかなうかなう。
そして
「気が済む」
私が飽き症なゆえんである。
気が済むのがはえ~
めっちゃくちゃ早いのです。
だからパチンコ好きなのかもねえ。
まあいいか。
感覚ジャンキーとしては
こうなったらどんな気持ち?ってのを
体験したい欲求で突き動かされていて…
でも不思議だなあ。
確かに子供が欲しい時も感覚ジャンキーレベルが発動していたのに
途中から、感覚が中心でなくて事象中心で意地のモチベーションに代わっていた。
それでも妊娠したのは、嬉しかった。力んで力んで力みまくってた時だからね。
ばねの力も手伝って嬉しかった。
しかし、それが体験したいことだったかって後から考えると
なんか違うんだけど。
結局力んじゃうと
きれいにそのときのことを記憶できないのだ。
私の感覚が濾されないというか。
濁った感覚のまま感じてしまうのだ。(よいとされる出来事の記憶でも)
しょうがないねえ。
何事も力まないが花だ。
でも人間だから、その濁った記憶も(よしも悪しも)
あるのが当然なんだけどね。肉体を持ってるからさ。
後から濾すこともできるもんね。
過去が変わるってのはそのことだから。
あ~読んでる人はわけわかんないかもなあ。
メモなんですいません。。。