おじいちゃん② | ひとやすみの日記

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自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

お経が始まってからは
泣き止もうと思ってるのに
泣き止めない…。

これは不思議だった。


母や父が孫を思うように
私は死んだお爺ちゃんから思われていた。

愛をいただいていた。

しかもそれが
大きかった。

涙が不随意に止まらないほどに。

おじいちゃんは
私を今も愛していた。

気にかけていた。

母との言い争いをみんな見てた。きいていた。

そして私に
愛を送った。

きっと、父にも母にも息子にも。

私は傷みがあったから、
そして彼とハーモニクスが近いから
それをダイレクトに感じた。


今も書いたら泣ける。
おじいちゃんを感じるからだ。

愛って
無償の愛ってすごいよね。


おじいちゃんは手先が器用で
木の器などの彫師でもあった。

でも本職は居合や剣道の達人で
教える人だった。

いろんな生徒さんがいて、いろんな生徒さんの心も同時にいやしながら
武道を教えていた。
彼は、昔から体に手を当てて不調な部分を場所を治す力があった。
幽体離脱で300キロ以上離れた叔父の家に遊びに行くこともしばしば。

精神的に普通の人を逸脱していた人で
おごり高ぶりもない、ただ、武道を極める人だった。
でも人に役立つのは好きだったようで、大事故で体が利かなくなった人を
自分が手を当ててだんだんとよくしたという話を私は数回きいた。


その
おじいちゃんは孫をいつも
愛ある目で見てくれていた。

同じように、息子も愛していたのかはわからない。
もっとお父さんのことも、よく見てあげればよかったのにと思うときもある。

祖父母が住む家を父母がローンを背負って買って
彼らは父母に金銭的な支援をしなかった。

おかげで私たちも貧乏生活だった。
そういうところには気が回らないというか…。

でも、気付かなかったのかな。お父さんも言わなかったのかも。生活が苦しいって。

そんなこんなで
私も美大とかに行きたいなとか
思ってもかなわない状況が出来たわけで。
まあ、それもこれも自分で決めたんだろうが。


おじいちゃんを美化しすぎることもないのだけどね。


でも孫の私への愛は
わかるのだ。


ひたすらに、ありがたいなと
そう思った、あの日。


一週間たって
今日も父母に会いにいったが
あのとき泣いた理由は聞かれてない。

おじいちゃんの愛を感じたから、なんて答えを言う日が
くるのだろうか。