だから共感できる、または共感される人間になろうと思った。
そう努力した。
そして、実際に接客業、しかもカウンセリング接客するような
非常に密なコミュニケーションをする仕事に就いた。
そして共感に価値を置いたのだ。
共感こそ、相手に対する最大の理解であり、
最大の愛である、と。
つまり、共感する能力がない人には愛がない、という図式になる。
旦那のような
共感にかけた人間をどこかで見下していたのはそれだ。
共感できない=愛がない
理解しない=愛がない
私はそう、感覚の中で信じていたのだ。
昨日まで。
でも果たしてそうなのかっていうと
答えは明快だった。
共感なしでも
そこに愛はある、と。
つづく