何かを得てしまうと
失うことが怖くなるのが人のサガってやつ。
私もそれがあるなと
今日の朝、実感。
失うことが怖いのではないと
その直後気付く。
過去に何かを失ったときに
感じた
大きなショックや、悲しみ、喪失感を
その瞬時に再体験して(思い出している時点で再体験しているくせに)
それを(事象を伴っての再体験を)
避けようとしているだけだ。
今を生きるってどういうことかって
こんなことすら
すいすいですよ。
でも思うのがね
意識的に過去を生きたり
未来を生きることをすることは
意識的に
「今」を生きることにシフトできるし
しかも
それを
誰かに教える事すらできるし
もしかしたら誰かのお手伝いとして後押しすらできるかもしれない。
意識的に過去と未来を生きることは
意識的に「恐れ」を生きる事。
これは過去の感情をリフレインしつつ
再体験しつつ
生きるということ。
楽しい感情でも、悲しい感情でも、それは同じ。
これを体験しきった私は
「今」に意識的にシフトも出来る。
息子が今日の朝も咳をした。
でも、ちょっと
あー、大丈夫かなと母として心配したけど
でも、なんとかなるかと。
過去の
息子の咳の悪化。
それはいい。
事象だ。
過去に
息子の咳が悪化した時、私が抱いた感情。
これを思い出し
更に再体験したくない。
この恐れが
私にある。
過去も未来も
もう
手放す。
過去も未来もあってもいいけど
恐れを
恐れとして
力を与えて
顕在化していたのは
まぎれもない私で
それを
責任もって体験してた
私。
なにも、そこには
良し悪しなしで
ただの、体験だったという。
そんな話。