私は人やモノ、メソッドに心酔するような状態を
忌み嫌っていた。
アンバランスだなあ、と。
洗脳だなあ、と。
依存だなあ、と。
でも、最近
それも別にどうでもいいかなと思う。
私は今はしないけど。
モノにあまりこだわりがないから。
人にもあまり執着ないから。
メソッドも、特に必要ないから。
それも問題だけどねえ。
もっとモノを大事にしないとね…。
人は濃縮して本当に信頼している人だけと付き合って大事にしている感じだな。
メソッド、は自由自在で自分に採用できるものをその場でするし、自分内部にあるものを呼び覚ます程度の道具であり、そのメソッド自体は大抵きっかけにすぎず、すぐ忘れちゃう。
でも世の中には
自分よりも、または自分と同じくらい
外部の
モノを信じ
人を信じ
生きる人もいるということなのだ。
きっとそれをきっかけにいろんなことが変わり
いろんなことが良くなった。
だから、それを信用する。
私の経験では
「自分自身の力」を信じられなくなったときに
大体それは起こる。
私もそんな経験あった。たくさん。
でも仮に一時、心酔したものであっても
必ず
モノでも人でも、メソッドでも
自分とずれてくることがある。
波長が合わなくなる時が来る。
そして
スパッと離れる。
自分自身を信じることが出来たとたんに
外部の道具が必要なくなるのだ。
そんな
ひずみがあれば自分で気付くし
自分に軸があれば調整可能で
翻弄もされない。
私は
自分を信じている。
自分を信じることが出来たから
過去に責めたそんな自分のことも
どうでもよくなったのかなと思う。
どうなっても、どうあっても
私は私だから。
だからこそ、私以外の
皆の内部を信じられる。