私は子供の時
堂々と
誰かを批判する人がうらやましかった。
だって私は
誰かを批判するほど
自分の意見を持っていなかったから。
いつでも、自分の意見を言える人が
素晴らしく見えた。
私は、常に
からっぽで
その状況をただただ感じていただけで
「自分」というものを意識しないで
生きていた。
「自分」を意識せずして
生きていくというのは
社会的に生きる上では、なかなかに困難であったけど
自分だけで生きるには全く不都合はなく、むしろ快適だった。
私にとって、自分の意見を持つというのは非常に難易度の高いことで
自分なりの「尺」を持たなくてはいけないというのが
まず何よりのハードルであった。
「尺」なんて
どうやってもつ??
気持ちいいか、不愉快か
楽しいか、気分悪いか
そんなことで判断すればよいのかもしれないけど
それすらも
私の器質ではきちんとと感じることが難しかったので
結局他人の感覚を借りることにしたのだ。
それが私の処世術だった。