またほかに二つ
思い出がある。
私が自分を責めていることの続きだ。
飼い犬の最後を世話しなかった自分と同様に責めていることがある。
友だちのことだ。
私の友だちの
親が死んだ。
そのとき、私は仕事していた時だった。
非常に悲しかったしショックだったしどうしていいのか分からなかった。
親が死んだことがない私は、彼女のショック具合がわからなかった。
そして私は
子供だった。
お葬式に行きたかったけれども、そのとき、様々な事情が絡んで
行けなかった。
いや、無理すれば、行けたんだと思うけど、無理しなかった。
私は、行けなかった。
けど、行くべきだった。
その友達は私の大事な友だちだったのに。
彼女から電話がきた。
「どうしよう…おとうさん、死んじゃった…」泣いて電話してきた彼女を
私は一生懸命電話口で慰めた。
でもなんで直接会いに行って
彼女の肩を抱いて涙をふかなかったんだろう。
今でも激しく後悔している。
なぜならあの時、私に電話をしてきたからだ。他の誰でもない。私に電話してきたのに。
なぜ私が行かなかったんだろう?
私は、彼女の悲しみに触れるのも怖かったし
悲しみが理解しきれない自分を見るのも怖かったんだ。
今ならわかるんだ。
悲しみを理解できない自分がこわい。
相手の感情を理解できない自分を実感してしまうのがこわかった。
自分をもっと嫌いになりそうだったから。
でも今は思う。
なぜあの時できることをしなかったのだろう。
感情を置いてでも、なぜ、しなかったのだろうかと。