人は誰もが完璧であっても完全ではないこと
それをビジュアルで見た
書いた紙でもメモしておきたいけどめんどくさいのでやめとく
イメージとしては
ガラスの縦長の丸いケースがあり
その中にその容量の半分くらいの大きさの質量のアメーバみたいなのがある
そのアメーバが人間の質量
その質量は誰もが変わらない
同じ質量
ガラスのケースは人間が感知し、理解できる、理想のあり方のかたち
でも質量が足りないからその中身を完全に飽和できない
そしてする必要がない
縦長の丸いガラス(タマゴみたいな形?)はバランスを保つために
中のアメーバはバランスをとってる
右端にアメーバの一辺が寄ってると
対角の左端のにもアメーバが手を伸ばしているようなイメージ
タコが中に入って手を伸ばしているみたいな感じかな?
どっちにしろそれが「力み」の部分ってこと
苦しい思い出を保って生きる人は
自分に重ねて他人にやさしく心がけて意識して生きるってのもそれ
トラウマもそう
記憶もそう
とにかく
力みが入りまくってる人ほど
アメーバががらすにひっついて中が空洞になってる
で、私が求める一番理想の状態は真ん中にアメーバが丸く浮いている
「中庸」状態
これは一番求める状態なのだ
でも人間は、勘違いをして
質量を大きくしようとする
それがアメーバの量を増やすという方法なんだけど
それは無理。
なんとガラスの壁に自分(アメーバ)を張り付けて内部空っぽ状態という
情報や記憶に踊らされた状態になり「自分がない」状態になってしまう
以前に私がなった状態
でも他人と自分を比べながら生きても
こんな風になってしまう
外の世界を基準に生きるとこうなるのだ
つづく