で、
何のためにこの状況を引き起こしているのかが
俯瞰した途端にすぐにわかった
私はこの年末から息子の看病続きだった
常に一緒、常にお世話、彼のために一緒にいた
息子の看病をする
息子のため。。。
と思ってたけど
いいえ
「息子のためになっている自分」に価値を感じていたからだ
逆を返すと
それ以外に自分の価値を感じていなかったからだ
つまり
仕事やら何やら、何も優れていない
何ができるわけでもない
何も何も、形にしてない
そんな風に自分の価値を見失っていた
とくに28日以降。
そしたらこれだもの
息子の母親である
息子のいい母親であるということだけが私にとって私が誇れること
それだけを実感して
自分を安心させようとこの状況を起こしたらしいのだ
納得だった
息子病気になる=私を求める=求められる自分=与えるものがわかり、与えられる自分=少なくとも息子や旦那、家族にとって私は価値がある
スコーンとその途端に苦しみが消えたかってそうではない
「じゃあ私の価値は」と
まだあがいた
そっから少しまだ経緯がある
すると
28日の風景がまた
あの30歳の若造に
むかついた理由が浮上した
彼にイラッとした本当の理由(きっかけ)のは
彼が妬ましいからだった
彼が自由に自分の人生を歩んでいるのが妬ましかった
若いときから服屋とかやってて、今でも自由で縛られることがない
もちろんあるんだろうけど
気ままに自分の道を歩んでいるようでうらやましかったのだ
それをきっかけに何かが揺さぶられて
あほな部分が目についてそれを非難したくなったのだ
だからあほで未熟な面は、どうでもいいのかもしれない
普段は気にかからなないもの
相手にしないし
気になったのはうらやましいから、妬ましいからだった
それに気づいたらかなり楽になった
そのあとからはさらなるビジュアルによる享受が始まった
つづく