厳密には「中」にいる | ひとやすみの日記

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自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

整理で書いておく




私は表現として

自分の外に出やすい人と

自分の中にいられる人って

書いたりする


けどあくまで自分でわかりやすく書いているのであり


外に出やすいといっても

厳密には、自分の中にいながら

外の世界を見ているのは同じなのだ


魂が抜けるわけではない



どんな気持ちなんだろう~とか

こういったらこう感じるかなあ~とか

この顔はこう感じているのかな~とか

こういったらこうなるかなあ~

こうしたらいいのかなあ~とか


「コントロール」が入った状態とでもいうのかなあ?



日本人の文化

「察する」美意識のやりすぎ感というか

「自分」を失ってまで察するな、と

そんなのが

私



「自分」を失ってまで察するのは

自分を極度に守ろうとするため



責められぬように

傷つかぬように


相手のためだけであれば

コントロールが入らないのさ



私はだいたい

そんな風に

ずっと生きてきたので


誰かが不機嫌になったり

誰かが不満を抱えると

自分のせいだと思うのです


自分のせいじゃないと安心するけど

その状況に身を置くだけでも

苦痛だったのです



まあ今は自動操縦モードっていうか私なしでも

人はそれぞれでなんとかやるので

私が気付かずとも気付くとも関係なしに

勝手に世の中はうまく回るとわかったので

そうでもない


けど旦那と息子のはざまでまだ揺れることもある




で、その、相手の感覚を知ろう、知ろう、と

自分を失ってまで

知ろうと踏み込み相手のリクエストを飲もうとしてしまう

期待を自分にとりこみ、勝手にストレスにしてしまう

この習性を「外にでる」と


私は呼んでいた



でも

そんなときでも私は厳密には「私の中」にいる


ということを書いておこうっと