整理で書いておく
私は表現として
自分の外に出やすい人と
自分の中にいられる人って
書いたりする
けどあくまで自分でわかりやすく書いているのであり
外に出やすいといっても
厳密には、自分の中にいながら
外の世界を見ているのは同じなのだ
魂が抜けるわけではない
どんな気持ちなんだろう~とか
こういったらこう感じるかなあ~とか
この顔はこう感じているのかな~とか
こういったらこうなるかなあ~
こうしたらいいのかなあ~とか
「コントロール」が入った状態とでもいうのかなあ?
日本人の文化
「察する」美意識のやりすぎ感というか
「自分」を失ってまで察するな、と
そんなのが
私
「自分」を失ってまで察するのは
自分を極度に守ろうとするため
責められぬように
傷つかぬように
相手のためだけであれば
コントロールが入らないのさ
私はだいたい
そんな風に
ずっと生きてきたので
誰かが不機嫌になったり
誰かが不満を抱えると
自分のせいだと思うのです
自分のせいじゃないと安心するけど
その状況に身を置くだけでも
苦痛だったのです
まあ今は自動操縦モードっていうか私なしでも
人はそれぞれでなんとかやるので
私が気付かずとも気付くとも関係なしに
勝手に世の中はうまく回るとわかったので
そうでもない
けど旦那と息子のはざまでまだ揺れることもある
で、その、相手の感覚を知ろう、知ろう、と
自分を失ってまで
知ろうと踏み込み相手のリクエストを飲もうとしてしまう
期待を自分にとりこみ、勝手にストレスにしてしまう
この習性を「外にでる」と
私は呼んでいた
でも
そんなときでも私は厳密には「私の中」にいる
ということを書いておこうっと